国際通貨システムは壊れている。その修復に一役買うことは、仮想通貨やブロックチェーン技術を支える暗号技術者に絶好のチャンスとなる。
そして今、暗号技術者たちは国際通貨システムを担う大物の一人を味方につけた。退任予定のマーク・カーニー(Mark Carney)イングランド銀行総裁だ。
カーニー総裁は、ワイオミング州ジャクソンホールで開催された国際経済シンポジウムにおいて、各国の中央銀行は新たなバスケット方式の「人工的な基幹通貨」を作るために、国家によるデジタル通貨ネットワークを構築することができると語った。
カーニー総裁の提案は主に、現在のシステムが世界の基軸通貨としての米ドルに依存していることから生み出される、危険な不均衡の解決策に関する会話を刺激するための思考訓練だった。つまり、必然的に具体性は薄いものだった。
どのような解決策も、技術的にも政治的にも複雑なものになる。カーニー総裁は2020年1月に退任するが、それでも公職にある立場として慎重さが求められたのだ。
しかし、筆者にはそうした制約はない。
なので、壊れている国際通貨システムに対する仮想通貨をベースとした解決策について、筆者の控えめな提案を披露しよう。ヒントは「ビットコインを買おう」ではない。
筆者は実績のあるエコノミストでも、暗号技術者でもない。だから、この傲慢な行動が反対論者を呼び込むことは承知している。批判や提案は歓迎する。
また、これを考えたのは私が最初ではないこともよく分かっているので、同様のプロジェクトに取り組んでいる人たちからの意見もぜひ聞きたい。
筆者は長年、国際金融システムと仮想通貨の構造的欠陥のことばかりを考えてきた。5冊の著書のうち、3冊はそうしたテーマを扱うもの。黙っていることは難しい。
グローバルな通貨システムを修復する
筆者は、各国の中央銀行はまったく新しいグローバル通貨を作り出すのではなく、デジタル通貨の相互運用性の開発に取り組むべきと考えている。
各国の企業がスマートコントラクトを利用して、自動エスクロー契約を結び、為替レートのボラティリティから身を守ることができる分散型の取引システムが必要だ。
いまや取引所を介さないアトミックスワップを実現するアルゴリズムが利用可能になり、チェーンを超えた相互運用性におけるその他の進展もあって、米ドルのような仲介通貨に依存することなく、国際取引から為替リスクを取り除くテクノロジーを手にする日は近いと考えている。
その仕組みは次のようなものだろう。
ロシアの輸入業者は中国の輸出業者と契約を結び、支払い時のルーブルとの為替レートに基づく、中国・人民元での後払いに同意したとする。
民営のステーブルコインであれ、中央銀行が発行するデジタル通貨であれ、それぞれが好むデジタル通貨に共通して組み込まれている相互運用プロトコルに基づいて、両社はその後、分散型エスクローで、必要な人民元の支払いを「トラストレス(信頼する第三者がいない状況)」で確約するスマートコントラクトを締結する。
納入と契約遂行が確認できれば、支払いは中国の輸出業者に向けて実行される。もし、そうではない場合は、お金は最初に約束されたレートでロシアの輸入業者へと戻される。
このシナリオにおいて双方は、不利な為替レートの動きから守られる。しかも、相互間の信頼にギャップがあっても、ドルを介して支払いをやりとりする必要はない。またどちらの企業も、先渡契約やFXオプション、その他の費用のかさむ為替レートヘッジを利用する必要はない。
もちろん、輸入業者の方は数カ月間、大切な運転資金を確保しておくという機会費用を負担することになる。
しかし、通貨ヘッジの現在のコストよりも大幅に安い、民間銀行の担保付き短期ローンを使えば、機会費用は軽減できる。もしくは、スマートコントラクトがプルーフ・オブ・ステーク(PoS)ブロックチェーンで実行される場合には、支払いのために確保された資金は仮想通貨のステーキング報酬を獲得することに利用できる。
中央銀行の役割はどうなるだろう?
一つ目には、中央銀行は信用モデル全体、ステーキングモデル全体の両方またはどちらか一方を補強できる。流動性や保証を銀行の貿易金融業務に提供することは、米財務省の緊急資金や他のドル資産に適用するよりも、国内のマネーサプライをより建設的に使用することにつながる。
2つ目に、中央銀行は相互運用プロトコルの信用性を保証する責任を負うことができる。中央銀行がテンダーミント(Tendermint)のコスモス(Cosmos)、パリティテクノロジーズ(Parity Technologies)のポルカドット(Polkadot)、リップル(Ripple)のインターレジャー(Interledger)といった民間が開発したプロトコルを承認・規制するとしても、あるいは多国間組織に単一の公式システムを構築・管理するよう委託するとしても、公共部門の政策決定者のための監視役を回避することはできない。
(仮想通貨自由主義者の皆さん、ご心配なく。このシナリオに、あなたのビットコインを取り上げる人はいない。実際、中央銀行は金融システムの中核であり続け、為替レートは変動し続けるため、国内通貨に代わる「デジタルゴールド」としてのビットコインの魅力は高まるだろう)
壊れたシステム
はっきりさせておこう。国際貿易がもはやドルによる仲介を必要としなくなったら、アメリカ中心のグローバルエコノミーは甚大な影響を受ける。おそらく金とドルの交換が停止された、1971年の「ニクソン・ショック」よりも影響は大きいだろう。
海外の中央銀行が緊急対策用に米国債を保有し、多国籍企業が資産の大半をドルで保有する、ドルを基軸とした通貨システム全体は、為替レートによる損失からの保護の必要性に基づいている。そのリスクがなくなれば、理論的にはシステムは崩壊する。
さらに、カーニー総裁がまさに指摘する通り、ドルの覇権を維持することも難しい。システムは壊れている。
世界中の投資家は神経質になるといつでも、大挙して「安全な避難先」であるドル資産に押し寄せる ── トランプ大統領による中国との貿易戦争のように、アメリカの政策がその不安の原因であったとしても。
金融危機のたびに次第に深刻になっていくこのプロセスは、大きなひずみ、経済的な機能不全、政治的混乱を引き起こす。そして経済は低迷し、マイナス利回りの債券の残高が世界で17兆ドル(約1800兆円)に達する中、我々は新たな危機の気掛かりな兆候に直面している。今回は、伝統的な中央銀行の政策が無力となる可能性もある。
新たな危機が訪れれば、ドルに基づくシステムは予測不能な悪循環を生むだろう。ドルは急速に高騰する。アメリカの輸出業者に被害を与え、トランプ大統領のような反自由貿易主義者の商業的直感をさらに刺激し、通貨の破滅的な報復戦争のリスクを高める。
その一方で、高騰するドルは新興国の債務不履行のリスクを高め、新興国市場は資本逃避に苦しむことになる。そうした国の中央銀行は、自国通貨を下支えするために金利を引き上げて対応を図るが、それはより緩和した金融政策を必要としている経済を行き詰まらせる。失業率は急激に上がり、政権は転覆する。
現在のシステムは、元FRB議長のベン・バーナンキ(Ben Bernanke)氏が「過剰貯蓄仮説(global savings glut)」と名付けた状態を引き起こしている。つまり、開発途上国は国内開発に利用できる資金をドル準備金として蓄えている。
それはアメリカにおいては、巨額の赤字という反作用を生む。つまり、途方もない負債だ。
フランスのヴァレリー・ジスカール・デスタン(Valéry Giscard d’Estaing)元大統領がかつて財務相を務めていたときに「途方もない特権」と呼んだ状態から程遠く、ドルの準備金としての地位はアメリカにとって不幸の元凶になっている。
アメリカの金利は人為的に下げられ、それが信用リスクに不適正な価格をつけ、バブルをあおる ── 2008年の金融危機を考えてみてほしい。
最悪なことに、ドルシステムは民主主義を弱体化させ、経済的主権を損なっている。あらゆる国の経済のパフォーマンスは、FRBの政策にかかっている。
だが、FRBの低インフレ/雇用の最大化という命題は、アメリカの経済状況によってのみ定義される。この政策のミスマッチは、各国政府があらゆる人にチャンスを作り出すために効果的な方策を取ることを一層困難にしている。
事態が本当に悪い方向に転じると、FRBは遅ればせながら、渋々と最後の頼りとして世界の貸し手となり、ニューヨークにある支店を通じて、ドルを世界中の銀行に注入する。
このようにして、前回の金融危機の後の世界に「量的金融緩和政策」による過剰なお金が残って終わる結果となった。お金は金融資産、ロンドンの不動産、美術品などに回されたが、中産階級のお金を稼ぐ力を高めることはなかった。
これらの政策の失敗は、グローバリゼーションに対する大衆主義的な反発、イギリスのブレグジット(EU離脱)、トランプ大統領の敵対的な貿易政策を生み出した。だが現実は、資本の流れは今までになくグローバル化が進み、米ドルにますます足並みを揃えている。
だからこそ変化が必要だ。問題は、どのように、どれくらいの時間枠で進めるか。
暴力的な変化か、管理された変化か
筆者が書いた解決策は、急激かつ破壊的に導入することもできれば、よりスムーズな移行のために協調的に管理することもできる。
最初のシナリオのもとで、ロシアと中国について考えてみよう。
両国は筆者が説明のために意図的に選んだ。法定デジタル通貨の開発において、大半の国よりも進んでいると考えられているからだ。
両国とも、ドル依存から離脱したいと考えている。両国は単独で進めて、デジタル人民元とデジタル・ルーブルの間のチェーンを超えた二国間スマートコントラクトを共同で実現できるだろうか? もちろん。
他の国も追随するだろうか? おそらく。
そうした制御されていないドルからの撤退は、アメリカとグローバルエコノミー全体に大きな打撃を与える可能性がある。
だから筆者は、各国の中央銀行はカーニー総裁の言葉を心に留め、協力して解決策に取り組むべきと考えている。
デジタル通貨の段階的な導入を連携して進め、不安定な銀行システムからの集団脱出を阻止するために、アクセスを選択的に管理し、異なる利率を適用することができる。国際通貨基金(IMF)に、チェーン間の相互運用性のグローバル基準を設定する責任を負わせることもできる。
いずれにせよ、デジタル通貨、ステーブルコイン、分散型取引を支える破壊的なテクノロジーは進歩している。時限爆弾だ。
カーニー総裁、そしてウォートン・ビジネススクールのポッドキャストでステーブルコインを「避けられない」と語ったフィラデルフィア連邦準備銀行のパトリック・ハーカー(Patrick Harker)総裁をはじめとする一部の中央銀行の人々は理解している。
他の人たちも早く学ぶ必要がある。
翻訳:山口晶子
編集:増田隆幸
写真:Shutterstock.com
原文:A Crypto Fix for a Broken International Monetary System