ビットコイン、3つの課題──京大・岩下直行教授に聞く

日本銀行において初代フィンテックセンター長を務め、現在は京都大学・公共政策大学院教授の岩下直行氏が語るビットコインの課題とは? 本稿は『ブロックチェーン白書2019』(発行:N.Avenue株式会社)の巻頭インタビューより、一部を抜粋して掲載しております。(CoinDesk Japan編集部)

岩下直行/京都大学・公共政策大学院教授PwCあらた有限責任監査法人スペシャルアドバイザー
1984年3月、慶應義塾大学経済学部卒業。同年4月、日本銀行入行。1994年7月、日本銀行金融研究所に異動し、以後約15年間、金融分野における情報セキュリティ技術の研究に従事。同研究所・情報技術研究センター長、下関支店長を経て、2011年7月、日立製作所に出向。2013年7月、日本銀行決済機構局参事役。2014年5月、同金融機構局審議役・金融高度化センター長。2016年4月、新設されたFinTechセンターの初代センター長に就任。2017年3月、日本銀行退職。同年4月、京都大学・公共政策大学院の教授に就任。同年6月、PwCあらた有限責任監査法人のスペシャルアドバイザー兼務、同年8月、金融庁参与兼務。

暗号通貨の技術開発はビットコイン以前から存在した

私は、日本銀行において初代のフィンテックセンター長を務め、フィンテック(金融と技術を組み合わせた造語)をどう金融ビジネスに活かしていくか、どうやってよりよい金融サービスを生み出していくかを考える場やきっかけを提供してきました。こうした活動の背景になったのは、私自身が情報技術の研究を続けてきたことがあります。

1999年に遡りますが、日本銀行はNTTなどと共同でICカード型の電子マネー「スーパーキャッシュ」の実証実験を行ったことがあります。それ以前にも暗号学者のデビッド・チャウムが提唱した匿名性のある銀行のネットワーク取引や、太田・岡本方式と呼ばれるような公開鍵認証方式に関する研究などの先行事例はありました。

いきなり2009年にサトシ・ナカモトによるビットコイン論文が登場したわけではなく、暗号通貨をめぐる技術は、脈々と開発が続けられてきたものです。暗号通貨を実現するには様々なイノベーションが必要でしたが、いずれにせよ2009年にビットコインが生まれたわけです。なぜサトシ・ナカモトはビットコインを作ったのでしょうか。彼の論文を読めば、「アノニマス(匿名)なキャッシュ」を作りたかったことがわかります。

2017年にビットコインやアルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)の仮想通貨バブルのようなものが起こり、世間から注目を浴び、さらには投資対象になったことで、一躍大きなテーマとしてクローズアップされました。ただ、現在においてもビットコインで普通に買い物ができないように、「通貨」と呼ぶには、まだまだ障壁があるというのが私の現状認識です。

ほとんどの人が秘密鍵を管理できていない

では、その仮想通貨、ブロックチェーン領域における課題は何か。私は大きく三つあると考えています。

一つ目は、一般の人は秘密鍵の管理ができていないことです。ビットコインの取引は、PKI(公開鍵基盤)をベースにブロックチェーン上で行われます。現在日本には350万人の仮想通貨取引をしている人がいるそうですが、そのうちの349万人は、自分でアドレスを持って、ブロックチェーンの取引をしていないと思います。

なぜなら、法律上の名称では仮想通貨交換業者、より今風にいうと仮想通貨取引業者に、銀行がわりに資産を預けている人がほとんどだからです。実際に管理しているのは、自身のIDとパスワードくらい。そんな状況において、仮想通貨やブロックチェーンを語ったところで「イノベーションを支えているといえるのか?」というのが私の問題意識です。

二つ目は、取引業者へリスクが集中していることです。ビットコインやその他のアルトコインの取引が拡大したことで、仮想通貨取引業者に大量の仮想通貨、暗号資産が蓄積されました。サトシ・ナカモトは「ノーキー・ノービットコイン」と言っていて、鍵を管理できない人間は仮想通貨を持っていないことと同じだと警告していたのです。

でも現実は、データ上は個人の資産ではなくは業者の資産ということになっていて、そこにリスクが集中しているのです。また、個人の仮想通貨所有者たちも、数字上の価値が上がったか下がったかについては意識していても、自分が本質的な所有状態にないことをほとんど意識していないことも問題かもしれません。

取引業者たちの出自を見ても、セキュリティに決して疎かったわけではありませんが、サイバー攻撃には対抗することができませんでした。そうして、2018年1月にコインチェックはわずか15分で580億円相当の仮想通貨を失ってしまいました。2014年のマウントゴックス事件や、香港のBitfinex(ビットフィネックス)、欧州最大級の仮想通貨取引所であるBitstamp(ビットスタンプ)など、メジャーな取引所は軒並みハッキングの被害に遭っているわけです。

仮想通貨取引所に個人の資産が集まるような今のスタイルは、致命的なセキュリティ上の問題を抱えており、サステイナブル(持続可能)ではないと考えています。

半導体資源と電力の大きなムダ遣い

三つ目の課題は資源の無駄遣いです。2017年末にビットコインの価値が急騰し、その他のアルトコインの値段も上がって、仮想通貨全体の市場規模が50倍に拡大しました。そのタイミングで何が起こったか。マイニング(採掘)産業への大量投資が行われたわけです。

半導体産業を担当している何人もの株式トレーダーから、「いったい何が起こっているんですか? こうした異常なスピードでの進化は通常のシリコンサイクルではあり得ない」と聞かれました。しかし、そうした状況下で製造されたシリコンチップは、マイニングをするために特化された仕様で、他に転化できるものではありません。それが、まず大きな無駄の一つです。

もう一つが、電力消費量の増大です。2018年5月から6月の時点で ビットコインのマイニングに要する電力量がものすごく上がりました。当時記録した70TWh(テラワットアワー)という数字は、オーストリア一国の電力消費量に匹敵します。現在では落ち着いたものの、当時の勢いのまま上がって行った場合の将来予測を立てていた大手会計事務所のレポートによれば、2018年末には120から130TWhになるはずだったそうです。これはオランダ一国と同じ消費量です。

マイニングという行為は人類の役に立ちません。人類の知恵が少しでも増えるような貢献はしていませんし、語弊があるかもしれませんがせっせと無駄な計算をやっているわけです。我々は環境汚染を規制するパリ協定や京都議定書を批准していますから、環境問題については意識しなければいけません。ブロックチェーンを支えるPoW(プルーフオブワーク)のためだけに、ものすごい大量の半導体資源と電力を使ってしまっている。それは詰まるところ地球環境へ負荷をかけているわけです。

ビットコインが2018年12月をピークに暴落したことで、マイニングに参入した企業がかなり撤退しました。ですが、そこに投資された額は何百億とも言われていて、それはまるっきり無駄になったわけです。仮想通貨ブームの背景には、そうした費用もかかっていることを知っておいてほしいと思います。


ブロックチェーン白書2019

◼️『ブロックチェーン白書 2019』 概要

編集:ブロックチェーン白書編集委員会
執筆・構成:勝木 健太
編集協力:
岡田 佳祐(Aerial Partners株式会社)
河合 健・長瀬 威志(アンダーソン・毛利・友常法律事務所)
柳内 海人

仕様:A4判・326頁
発行所:N.Avenue株式会社

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編集:久保田大海
写真:多田圭佑