暗号資産取引所バイナンス(Binance)は5月26日、グローバルの取引プラットフォームを利用している日本居住者に向けて、新取引プラットフォーム設立に伴う移行手続きの案内を送付した。グローバルの取引プラットフォームは2023年11月30日をもって日本居住者向けのサービス提供を終了し、日本市場への本格的な参入プロセスをスタートさせる。
「binance.com」のフレキシブルなサービスを利用している一部ユーザーの中には「規制の軍門に下った」との惜しむ声もあるようだ。2022年11月、サクラエクスチェンジビットコイン(SEBC)を買収し、日本市場に参入したバイナンス。2023年4月には「Binance JAPAN(仮称)」を今夏に開始すると発表していたが、詳細は明らかになっていない。
バイナンス 日本代表の千野剛司氏に、日本市場参入の狙い、SEBC買収からこれまでの経緯、今後の展開などについて聞いた。
日本進出を決断した理由は?
──昨年末以降、米暗号資産取引所大手のクラーケン、コインベースが日本から撤退している。日本市場でのビジネスの難しさを感じさせたが、そのなかでバイナンスが日本進出を決断した最大の要因は何か
バイナンスは「Our vision is to increase the freedom of money globally.」と掲げている。つまり、暗号資産およびブロックチェーンテクノロジーを通じて「経済的自由」を世界中の多くの人に提供するというビジョンに基づいて展開しており、取引所ビジネスだけにとどまらない。
取引所ビジネスだけでみると、確かに「冬の時代」などと言われているが、我々が目指していることはこのビジョンに基づいてエコシステムを構築すること。取引所はその一部であり、取引所をやりたくて存在しているわけではない。
エコシステムにはさまざまな側面がある。例えば、金融に対して別の角度から多様なサービスを提供していくことにもなるし、さまざまなIP(知的財産)コンテンツをWeb3の形で提供していくことにもなる。それらすべてを含めてエコシステムと考えており、取引所ビジネスはその重要な一部と位置づけている。これが他社との違いと考えている。
エコシステム全般で捉えた場合、日本市場には非常に追い風が吹いている。見方次第では暗号資産の交換市場は「冬」かもしれないが、今の日本は、政府や規制当局も含めて、Web3やブロックチェーンの経済圏を1つの柱としていく流れが生まれている。ここは我々にとっては、高い可能性を感じるところだ。バイナンスグローバル全体で見ても、日本は今、非常に注目を集めている市場だ。
──日本は規制当局が要求するレベルが高く、特に参入する海外の事業者にとってハードルは低くない。規制の問題をどう考えているか?
規制は投資家保護につながり、健全かつ持続可能な形でマーケットを発展させる重要な要素になる。日本は世界に先んじて規制を整備してきたので、経験値が積み上がっていると考えている。そうした面が今、事業者には安心感を与えており、予見可能性のない規制ができるのではないか、というような不安はほぼないといえる。
もちろん規制はすべて良いものだという立場でもないが、十分な枠組みが存在して、事業者も規制当局も経験を積んでいる環境は世界を見渡してもあまりない。これも日本市場参入の1つのポイントと考えている。
ステーブルコインに関心
我々がエコシステムと呼んでいるものはかなり幅広い。そのなかで、特に日本で期待しているものはステーブルコインだ。
6月にはおそらくステーブルコインの法的な枠組みである改正資金決済法が施行される。我々はグローバルでステーブルコインビジネスを展開している。日本でも、規制の枠組みができあがったので、ぜひ展開していきたい。当然日本円が対象になるが、多様な通貨を視野に入れて検討していきたい。
──ステーブルコインについて、具体的な計画はあるのか
日本の法的な枠組みの基本的な理解はすでに終わっている。だが、我々1社だけでは実現できないことなのでさまざまなパートナーと話をしている。暗号資産交換業の手数料だけで何かをやりたいというわけではなく、バイナンスエコシステムを日本で定着させ、成長させていくなかでも、さまざまなパートナーシップが必要になる。暗号資産にまだ参入していない企業やプロジェクトも対象になる。面白い展開になるのではないかと考えている。
──エコシステムを拡大していくときのカギがステーブルコインになるということか
暗号資産の大きな課題の1つはボラティリティ。投機的な発想でいうとボラティリティが高い方が収益機会につながるが、リアルな需要に暗号資産テクノロジーを応用していくときにはボラティリティは必ずしもメリットをもたらすわけではない。安定的に何かをやっていくときに、価格変動はノイズになる。
ステーブルコインは、リアルエコノミーとブロックチェーンエコノミー、バイナンスエコシステムの接着剤のような役割を果たすと考えている。ステーブルコインが存在するのと、しないのとでは、未来の姿がまったく違ってくる。だから、そこはぜひやっていきたい。
収益性よりもエコシステム
ビジネスとして利益率が高いビジネスのみをやりたいわけではなく、キーワードはやはりエコシステム。エコシステムの成長のために必要なものは何かと考えたときに、暗号資産やブロックチェーンに対する正しい理解と認識がまだまだ不足していて、そこが課題だと思っている。
グローバルには「バイナンスアカデミー」という教育コンテンツがあるが、例えば教育機関と提携して、日本向けのプログラムを作り、修了証書を渡す。それを持っているとWeb3関係のプロジェクトに関与しやすくなるなどの効果が期待できるかもしれない。修了証はNFTかもしれない。こうしたことを、オンライン、オフラインを問わず、いろいろなところと連携してやっていきたいと考えている。
もちろん、取引所の口座開設数は重要な指標だが、それだけを見てビジネスを展開したいわけではない。エコシステムがどれだけ定着して、広がりを見せているのかが重要だ。
──「バイナンス日本参入」という言葉から多くの人が描くであろうイメージとはかなり異なるようだ
競合他社といかに競争していくかは、重要なことだが、最優先課題ではない。我々は交換業に閉じているわけではない。
もちろん、グローバルでは300を超える暗号資産を取り扱っているので、グローバルとのギャップはできる限り小さくしていきたい。日本の規制上、取り扱いが難しいものも当然あるが、なるべく多くの暗号資産を紹介していきたい。
逆に日本発のものをグローバルに持っていくこともやっていきたい。今年から来年前半にかけては、まだ準備期間と考えているが、そこからエコシステムをどんどん拡大していくことになる。
バイナンスの日本担当
──バイナンス本社とバイナンス・ジャパンの関係はどうなるのか
バイナンスは1つであり、バイナンスの中の日本担当ということになる。
資本関係的にも、買収したサクラエクスチェンジビットコインはバイナンス・グローバルが100%保有している。日本だけの独自のビジネスということではなく、グローバルで展開しているサービスを日本の法令・規制などに即した形で展開していくというのが基本的な考え方だ。
私は日本代表でもあり、グローバルのメンバーでもある。日本専用チームではなく、グローバルの中の日本担当という形だ。
金融庁との関係構築は?
──昨年11月にサクラエクスチェンジビットコインを買収してから、今回の発表まで約半年ほどかかったのは金融庁との協議が長引いたからか
必ずしもそうではない。当局との対話は買収後すぐ開始した。バイナンスとはどういう会社なのか、どういったコンプライアンスプログラムを持っているかなどをしっかり説明し、理解を得る努力を重ねてきた。
一方で、準備はそれだけではない。バイナンスのシステムやソリューションを日本市場に合わせていく作業も必要だった。
ゼロからシステムを構築するのであれば、日本の規制に合わせて設計すれば済むが、すでに運用されているものを日本に合わせてカスタマイズしていく作業は非常に骨が折れる。そうしたさまざまな準備も含めて、これまでやってきた。
──ユーザー情報も引き継がず、新たにKYC(顧客確認)からやり直すことになったのは金融庁の要請なのか
あくまでも我々のビジネス上の判断。サクラエクスチェンジビットコインが提供してきたビジネスとバイナンスが今後提供していくビジネスはまったく違う。そのままバイナンスのプラットフォームに移行してもらうよりも、十分に理解して、新しい利用規約やサービス内容を見ていただいたうえで利用してもらうことがよいのではないかという判断に至った。
日本進出のハードルは?
──千野代表はすでに日本進出を経験されているが、今想定しているハードルはどういったものか
どのようにして正しく認知度を上げるかだ。バイナンスのプロダクトについては日本でも知っている方は多いと思う。プロダクトやテクノロジーについては自信を持っているが、バイナンスという企業やその活動が正しく理解されているかどうかという点においてはまだまだこれからだ。正しい認知を得ることが、我々のチャレンジになると考えている。
メディアとの対話、顧客とのコミュニケーション、前述したバイナンスアカデミーを通じた取り組みなどで、正しい認知を得ていきたいと思う。
また認知は、必ずしもダイレクトに訴求することに限らない。さまざまなチャンネルやパートナーシップから理解を得ていくという活動も我々にとっては重要と考えている。
社会的な信頼を得て、持続可能なサービスを提供していくことが重要だ。創業者のチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)を含めて、バイナンスはそうした姿勢でビジネスを展開している。日本でも同じ精神で進めていきたい。
|インタビュー:増田隆幸
|文:林理南
|写真:小此木愛里