米証券取引委員会(SEC)は今週、バイナンスとコインベースに対して大きな法的措置を行った。どちらの取引所も連邦証券取引法に違反していると主張している。
この動きの中心にいるのは、2021年2月にSEC委員長に指名されたゲーリー・ゲンスラー氏。暗号資産(仮想通貨)の存在意義そのものを全面的に否定するような発言をし、業界にとっては最大の敵とさえ思える。
「デジタル通貨は必要ない…(中略)我々はすでにデジタル通貨を持っている。米ドルと呼ばれている」と、ゲンスラー委員長は6月6日に発言している。
「我々は何世紀にもわたって、経済と国民が価値を移動させるために複数の方法を必要とすることはなかった」
就任前のCoinDeskへの寄稿
SEC委員長に就任する以前は、マサチューセッツ工科大学(MIT)でデジタル通貨についての講義を担当し、同校のデジタル通貨イニシアティブのコンサルタントも務めていた。
2019年12月にCoinDeskに寄稿したコラムでのゲンスラー氏のトーンは以下のようなものだった。
「ユースケースの広範な普及をまだ成功させられていないプロジェクトが文字通り数千もあるが、それでも私は直接的、あるいは間接的に触媒として変化を引き起こすきっかけとなるような、サトシ(ビットコインの生みの親)のイノベーションが持つ潜在力に魅了されたままだ。認証やネットワーク構築のコストを下げてくれる可能性、特に独占企業が得る超過利潤を制限したり、データプライバシーのコストを下げたり、ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)を促進する可能性は追求する価値がある」
「さらに、共有のブロックチェーンアプリケーションは、これまで断片化されたり、変化に抵抗してきた分野におけるマルチパーティーネットワークソリューションを後押しすることに役立つかもしれない。このような現行組織や伝統的テクノロジーへのイノベーティブな刺激として機能するという、それほど野心的ではない形であっても、暗号資産やブロックチェーンテクノロジーはすでに真の変化を推進しており、これからも推進し続ける可能性がある」
暗号資産は役に立たないと思っている人物の言葉とは思えない。
米議会を前に2021年3月に行ったSEC委員長任命スピーチでは、暗号資産を名指しすることなく、金融テクノロジーの持つ変化をもたらす力を称賛し「市場とテクノロジーは常に変化しており、ルールもそれに合わせて変化する必要がある」と語っていた。
さらに「金融テクノロジーは善をもたらすパワフルな力になり得るが、それは投資家、発行者、市民に仕える形でSECの中核的な価値観を活かし続けた場合のみである」と説明していた。
スタンスの変化
ゲンスラー委員長はSEC委員長として1年目から、大半の暗号資産は証券に分類され、暗号資産取引所はSECに登録する必要があり、ステーブルコインは暗号資産でギャンブルをするための「ポーカーのチップ」であり、経済にシステミックリスクをもたらすとの姿勢を一貫して見せてきた。最近の発言でも、この姿勢は変わっていない。
ゲンスラー委員長はさらに「現在、暗号資産取引所に関して市場を規制する当局が存在せず、詐欺や相場操縦からの保護が存在しない」と指摘し、暗号資産取引所向けのより明確な規制フレームワーク整備のための方策を講じるよう議会に求めた。
ゲンスラー委員長は議会での証言のなかで、米政府と議会は協力して、暗号資産に対してより明確なルールを策定するべきだと主張。「SECはCFTC(米商品先物取引委員会)や他の機関と協力して、暗号資産ファイナンスの分野で、より厳格な監督と投資家保護を確立できる」と述べた。
暗号資産はSECの管轄という考えも一貫している。「この分野におけるSECの権威は明確」と2022年10月の下院金融サービス委員会の公聴会で語っている。
明確性はすでに存在していた?
SEC委員長に任命されてから今年の春までに、ゲンスラー委員長は明確性の必要性について態度を変えたか、最初に自分が求めていたものは実現できないと認識したようだ。
サム・バンクマン-フリード氏が設立したFTXが2022年11月に劇的に破綻し、FTXの不正にいち早く気づき、投資家たちを保護することができなかったとして政治家たちがSECを批判するなか、ゲンスラー委員長は行動を余儀なくされた。
2022年9月、ゲンスラー委員長はイーサリアム(ETH)を証券に分類する可能性をほのめかした。イーサリアムブロックチェーンがプルーフ・オブ・ワーク(PoW)からプルーフ・オブ・ステーク(PoS)へとコンセンサスメカニズムを変えたことを受け、PoSトークンは証券の可能性があると語った。しかし当時、ゲンスラー委員長はイーサリアムに具体的に言及して発言したわけではなかった。
その後ゲンスラー委員長は、暗号資産業界を批判する短い動画をツイッターに投稿した。
2022年秋には、暗号資産業界に必要な明確性はすでに最初から存在していたと語った。2022年9月、法律の実務家を対象とした教育プログラムを提供する非営利団体Practicing Law Instituteでの講演で「暗号資産市場に関して、証券法で対処できないものは何もない」と語った。
「暗号資産業界には、暗号資産について『さらなるガイダンス』を求める人たちがいる。しかしここ5年間、SECはかなり明確なメッセージを伝えてきた」
2023年4月には米議会で、イーサリアムが証券かどうかについての言明を避けた。対照的に、業界に対する監督改善に向けてSECと協力し合っているとされるCFTCは、2018年の裁判においてイーサリアムはコモディティであると述べ、その立場を示唆し、以来、その立場を貫いている。
何が証券で、何が証券ではないのかに関するルールは既知のもので、暗号資産業界に対しても明確に伝えられてきたと述べるゲンスラー委員長の暗号資産に対するアプローチは現在、あからさまに敵対的なものに感じられる。
ゲンスラー委員長は6日、米テレビ局CNBCの取材に対して、暗号資産については「何年も明確性が存在」しており、取引所は「規制を遵守する必要がある」だけのことだと語った。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ゲーリー・ゲンスラーSEC委員長(CoinDesk)
|原文:Gary Gensler’s Evolving Position on Crypto – in Quotes