リップル・ラボ(Ripple Labs)が米証券取引委員会(SEC)との裁判で部分的な勝利を収めたニュースは、長年このプロジェクトにかかっていた規制の雲を晴らした。
しかし、ブロックチェーン純粋主義者たちがこの裁判の中心となったプロジェクト「XRP Ledger」に対してずっと投げかけてきた根強い批判は依然として残っている。
トレードオフ
ビットコインの思想を受け継ぎながら、2000年代初頭のコンセプトに基づいて構築されたXRP Ledger(XRPL)は、重要なトレードオフをしている。中枢にある取引処理メカニズムを、多くの競合ブロックチェーンよりも、はるかに少数の「バリデーター」によってコントロールできるようにしているのだ。
「リップルは要するに『ビットコインを機関投資家が採用できるようにしよう』と言って、より速く、より一貫性があり、より安価な分散型通貨の独自バージョンを作った」と、匿名で取材に応じたリップル・ラボの元従業員は語った。
「しかし、ビットコインと比べると、より中央集権的であるというトレードオフがあった」
長所にはセキュリティ、スピード、スループットなどがあるが、より中央集権的なネットワークは大口参加者の影響を受けやすく、単一障害点が生じやすいという短所もある。
ライバルとは違う方向性
だからと言って、XRPLそれ自体が魅力的なプロジェクトではないというわけではない。ネイティブトークン「エックス・アール・ピー(XRP)」の時価総額は420億ドル(約6兆3000億円、1ドル150円換算)と数万ある暗号資産の中で4番目に大きい(当記事執筆時点)。
さらに、バンク・オブ・アメリカなどの大手銀行をパートナーとして惹きつけている。NFTはブロックチェーンの基礎となるプログラムにネイティブな形で組み込まれており、新興のライバルたちは今になってようやく実現している。
スマートコントラクトのような機能も現在準備中で、サードパーティのサイドチェーンも普及し始めている。グローバルな送金など、潜在的なユースケースがあることは明らかだ。
リップルは、良くも悪くも分散化が基本原則となっている多くのライバルとは、目指すところが大きく異なっている。CoinDeskはリップル・ラボにコメントを求めたが、これまでのところ返答はない。
「銀行家のためのビットコイン」
カナダのプログラマー、ライアン・フッガー(Ryan Fugger)氏によって2004年にリリースされたリップルは、元々はブロックチェーンプロジェクトではなかった。私たちが知っているような暗号資産はその後4年経たないと誕生すらしていない。「RipplePay」と当初呼ばれていたリップルは、利便性とセキュリティに焦点を当てたピア・ツー・ピア(P2P)決済ネットワークだった。
フッガー氏は2011年、RipplePayをジェド・マカレブ(Jed McCaleb)氏、アーサー・ブリット(Arthur Britto)氏、デビッド・シュワルツ(David Schwartz)氏に売却。彼らはその数年前から、まだ一般的に名前が知られる前のビットコイン(Bitcoin)にインスピレーションを受けた新しい決済システムを開発していた。
3人のミッションは、より迅速な取引、より安価な手数料、より低いエネルギーコストを通じて、ブロックチェーンと伝統的金融の橋渡しをすることだった。彼らの新会社は「OpenCoin」と名付けられ、最終的には、私たちが現在知っている「リップル・ラボ」にリブランディングされた。
複雑な評判
暗号資産界におけるリップルの評判は、はじめから複雑だった。
「2012年以前、リップルが私のプロジェクトに過ぎなかったころ、代替通貨/新興暗号資産コミュニティでは限定的だったが、おおむね好意的な評価を受けていた」と少しの間、リップル・ラボに顧問として残ったが、今はもう同社では働いていないフッガー氏は語った。
「ジェドたちが引き継いだとき、彼らはその評判を基盤にして、さらに高めることを望んでいた」
OpenCoinがRipplePayを買収した頃、新興のブロックチェーン業界は、2008年の金融危機をきっかけに、腐敗した金融システムへの対抗手段として盛り上がりを見せたビットコインに完全に支配されていた。
ビットコインの画期的な点は、暗号化技術を利用して、信頼できる仲介者を介さずにインターネット上での取引を可能にしたことだ。
マイナーによる分散型コミュニティをパワーの源泉とするビットコインの決済技術への斬新なアプローチは、単独の個人や組織が取引を改ざんしたり、取引を遅らせたりすることができないことを約束した。
既存の金融システム改善
伝統的な銀行業界をディスラプトしようとしたビットコインとは異なり、リップルは既存の金融システムを継続的に改善することに重きを置いている。
誰もが賛同していたわけではない。フッガー氏はもう、ブロックチェーン業界に関わっておらず、XRPの評判は年々改善されていると考えているが、プロジェクトの初期には「XRPは意見の対立を招くもので、ビットコインコミュニティの多くの人たちから否定的に見られていた」と振り返った。
リップル社の掲げたXRPの当初のユースケースは、迅速で安価なクロスボーダー決済だった。「オンデマンド・リクイディティ(On Demand Liquidity:ODL)」と呼ばれる機能で、XRPを銀行や金融機関が送金を行うためのブリッジ資産として使用する。
さらにリップル・ラボは時とともに、その焦点を拡大し、中央銀行デジタル通貨(CBDC)のようなユースケースも含めるようになっていった。
XRPアーミー
リップルは将来的には、SWIFT(銀行のグローバル決済システムを支える通信ネットワーク)に取って代わる存在になることを目指している。
暗号資産至上主義者やビットコイナーは、リップル社と多くの金融機関や中央銀行との提携を批判し、分散型決済ネットワークの本質に反していると主張する。それに対して、XRPの熱狂的なファンである「XRPアーミー」は異なる見解を持っている。
「ホワイトペーパーに描かれているビットコインは、アンチ銀行、アンチ体制的」と、CoinDeskのジェフ・ウィルザー(Jeff Wilser)記者の取材に応えたあるXRPアーミーのメンバーは語った。「私の中のリバタリアン(自由主義者)は、そこに大いに惹かれる。私の中のリバタリアンは、そこに夢中だ。そうだ! 既得権益を打倒しよう!という感じだ」と。
しかし彼は「大人として、既存の企業、システム、政府、世界各国の中央銀行が、そのような戯言を相手にしないことは理解している」と続けた。
プルーフ・オブ・アソシエーション(PoA)
リップルを批判する人たちは、XRP Ledgerのコンセンサスメカニズムを問題にすることが多い。
「プルーフ・オブ・ワーク」(PoW)を採用しているビットコインは、誰でもブロックをマイニングして報酬を得る競争に参加できる。「プルーフ・オブ・ステーク」(PoS)を採用しているイーサリアムでは、十分なイーサリアム(ETH)を持っている人なら誰でも、ETHをステーキングして、ネットワークの安全性を確保し、報酬を得ることができる。
「プルーフ・オブ・アソシエーション」(PoA)と呼ばれるリップルのシステムはそれらに比べると閉鎖的だ。すべてのXRPLサーバーオペレーターは、ブロックチェーンの状態を報告するために信頼する「ユニークノードリスト」(UNL)と呼ばれるバリデーターのリストを手動で作成する必要がある。バリデーターは誰でも実行できるが、取引を直接処理できるのはUNL上の「信頼できる」バリデーターだけだ。
リップル・ラボと、それと密接に関連している2つの組織(XRP Ledger FoundationとCoil)はそれぞれ、推奨バリデーターリストを公表しており、サーバーは独自のバリデーターリストを作成するのではなく、これらの「デフォルト」UNLのいずれかを使用することが推奨されている。
PoAは表向きは、システムをより安く、よりエネルギー効率高く保つための方法だ。それに比べて、ビットコインのマイニングはエネルギー負荷が高いことで知られ、イーサリアムのステーキングには多額の先行投資が必要になる。そしてどちらも、特にイーサリアムはXRPLよりも取引手数料がかなり高い。
中央集権化への懸念
しかし、ネットワークを運用するバリデーターの数という点では、XRPLが中央集権的であることは紛れもない事実だ。XRPネットワーク上のバリデーター数は約100であり、100万以上のマイナーが支えるビットコインよりも著しく少ない(ただし、ビットコインのシステムには権力集中という問題がある)。
さらに、XRPLで最も使用されているデフォルトのUNLには約35のバリデーターしか存在しないため、チェーンを存続させ、誠実なものに保つために、40にも満たないバリデーターが桁外れの大きな役割を果たしていることになる(これらのうちの十分な数のオペレーターが結託してネットワークを妨害すれば、少なくともチェーンの存続を中断することができる)。
PoAはまた、「信頼された」存在のみがチェーンを運用するため、パートナー機関にとってより安全であるとアピールされている。
メッサーリ(Messari)のリサーチアナリストで、リップル・ラボの依頼でXRPLに関する定期レポートを執筆しているレッド・シーハン(Red Sheehan)氏は「10億ドルを持ってやってきて、『私は1000のイーサリアムバリデーターに必要な十分な資金を持っている。それらすベてを私が実行する。イーサリアムコンセンサスの一部をお金の力で手に入れた』と言ったり、『たくさんのマイニングハードウェアを買ってやる。あなたより多くのお金を持っているのだから、ビットコインプロトコルコンセンサスをあなたより多く確保できる』みたいなことは言えない。プルーフ・オブ・アソシエーションでは、そんなことは不可能」と説明した。
しかし、分散化至上主義者たちは、PoAシステムは分散型台帳の核心、つまり信頼をシステムの構成要素から取り除くべきだという考えを台無しにしていると考えている。
XRPトークン
リップル社の批評家たちは特に、XRPトークンの最初の分配を問題視している。リップル・ラボは「リップル」と「XRP」を区別することに苦心しており、80%がリップル・ラボに、20%がその創業者たちに支払われたXRPトークンの最初の分配は、XRPLのオープンソース開発者からの「贈り物」であったと主張している。リップル・ラボがチェーン構築において重要な役割を果たしたにもかかわらず。
リップル・ラボは時とともに、保有するXRPの大部分を処分。ときには機関投資家に相対取引(OTC)で売却し、ときにはいわゆるプログラムによる販売を通じて、暗号資産取引所を介して個人投資家に売却した。
リップル・ラボは依然として、XRPトークンの最大の保有者であり、そのため資産価格に打撃を与えたり、操作したりする可能性があるという懸念が生じている。しかし、同社が保有する残りのXRPのほとんどはエスクローアカウントに保管されており、ひと月に10億XRP以上を売却することは制限されている。
スマートコントラクトとサイドチェーン
XRPの最初の分配とXRPLのコンセンサスメカニズムはさておき、XRPLエコシステムは限られたユースケース以外での普及に苦戦してきた。
一方で、XRPLをベースとするリップル社独自の「RippleNet」プロダクトスイートは、銀行からの採用が増え始めている。「私に言わせれば、オンデマンド流動性であれ、CBDCであれ、機関投資家向けのツールは他のチェーンよりも先を行っている」とシーハン氏は語った。
他方で、NFTのような個人投資家に焦点を当てたXRPLのユースケースの普及は、同じような足掛かりを見つけることに苦労しているとシーハン氏は言う。
XRPがユーザーを惹きつけることに苦労している理由のひとつは、XRP Ledgerにプログラム可能なスマートコントラクトがないことかもしれない。スマートコントラクトとは、イーサリアムのような新しいブロックチェーンのほとんどが、コミュニティが運営するNFTや分散型金融(DeFi)のエコシステムを動かすために使用しているブロックチェーンベースのコンピュータプログラムのことだ。
CoinDeskの取材に応じたリップル・ラボの元従業員は、XRPLの技術に対する批判はチェーンの古さを考慮すべきだとして、「誕生して、文字通り10年も経っている。イーサリアムのコミュニティが今のXRPLを見て、『なんてことだ。スマートコントラクトもできないなんてバカげている』と言うことは簡単。しかし、イーサリアムよりも歴史がある」と語った。
最初のDEX、初期のNFT
XRPの功績は、最初の分散型取引所(DEX)のひとつを持っていたことだ。また、最も初期のNFTの本拠地でもあった。しかし、XRPLのDEXとNFTエコシステムは、より新しいブロックチェーンに見られるような豊かさと柔軟性に欠けており、その結果として大規模な普及を達成することができなかった。
ありがたいことに、XRP Ledgerのプログラマビリティがまもなく拡大する可能性がある。いくつかのサードパーティが、XRPLにトランザクションを書き込みつつ、スマートコントラクトのようなより複雑な機能によって機能を拡張することのできる「サイドチェーン」を開発している。
現在テスト中のサイドチェーンのひとつはイーサリアム・バーチャル・マシン(EVM)をベースにしており、理論的には、イーサリアムや同様のブロックチェーン上に存在するアプリやスマートコントラクトと同じものにXRPのエコシステムを開放できる可能性がある。
XRPLネットワークに直接、追加機能を導入しようという正式な提案もある。ほとんどミニスマートコントラクトのようなもので、現在テスト中の追加機能によって、特定のタイプの取引で自動実行するコードを追加することが可能になる。
リップルの未来
リップルが2012年に初めて市場に登場したとき、伝統的な銀行を臆面もなく受け入れた最初のブロックチェーンプロジェクトのひとつになった。また、ビットコインのマイニングシステムから離脱した最初のブロックチェーンのひとつでもあった。この2つの動きによって、暗号資産コミュニティ内で批判され、そうした感情は今でも残っている。
暗号資産コミュニティの中には、賛否両論入り混じった複雑な評判を抱えているが、SECとの訴訟によって、リップルは新たな味方を獲得した。それには渋々味方している人たちもいれば、嬉々として味方になった人たちもいる。
XRPに対する態度の転換の多くは政治に根付いている。例えば「ゲーリー・ゲンスラー(SEC委員長)の敵は、自分の味方」といったように。しかし、リップル全体を再評価する意思を示す者もいる。
例えば、メッサーリの創業者でかつてはXRPに批判的だったライアン・セルキス(Ryan Selkis)氏は、このプロジェクトを支持しようと業界に呼びかけている。
「私は過去、さまざまな理由でリップル社に批判的だったが、今ではかつてないほどリップル社に賛同している」と同氏は3月、今は削除されているツイートで述べた。
「リップル社は行き過ぎたXRP-SEC裁判に勝つべきであり、XRP Ledgerはデジタル決済インフラで世界的に公平に競争する機会を与えられるべきだ。需要はある!」と(セルキス氏は2023年5月28日以前のツイートをすべて削除したようで、このツイートだけが特別なわけではない)。
リップルに新しい友人を連れてきたのは、SECとの裁判だけではない。
中央集権化は2023年の現在、さまざまなテーマのひとつと理解する方が良く、手数料の安価なパーミッションドブロックチェーンプロジェクトは2012年よりもはるかに一般的になっている。リップルの銀行フレンドリーな野望(ビットコインの自由主義/無政府主義的な成り立ちとはかけ離れたもの)も10年前に比べれば、はるかに身近に感じられるようになった。
リップル社は、イーサリアムやビットコインの至上主義者を味方につけることは難しいかもしれないが、投資家や開発者の間では、機関投資家向けブロックチェーンプロダクトに対する需要は明らかに存在している。もしリップル・ラボがSECとの訴訟を乗り切ることができれば、そしてXRPLがプログラマビリティの向上に向けて前進を遂げることができれば、このプロジェクトは新たな盛り上がりの波に乗ることができるかもしれない。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
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|原文:XRP Blockchain Still Faces Centralization Caveats as Ripple Regulatory Threat Recedes