アメリカの暗号資産取引所はもうお終いか?

米証券取引委員会(SEC)はバイナンス(Binance)とコインベース(Coinbase)という、それぞれ世界とアメリカで最大規模の暗号資産(仮想通貨)取引所を提訴し、取引所業界に対する総攻撃を開始した。

ゲンスラー委員長率いるSECは6月5日、バイナンスを13件の深刻な違反行為の容疑で提訴した。容疑には、バイナンスがグローバル事業とアメリカの事業を十分に分離していなかった疑い、顧客の資産をリスクにさらした疑い、「法律を回避するための計画的な取り組み」を行っていた疑いなどが含まれる。

提訴に驚きはない

おそらく最も深刻な容疑は、サム・バンクマン-フリード氏の暗号資産取引所FTXとヘッジファンドのアラメダ・リサーチの間の不正な関係を彷彿とさせる容疑。SECはバイナンスがチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)CEOが所有する外部の企業メリット・パーク(Merit Peak Limited)を介して、数十億ドルもの顧客資産を混同したとしている。

最近まで、法律を遵守して事業を行っている暗号資産取引所という評判を築いていたコインベースに対する訴訟も、同じくらい厳しいものだ。

しかしSECによる提訴はまったく驚きではない。米商品先物取引委員会(CFTC)は3月、SECの訴状でも繰り返されていたものを含む多くの容疑でバイナンスを提訴。さらに同じ月にSECは、SECが訴訟に向けて動いており、提訴の意思があることを知らせる「ウェルズ通知(Wells notice)」をコインベースに送っていた。

新たな焦点は、バイナンスあるいはコインベースが米司法省による、さらに深刻な刑事告訴を受けるかどうか。バイナンスは、司法省が訴訟を検討していると長年噂され、報道されてきた。しかしロイターによれば、司法省内でこの先の動きについて意見が分かれているようだ。

SEC内の反対意見

さらに、暗号資産企業が法律を「遵守できるような」道筋を提供することにSECはより注力すべきだったと考える反対派もSEC内に存在するようだ。特に注目すべきは、5人のSEC委員の1人、へスター・ピアース(Hester Peirce)氏。ゲンスラー委員長やSECの行動が投資家保護を目指すものだったとしても、結果としては不透明感を生んだと発言している。

ピアース委員は先日、SECが「旗を打ち立て」、新興の暗号資産業界に対して支配権を確立する方法の1つは、執行措置を取ることだとCoinDesk TVで語った。複数の米当局が「執行による取り締まり」を行い、他機関と縄張り争いを繰り広げていると指摘することはもはやお決まりだが、この主張は確かに真実を含んでいる。

SECとCFTCが同じ企業をターゲットにすることは初めてではないが、常に資金不足に苦しむ組織にとっては、リソースの無駄使いという印象は拭えない。証券かコモディティか、どちらの規制当局が主導権を握るべきかをめぐる争いは、立法における悪夢であり、はっきり言って国家的な恥さらしとなってきた。

SECの機能は、企業が従うべき基準を設定すること。これには、情報開示ルールや違法な資金の濫用(マネーロンダリングやテロリストへの資金供与)を防ぐためのプロトコルなどが含まれる。多くの暗号資産アクティビストの誤解に反して、SECは必ずしも悪者を根絶する仕事を任されているわけではない。

しかし提訴という形で、SECとCFTCは、機能している経済においてどのようなタイプの企業や慣習が望ましくないかを示すという驚くべき力を持っている。暗号資産業界でも最大規模の2社が提訴されたことで、すべての暗号資産取引所がリスクにさらされていることが明確となった。どんな金融機関も少し探れば、何らかの違反行為が見つかるだろう。暗号資産のような激しい業界ならなおさらだ。

規制当局の望むこと

今回のSECによる提訴は現実を思い知らせるものだが、現在の事業形態の暗号資産取引所が、アメリカではあまり歓迎されていないことは新たに明らかになったわけではない。

ゲンスラー委員長は何年も、既存の金融ルールが暗号資産サービス提供事業者に適用されること、非常に特定された条件で発行されない限り、暗号資産は証券に類似したものであること(さまざまな訴訟において少なくとも61のトークンを証券に分類している)、取引所を運営する企業はSECを「訪れて登録する」義務があることを主張してきた。

暗号資産企業がSECと議論を開始し、失敗に終わったという報道は数多い。その逆の成功例もいくつかある。しかし、SECが望む根本的な変化は、暗号資産企業が自社プラットフォームを使っているのが誰なのか、どのように使っているのかについてもっと情報を提供することだ。

つまり、金融市場できわめて当たり前になっている監視と情報開示であり、先日可決された暗号資産市場規制法案(Markets in Crypto-Assets Act:MiCA)に基づいてEUでの事業を希望する暗号資産企業にとって法律として定められたものだ。

「コインベースが犯したとされる怠慢は、詐欺や市場操縦を防ぐ規則、適切な情報開示、利益相反に対する対策、定期的なチェックの不在など、きわめて重要な保護を投資家に与えないことだ」とゲンスラー委員長はツイートしている。

ルールが機能しないかもしれない理由

確かにそのような情報提供ルールが(金融プライバシーと自律をきわめて大切にする傾向にある)暗号資産業界にとって文化的に受け入れ難いものであり、技術的レベルでは、暗号資産ユーザーに対するリスクをもたらしたり、不必要な理由は確かに存在する。ブロックチェーン上の情報開示は完全なる情報開示であり、ブロックチェーンの仕組み上、ユーザーの取引履歴をすべてさらすことになる。

さらに重要なことは、暗号資産ネットワークは顧客保護のシステムを内蔵している、あるいは少なくとも金融規制当局とは異なる「安全性」の理解に合わせて最適化されていることだ。

暗号資産にとって本当に重要なのは、この新しい形態の通貨を押収不可能にすること、その取引を覆すことができないようにすることと同時に、すべての潜在的ユーザーに平等なアクセスを提供することだ。オープンな台帳という設計によって、履歴は完全に閲覧可能で、当局が必要となれば犯罪者を追跡できるようになっている。実際今では、そのような取り組みが一般的になっている。

ブロックチェーンがこれらを可能にするからと言って、規制が不要なわけではない。起業家や企業が合法な形でどのように事業を行うことができるかを事前に知ることができれば、それに越したことはない。しかし、暗号資産の真の中立性と技術的な成果が一部の規制当局との対立を招いている。

対立には、分散型システムで使われ、投機を超えた実用性を持つ多くのトークンの「コモディティマネー」としての側面も含まれる。さらに、すべての人がスマートコントラクトとやり取りする時には従うことになる、事前に確立されたルールである、DeFiレンディング市場にプログラミングされたサーキットブレーカーも含まれる。

取引所はどうなる?

しかし、純粋な分散型システムに当てはまることが、必ずしもコインベースやバイナンスなどの中央集権型企業にも当てはまるとは限らない。今回の提訴の結果を予測することは難しく、おそらく何年にもわたって続くことになるが、申し立ての範囲からは、SECが暗号資産の仕組みを完全に、元に戻せない形で変えようとしていることがうかがえる。提訴の前から数年に及んで取引高の低迷に悩んでいたバイナンスからは、すでに資金が流出している。

今回のような敵対的な動きは、アメリカ国内の暗号資産業界をどん底にまで落ち込ませると予測する人たちもいる。真に分散化した金融と分散型取引所の時代が到来するかもしれないと考える人たちもいる。

申し立ての内容はまだ真実と証明されたわけではなく、ゲンスラー委員長が明らかに偏った考え方をしていることを考えれば、ある程度の懐疑心を持って見るべきだろう。SECの執行措置は過去には、軽い懲らしめ程度に終わったこともある。

確かなことは、取引所が「中央集権型」企業として運営することの効率性や保護を享受したければ、もっとフィンテック企業や銀行のように振る舞う必要があるということだ。それはつまり、KYC(顧客確認)ルールの徹底、情報開示の向上、規制当局との連携強化を意味する。だからこそ、暗号資産取引所の真の未来はDeFiではなく、法律に従うあらゆるインセンティブを持っていた、いわゆる「FTX 2.0」のような取引所にあると考えている人もいる。

ただし、コインベースやバイナンスの「バージョン2.0」がどのようなものになるか、今はまだわからない。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ゲーリー・ゲンスラーSEC委員長(ツイッターに投稿された動画より)
|原文:Are Centralized Exchanges in the U.S. Doomed?