エルサルバドルは2021年9月、米ドルと並ぶ2番目の法定通貨としてビットコイン(BTC)を採用した。同国は書籍『ビットコイン・スタンダード お金が変わると世界が変わる」を実践した最初の国であり、ビットコインを法定通貨として採用しようとしている他の国々の実験場としての役割を果たしている。
就任1期目の42歳の指導者ブケレ大統領は、ビットコインの法定通貨化を手始めに、経済を完全に変革するビジョンを掲げている。企業はビットコインでの支払いの受け入れを法律で義務付けられており、政府はこれまでに2381BTC(当記事執筆時点で最大7000万ドル、約98億円相当)を購入した。また、独自のビットコイン・ウォレット「チボ(Chivo)」を立ち上げ、普及を促進するために1500台のビットコインATMを設置する計画も発表している。
市民にとってのビットコイン
エルサルバドル政府や、ビットコイン政策に惹かれてエルサルバドルにやって来た外国人の多くは、ビットコインを未来の通貨と見ているが、平均的なエルサルバドル市民がビットコインについて、とりわけ日々の商取引における交換の手段としてどう感じているかは別問題だ。ビットコインが次なる世界的な準備通貨になるには、ビットコイナーではない普通の人々が、ビットコインを支える根本的なシステムは理解していなくても、その本質的な価値を信じなければならない。
私がこれまでエルサルバドルで生活してきた限りでは、ビットコインが通貨として成功する可能性は明らかだが、平均的なエルサルバドル国民が受け入れるかどうかはまだわからない。
欧米のビットコイン投資家の多くは、貨幣に対する時間選好率が低く(つまり、何年、何十年と保有するためにビットコインを購入)、今後も価値が上がり続けると信じている。しかし、十分な貯蓄もなく、その日暮らしといえるエルサルバドルの平均的な労働者にとっては、ビットコインの分散型のメリットと将来の可能性は、米ドルを使用する場合と比較して、実質的な価値の増加をもたらすのだろうか?
ほんの数年前まで、エルサルバドルは世界で最も危険な国のひとつだった。現在では、ブケレ大統領の妥協のない治安政策によって犯罪は劇的に減少し、市民は安心してビジネスを始めたり、友人と食事に行ったり、以前は避けられていた地域に行けるようになった。ブランド再構築の一環として、政府は金融イノベーションへの外国投資を奨励するため、企業に優しい税制を導入した。それでも、ビットコインを広めようとする人々以外では、ビットコインを通貨として使用することに対してさまざまな反応がある。
ビットコイン vs 法定通貨
1971年、当時のリチャード・ニクソン米大統領は突如、米ドルと金(ゴールド)の交換を停止し(いわゆる、ニクソン・ショック)、それ以来、世界経済は不換通貨システムで運営されてきた。不換通貨が価値を持つのは、政府が価値があると言うからであり、ゴールドによる裏付けはない。現行のシステムは、資産を所有している人々にとってはうまく機能しているが、不換通貨で貯蓄している人々にとっては不十分なものだ。
これは、価値の低下(つまりインフレ)がバグではなくシステムの仕様だからだ。米ドルは、時間とともに購買力を失うようにプログラムされている。同様に、資産の移転やアクセスに関連する取引手数料は負担が大きく非効率的となる可能性もある。ビットコインはそれに対し、平等主義的な代替オプションを提供している。
エルサルバドル滞在の最初の48時間で、私は海外旅行の際に不換通貨の銀行取引に伴う制限的な摩擦コストを身をもって体験した。首都サンサルバドルのATM手数料はアメリカより高く、お金を引き出すのに5ドル〜8ドル(約700円〜1100円)必要で、私の銀行は取引のいくつかに詐欺のフラグを立て、私のカードは2度凍結された。
ビットコインATMは、ここではまだ不換通貨のATMほど一般的ではない。しかし、ウェブサイトの見て、近くのモールでAthenaのビットコインATMを見つけるまで、そう時間はかからなかった。ただし、マネーロンダリングを防止するためにKYC(顧客確認)が義務付けられているため、通常のATMよりも手続きに時間がかかった。身分証明書を提示し、写真を撮られ、SMSでの承認を待つまで30分以上待たなければならなかった。
また、Athenaではビットコインから不換通貨への換金に5%の手数料がかかり、結局、不換通貨のATMの手数料よりかなり高くついた。しかし、2回目にATMを利用したときは、取引キャンセルやSMSによる詐欺警告に対処する必要がなかったため、外国人旅行者としてはより簡単なプロセスだと感じた。
日常サービスのためのビットコイン
私は毎日スペイン語のレッスンを受けている。講師にビットコインを支払いに使えるかと尋ねたところ、彼女は現金しか受け取らないと言った。ビットコインを受け取ってもどうしたら良いのかわからないから、というのが理由だった。エルサルバドル人の運転手も、チボのウォレットを持っているにもかかわらず、ビットコインで支払おうとすると同じようなためらいを見せた。結局、送金アプリのZelleを使って銀行振込をした。
私はビットコインへの情熱を共有するアメリカ人とカナダ人を中心とした外国人ビットコイン・ミートアップに参加した。出展者たちはビットコインしか受け付けず、私はコインベース(Coinbase)のウォレットを使ってミス・エルサルバドルのアレハンドラからTシャツを購入した。
私が話をしたビットコインを深く理解している人々は、エルサルバドルを自国よりも自由で開放的な国と考えている。
政府は2年前にビットコイン普及を大々的に推進し始めたが、ここでの普及はまだ明らかに初期段階。ほとんどの労働者はまだ現金を好み、ビットコイン決済に伴う待ち時間が少なくとも現時点ではビットコインをやや厄介なものにしている。私がこれまでに出会った業者の中には、レイヤー2(L2)のライトニングに対応しているところもあったが、一般的ではない。私がこれまでに話したほとんどの人は、ビットコインがどのように裏付けされているのか深く理解してはいない。
私は、ライトニング・ネットワークと、米ドルと比較した場合のビットコインのメリットに関する教育強化が、エルサルバドルの人々がビットコイン利用をためらうことへの解決策になると考えている。L2ソリューションを使って決済時間を短縮し、将来の購買力に関して現金よりもビットコインの方が安全であることを人々に納得させることが、普及を促進し、ユースケースを拡大するうえで重要となるだろう。
私は今後もビットコインを商取引に利用し、より多くのエルサルバドル市民にビットコインの力を教えていくつもりだ。
※敬称略
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Jonathan Martin
|原文:Two Months in El Salvador: The Ground Game for Bitcoin Adoption