「失敗のパラドックス」とWeb3ゲームにおける意味

ほとんどのゲーマーは、なぜゲームをするのか、どんなゲームが楽しいのかを分析することにあまり時間をかけない。実際、ゲームの楽しさの多くは、そうした分析を含めた現実世界を遮断できることにある。それでも、問う価値はあるだろう。そもそも、ゲームとは何を楽しむものなのか?

ゲーム研究者のリチャード・バートル(Richard Bartle)氏が考案したプレイヤータイプ分類は、心理学を駆使して、ゲーマーの遊び方を分析することで、特定のゲーマーがどのようなゲームが楽しんでいるかを知る手がかりを提供する。1996年に発表された彼の洞察に満ちた分析は、30年近く経った今でも有効だが、そもそもなぜゲーマーがゲームをするのかを説明することはできない。

多くの人がWeb3ゲームをゲームの次のフロンティアと見ているが、今のところ業界の進歩はややゆっくりとしたものになっている。ブロックチェーンゲームがゲームの基本原理から学んで、改善できることはあるのだろうか?

失敗のパラドックス

デンマークの著名なゲーム開発者、イェスパー・ユール(Jesper Juul)氏も、ゲームに心理学を活用し、失敗がゲーマーのモチベーションを高める要因であると主張している。ジュール氏は2016年に出版した著書『The Art of Failure: An Essay on the Pain of Playing Video Games』(日本語版:しかめっ面にさせるゲームは成功する──悔しさをモチベーションに変えるゲームデザイン)の中で、人がビデオゲームをプレイする主な理由の1つは失敗するためであり、失敗することで学び、改善する機会が得られるからだと主張している。

実生活では、私たちは失敗を成功への通過点と捉えることが多く、失敗が人生の試練を乗り越える原動力となることは確かだ。しかし、娯楽であるビデオゲームにおいて、失敗が娯楽よりも先にゲーマーのモチベーションを高める大きな要因になるという考えは、ゲーマーにとっても、そうでない人にとってもバカげたものに聞こえるかもしれない。

ユール氏は著書の中で、人生において「私たちは一般的に失敗を避ける」にもかかわらず、体験そのものが失敗を伴う、あるいは失敗をテーマとするような「ゲームを探し求める」と述べている。そして、これを「失敗のパラドックス」と呼んでいる。

このパラドックスは、あるミッションやレベルがどんなに難しくても、ゲームが楽しくないという意味ではない。簡単すぎるゲームは退屈だろうが、失敗するような挑戦的なゲームは上達するチャンスを与えてくれる。これは精神に強力な影響を与え、人生の他の側面にも応用できる。結局のところ、上達と逆境の克服は自信を高めてくれる。

ゲーマーなら誰でも、簡単なゲームやミッションに打ち勝つことは、何度も失敗した後に成功することよりもはるかに満足感が低いと言うだろう。この文脈では、失敗のパラドックスは心理学的に理にかなっている。なぜなら、困難を克服するとき、脳はドーパミンを分泌して反応するからだ。

『ダークソウル』は、おそらくこれについて最良の例となるだろう。バンダイナムコのこの悪名高く、難易度の高いアクションロールプレイングシリーズは、忍耐力とボスの戦術の微妙なパターンを見抜く能力を必要とするにもかかわらず、熱心なファン層を抱えている。

このゲームは創造性、ストーリー、グラフィック、難易度の高さが融合して、とても魅力的なものになっている。最終的にボスキャラを倒せても、倒せなくても、優れたゲームは皆、楽しさと苛立ちの間の微妙な境界線をまたぐ方法を知っている。

Web3はお金がすべて?

しかし、この「失敗のパラドックス」はWeb3ゲームにも当てはまるのだろうか? この分野では金銭的な側面が重要な役割を果たしていることを考えると、利益を上げれば失敗も、改善への意欲もなくなると考えるかもしれない。

それは見当違いだ。

Web3コミュニティは、集団的な価値観や目的意識に基づいて形成される傾向があるが、エコシステムは紛れもなく個人主義だ。これは、ユニークなNFTのようなステータスシンボルの追求や、限定エアドロップのホワイトリストへの登録などによって示されている。

さらに、最強のWeb3ゲームコミュニティでは、誰もが成功するわけではない。失敗は参加の一部であり、それはまだ成長を遅らせる要素となってはいない。

Web3ゲームは持続可能性がなく、面白くないと主張する批評家に対して、業界は研究開発、ユーザーエクスペリエンス、伝統的なゲームビジネスとのコラボレーションに多額の投資を行ってきた。市場の低迷は、多くの欠陥を抱えたモデルや刺激的でないストーリーを淘汰し、開発者のゲームプレイへの関心を再燃させた。

Web3ゲーマーの主な動機が純粋に金銭的なものであったとすれば、こうした投資や業界全体のシフトは理に適わない(ただし、興味のある人には、ゲーム化されたスポーツ賭博アプリや、楽しいチャレンジよりも現金を稼ぐことを優先する人向けの他の道がたくさんある)。

それでも、Web3ゲームは2022年の46億ドル(約6440億円、1ドル140円換算)市場から、2027年には650億ドル以上に成長すると予測されている。AI(人工知能)以外へのVC投資が細々としている現在でも、Web3ゲーム分野では新たな資金調達が着実に行われている。

Web3ゲームが開拓し、10億ドル産業へと成長させたように、利益を上げるというスリルがゲームにエキサイティングな新しい要素を加えることは事実だ。しかし、Web3ゲーマーは依然として、楽しい体験とやりがいのある冒険を求めている。NFTを獲得することは、市場での現金化であるのと同じくらい、コミュニティ内でのステータスを高めることでもあるのだ。

『Planet IX』や『Illuvium』のようなゲームは、充実したストーリーと息をのむようなビジュアルを融合させ、従来のゲーマーだけでなく、Web3ゲーマーにもチャレンジを与え、楽しませ、コミュニティ精神を維持している。新世代のWeb3ゲームは、よく練られたシナリオ、コミュニティ指向のモデル、ゲーム内資産を所有する自由などでゲーマーを魅了している。

ブロックチェーンゲームが臨界点を通過するなか、ユール氏の「失敗のパラドックス」は、従来のゲーム分野と同様にWeb3ゲームにも当てはまると言っていいだろう。

Web3ゲームは、より広いゲーム業界をディスラプトし始めている。この先、主流のゲーム制作会社やゲームシリーズが、ゲーム内エコノミー、資産の所有権、コミュニティ優先のアプローチなど、独自のWeb3機能を採用することになるだろう。

しかし、暗号資産には勝者総取りの考え方はない。スマートコントラクトの設計、トークンベースのインセンティブ、その他のゲーム技術の進歩は、世界に利益をもたらすだけだ。それが、オープンソース開発の精神。そうなると、本当に負ける唯一の方法は、まったくプレイしないということになる。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:The Psychology of Failure and Its Meaning for Web3 Games