テクノロジー重視の米証券取引所ナスダックは7月19日、暗号資産(仮想通貨)のカストディ(保管・管理)サービスを立ち上げる計画を中止すると発表した。ニューヨークで特別目的信託として規制されるはずだった新事業は、今年の第2四半期に開始される予定だった。
上り調子のなか……
このニュースは、暗号資産業界に新たな勢いの兆しが見えつつあるなか、大きな打撃となる。世界最大の資産運用会社ブラックロック(BlackRock)が先月、ビットコイン現物ETF(上場投資信託)の承認を申請したことで、少なくとも過去16カ月間は規制当局と悪いニュースに打ちのめされ続けていた暗号資産に対する楽観論が再燃していたところに、冷や水を浴びせるような展開だ。
ブラックロックは、当局による最近の明らかに組織的な暗号資産の取り締まり(「チョークポイント2.0」と呼ばれることもある)にもかかわらず、ビットコイン(BTC)と暗号資産に対する機関投資家の関心が依然として高いことを示した。
その後、ビットコイン現物ETFの承認申請が相次ぎ、米証券取引委員会(SEC)が、異なるが同様にエキサイティングなタイプのビットコインETF(レバレッジ型ビットコインETF)の取引開始を拒否する期限を逃したため、暗号資産は勝利を収め、市場は息を吹き返していた。
さらに、先日、SECとの長年の法廷闘争において、リップル社の主張が重要な形で認められたことも、リップル社が厳密に言えば敗北した事実──裁判所はリップル社による7億ドル相当以上のエックス・アール・ピー(XRP)のヘッジファンドへの直接販売は違法な証券募集にあたると認定した──を覆い隠し、センチメントを盛り上げた。
アメリカ国内外の暗号資産取引所がXRPの取引再開計画を発表し、2020年からの上場廃止の波を覆す中、XRPを空売りする人たちは清算を迫られた。
ナスダックが暗号資産カストディ事業に本格参入する前に撤退を決定したことは、暗号資産における、ますますポジティブなセンチメントを頓挫させるほどのことはないだろう。しかし、それでも打撃であることに変わりはなく、現在の規制体制が続けば、業界の多くが行き詰まる可能性があることを予感させる。
ナスダックのアデナ・フリードマン(Adena Friedman)CEOは四半期決算説明会で、同社が撤退した理由は「アメリカにおけるビジネスと規制環境の変化」だと、暗号資産業界がここ1年で幾度となく聞いたフレーズを繰り返した。
同社は昨年9月、カストディ計画と同時に新部門ナスダック・デジタル・アセッツ(Nasdaq Digital Assets)の設立計画も発表したが、現在も後者の方には取り組んでいる。フリードマンCEOは、他のカストディ・ソリューションを含む暗号資産ソフトウェアの「開発と提供」、そしてブラックロックのビットコインETFが承認されれば、その上場も計画していると付け加えた。
ナスダックがなぜ手を引くのか、差し迫った理由があるのか、情勢を分析した結果なのか、その正確な理由はまだ不明(CoinDeskはさらにコメントを求めている)。同社はニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)と数カ月にわたって対話を続けていたと伝えられており、同社が提案した限定信託目的信託会社が正式な許可を得たかどうかはわからない。
SECによる規制強化
注目すべきことにSECは2月、すべての取引・レンディング企業に対する既存の規制を拡大し、顧客資産を「適格カストディアン」、つまり認可を受けた銀行または信託会社、SECに登録したブローカー・ディーラー、商品先物取引委員会(CFTC)のデリバティブ業者に預けることを義務付けることを決議した。暗号資産業界ではこの提案を、「カストディ・ルール」と呼んでいる。
施行に承認が必要なこのルールは、暗号資産だけでなく、より多くの資産クラスを対象としているが、取引とカストディ・サービスの両方を提供するコインベース(Coinbase)のような暗号資産企業を抑制するために作られているようだ。コインベースは、SECにIPOが承認された以外は、SECに登録されていないことで知られており(あるいは、悪名高く)、カストディアンとして「適格」となるための要件案に反している。
伝統的な金融の世界では、合法化された証券投資は一般的に、3つの異なるサービスに分かれている。取引を処理する取引所、交換される資産を安全に保管するカストディアン、そして取引の決済を確実にするクリアリングハウス(暗号資産の場合、ブロックチェーンによって自動的に処理される部分)だ。
JPモルガン・チェースやSmall Business Association(中小企業協会)のような金融業界の既存組織の多くも、暗号資産企業が認可されたカストディアンを見つけるために暗号資産業界の外の企業に頼らなければならないとなれば、恩恵を被るかもしれないにもかかわらず、SECの「抜本的な変更」に強く反対していることは注目に値する。
今後の見通し
ナスダックのような企業であれば、官僚主義の世界をうまく世渡りできると思いたくなる。だからこそ、今回の暗号資産カストディ事業撤退の決断は意味ありげだ。同社にできなければ、誰にできるのだろうか? SECのカストディ要件強化はまだ実施されていないが、カストディ・サービスを取引から切り離す規制が導入される可能性は高まっている。CoinDeskのマーク・ホッフシュタイン(Marc Hochstein)記者もこのアイデアを支持しており、アメリカ議会を議論が行われている多くの超党派法案も同じことを示している。
何らかの形で、暗号資産のカストディはより厳しい監視の下に置かれることになるだろう。そうなれば、ノンカストディアルな暗号資産サービスを提供しないあらゆる企業に影響が及ぶ。そしてそれは、良いことだ。このような変更が施行されていれば、サム・バンクマン・フリード氏がFTXの顧客アカウントに手をつけたとされる行為は防げただろう(仮にこの海外の取引所が、アメリカの法律の適用を受けると仮定した場合)。
このようなルールは、少なくとも中短期的には、既存の金融会社や暗号資産カストディ業界を支配するビットゴー(BitGo)のような既存暗号資産企業に最も利益をもたらす可能性が高い。しかし、多くの暗号資産ネイティブのカストディ会社が失態を続けていることを考えると、現状よりもその方が望ましいかもしれない。
しかし、ナスダックが法律にうまく対処できなかったり、この先何が起こるかを把握できなかったり(あるいはXRPに関する判決に怯えたり)したことは、良い兆候ではない。暗号資産のカストディは、業界の要である。たとえあなたが自分の鍵を保管できたとしても、他のすべての人にとって実行可能なソリューションが用意されなければならない。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Nomi2626 / Shutterstock.com
|原文:Why Nasdaq Backing Out of Custody Is Bad, Bad News for Crypto