ニューヨークが香港から学ぶべきこと

Web3企業がニューヨークを去っている。アメリカ政界がWeb3業界を規制するために最近取っている、けんか腰のアプローチが原因だ。規制当局がニューヨークのリーダーたちの意向を無視したために、他の主要な金融ハブと比較したときのニューヨークのグローバルな重要性が低下している。だが、中国と香港が、現状を変えても良いことを教えてくれている。

この100日あまり、中国とアメリカは規制に関して異なる道を歩んできた。1年半にわたる敵対姿勢の後、中国は方向転換したようで、イノベーションを促進し、業界の成長を促す常識的な規制を香港で急速に導入している。これはすべて、中国政府の当局者が香港市民とそのリーダーたちの意見に耳を傾け、支援したために起きたことだ。だが、アメリカの規制当局はそうした道を回避することに躍起になっているようだ。

ニューヨークのエリック・アダムス市長は、当初からWeb3を受け入れる姿勢を見せ、暗号資産(仮想通貨)推進キャンペーンを行い、最初の給料もビットコインで受け取ったほどだ。民主的な選挙で選ばれた市長は、暗号資産のメリットを宣伝し、市の経済回復のための計画においても積極的に暗号資産業界と関わってきたがワシントンD.C.の官僚たちは反対している。

現在、ワシントンD.C.では古臭い金融システムからデジタルへの移行を望むニューヨークの明白な意向に反して、選挙で選ばれたわけでもない少数の人たちが規制当局として、警戒すべきほど権威主義的な権力を行使している。

香港の事例

中国政府は2021年夏、金融機関や決済企業がデジタル資産取引に関連するサービスを提供することを禁止し、国内で事業を展開する暗号資産取引所を追放するなど、暗号資産業界を積極的に標的にした。北京の中央当局は、この新興テクノロジーに対して、強権的なアプローチをとった。

中国政府の規制政策と香港の証券規制当局の明確性の欠如により、多くの起業家、高いスキルを持った開発者、(数十億ドルの資本を持つ)投資家、取引所、その他の無数の業界の積極的な参加者が中国を去った。こうした人々は香港、シンガポール、ドバイ、シリコンバレーなどへと移っていった。

技術イノベーションと国内資本市場のさらなる発展は、断固として阻止された。しかし、その後の展開はかなり驚異的だ。中国当局は、この破滅的な方向転換がもたらした悪影響に気づき、2022年後半に再度、劇的な方向転換を決断したようだ。

中国の劇的な方針転換

中国の元金融政策当局者は昨年12月、「暗号資産を禁止することは短期的には現実的かもしれないが、長期的に持続可能かどうかは詳細な分析に値する」との見解を公にし、暗号資産に対する適切な規制フレームワークを構築する必要性を強調した。北京に住む私たちは、このような公の発言は中央政府の考えと一致していなければ行われないことを知っている。

暗号資産関連の取引所、資本、多くの企業が香港を離れていくことを見た後、新たに任命された行政長官のジョン・リー氏は、Web3業界と協議し、香港を徐々に世界的な暗号資産ハブにする計画を作り上げた。

そして、香港の金融規制当局と協力し、香港の野望に対する中国政府の支持を取り付けた。このような協調関係は、ブローカー・ディーラー、投資家、暗号資産取引所に対して明確性をもたらすと同時に、個人投資家の参加にも十分な配慮がなされた、Web3に関する頑健な規制フレームワークの承認へとすぐにつながった。

誤解のないように言っておくと、この決定は伝統的に中国本土へのグローバル金融の玄関口だった香港の経済回復を促すための支援的な対応であると同時に、中国政府による地政学的な動きでもあった。6月1日に実施された新しいフレームワークは、中国の他の地域におけるWeb3業界に対する規制とイノベーションの将来の発展のための実験場としても機能しており、香港の回復スピードは際立っている。

状況が悪化するニューヨーク

ニューヨークは、香港を警告とすることができる。アメリカの規制当局は現在、2年前に中国が取っていたものと同様の規制アプローチを取っており、ベンチャーキャピタルの資金やプロジェクトを含む、アダムス市長が育成しようとしているWeb3産業はすでにシリコンアレーやアメリカの他の地域から去りつつある。最も憂慮すべきは、規制推進派のコインベース(Coinbase)でさえ、現在のアメリカの状況を理由に海外移転を視野に入れていることだ。Web3業界は動きが早い。

グローバルな金融ハブである香港とニューヨークは、Web3業界が自然と花開くことができる場所だ。香港にとって幸運だったことは、中国政府が金融イノベーションを支援すると決意したこと。ニューヨークとアメリカの他の地域にとって不運なことは、連邦政府の規制当局が金融イノベーションの息の根を決定的に止めようと決断したことだ。

リー行政長官とアダムス市長はともに2022年に就任した。州や連邦の規制当局に制限的な措置を緩和し、暗号資産業界に対して明確性をもたらすようアダムス市長が懇願したにもかかわらず、規制当局はアダムス氏とニューヨーク市民、そして暗号資産を利用してきた5000万人のアメリカ市民の願いを断固として拒否した。

そして「自由の国」に住む人々にとって痛烈に皮肉的なことは、現在、規制の権限を持つごく少数の選挙で選ばれたわけでもない個人が、イノベーションの息の根を止めるために並々ならぬ努力をして、かなりの公的資源を使っていることだ。

対照的な100日間

SEC(米証券取引委員会)が執行による規制を行い、多くの暗号資産は証券であるという主張を一貫して繰り返すことで、イノベーター、投資家、高度なスキルを持つ開発者は身動きが取れなくなっている。

USDコイン(USDC)の時価総額は12カ月前のピーク時から、50%近い270億ドル(約3兆8000億円、1ドル140円換算)も減少。USDコインはアメリカで規制されているステーブルコインであり、その時価総額をアメリカの規制に対する信任を示す市場のコンセンサスと見る人たちもいる。つまり暗号資産業界は急速にアメリカを去っている。

暗号資産を復活させる香港の取り組みの一環として、規制当局はステーブルコイン発行戦略を組み立て、香港ドルベースのステーブルコイン発行に向けて動いている。CNH(オフショア人民元)ベースのステーブルコイン開発についても議論が続いている。

アメリカの規制当局は3月、支払い能力があるにもかかわらず、暗号資産フレンドリーなシグネチャー銀行(Signature Bank)を破綻に追い込んだ。元下院議員でシグネチャー銀行取締役のバーニー・フランク(Barney Frank)氏は、同行が閉鎖されたのは、政治的な動機を持つアメリカ当局がアンチ暗号資産の強いメッセージを送るためだと公言した。

それからまもなく、中国の国営銀行はすばやくチャンスを捉え、中国銀行と交通銀行の国際部門は、破綻したシルバーゲート銀行(Silvergate Bank)とシグネチャー銀行の東南アジア市場の元顧客を捉えようと動いた。

また、香港金融管理局は、スタンダード・チャータードやHSBCといった香港の主要銀行に対して、暗号資産関連の顧客を受け入れるよう公式に圧力をかけている。またSECがコインベースを提訴した一方で、香港の政治家はコインベースに香港への移転を呼びかけた。

イノベーションと成長に必要なこと

私は、Web2とWeb3への投資家としての経験と、ニューヨークと中国の大手国際法律事務所での米証券弁護士としての数十年にわたる実務経験を通して、イノベーションと成長を促進するためには、エンジニアによるインテリジェントなコードのスピーディーな開発と同じくらい、政治家による寛容かつスマートな法律の迅速な策定が不可欠であることを目の当たりにしてきた。

残念なことに、SECはアメリカにおける規制の最重要課題を「証券とは何か?」に設定してしまった。しかし実際には、スマートな法律策定のために問いかけるべきスマートな疑問は「どうすればイノベーションと経済成長を促進できるか?」だ。それこそ、アダムス市長が問い続けてきた問題であり、リー行政長官が問いかけた問題でもある。

連邦議員もニューヨーク市民も、ブロックチェーンを受け入れなければ、中国や香港と同じ痛手を経験する危険性がある。議会の代表は今月、SECを抜本的に見直し、一連の権力乱用を理由にゲイリー・ゲンスラー委員長を解任するためのSEC安定化法を提出した。

もし選挙で選ばれたわけでもない委員長が、アメリカで最も人口の多い都市の選挙で選ばれた市長や、何千万人ものアメリカの暗号資産ユーザーの望みとは真逆の方向に、一方的に舵を切っているのであれば、アダムス市長とニューヨーク市民は香港の経験から学び、今すぐ行動を起こすべきだ。

なぜなら、ニューヨーク市民は、お金と自由という、彼らが最も愛する2つのものを急速に失いつつあるのだから。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:エリック・アダムスニューヨーク市長(左)とジョン・リー香港行政長官(Creative Commons)
|原文:What New York Can Learn From Hong Kong in Regulating Crypto