ESGやSDGsが世界で注目される現在、投資家の間で投資先に“手触り感”や“社会や環境へのインパクト”を重視する動きも強まっている。こうした中で、金融商品をブロックチェーン技術などでデジタルアセットにする取り組みや動きが、投資家の“志ある資金”の受け皿として有望である──。
野村総合研究所(NRI)未来創発センターの谷山智彦氏(デジタルアセット研究室長)が、このほどまとめたレポートでこう指摘した。
NRIのレポート「デジタル・アセット・ファイナンスの可能性と課題 ―『デジタル証券化』による都市再生・地方創生に向けた『志ある資金』の活用 ―」(表紙含め46ページ)では、デジタルアセットについて1623人を対象に行ったインターネットアンケート調査の結果と分析を掲載。デジタルアセットに関心がある人物像が浮き彫りになっただけでなく、興味深い事実がいくつも明らかになっている。
デジタルアセットファイナンスの今後、将来の可能性を考える上ではもちろん、金融・投資に関心がある人たちがデジタルアセットをどのように考えているのか、その現状を把握する上でも、有用な資料と言えそうだ。
デジタルアセットファイナンスの可能性
レポートをまとめた未来創発センターは、日本と世界が直面する社会課題・経済課題を洞察し、科学的な判断に基づき、その処方箋を提言・発信する「未来志向型シンクタンク」を標ぼうしている組織。
発表されたレポートでは、冒頭に掲載されたサマリーで、最近の流れ・現状として、デジタルアセットというものの定義が「資産として価値を有するデジタルデータ」から「暗号的に保護された分散型台帳に記録されたデジタルな価値の表象」(米国内国歳入庁・IRS)などに大きく変わりつつあると説明している。
そして、レポートで後述される調査結果をもとに、デジタルアセットに関心がある投資家は、株式や投資信託といった伝統的な金融資産だけでなく、自分たちが住む地域のホテルや温泉旅館、百貨店・商業施設など身近でよく知っているもの、地域や社会に貢献できるような社会性を持つ資産への関心が高いと指摘。「デジタルアセットはリスク・リターンだけではとらえられない“志のある資金”の受け皿となり得る可能性がある」と述べている。
さらに、従来のアセットファイナンスでは手の届かなかった地域や用途に対し、デジタルアセットファイナンスなら、投資先の“手触り感”を生かすことで資金供給できる可能性があると力説。そうした過程で、金融サービスとしてのDXが進むだけでなく、投資家や運用会社、地域のダイレクトコミュニケーションも高度化するとの見通しも示している。
「デジタルアセット」に関する調査で分かったこと
こうした分析や見通しのもととなったのが、NRIが2023年6月に行ったデジタルアセットに関する調査だ。対象は、全国に住む、金融商品に関心のある20-60代の男女1328人だという。
レポートで紹介されている回答のデータと分析の一部を紹介しよう。
「デジタルアセット」に関心がある人の割合は?
まず「デジタルアセットへの関心度」について質問(図表5)。ビットコインなどの暗号資産やNFT、DeFi(分散型金融)、DAO(分散型自律組織)、スーテブルコインなどそれぞれのアセットについて、「非常に興味がある」から「知らない、聞いたことがない」までの6段階の回答を選んでもらっている。
提示されたアセット(選択肢)の中で最も認知度が高いであろう「ビットコインなどの暗号資産」については、98.1%が興味を示した(「知らない、聞いたことがない」を除いた数字)。
このほか、「NFT(非代替性トークン)」は78.1%、「セキュリティトークンなどのデジタル証券」は64.2%など。なお「CBDC(中央銀行デジタル通貨)」や「DAO」、「ステーブルコイン」などの認知度はいずれも60%程度だった。
レポートは、この結果から、デジタルアセットについて一つでも「非常に興味がある」「やや興味がある」と答えた層を「デジタルアセット関心層」と定義。そうした人たちが38.2%いるとしている(逆に61.8%はデジタルアセット無関心層)。
ひと口にデジタルアセットといっても幅が広いため、ここでは詳しく分類。「デジタルアセット関心層」38.2%のうち、デジタルアセットの中でも“ビットコインなどの暗号資産にのみ”興味がある(つまりトークンには関心がない)「クリプト関心層」が10.2%。NFTやセキュリティトークンにのみ興味がある(暗号資産には興味がない)層を「トークン関心層」として、8.8%いると紹介している。
■デジタルアセットへの関心度
デジタルアセット関心層はどんな人たちか?
その「デジタルアセット関心層」とはどんな人たちなのか。年代・性別などの属性を全体の割合で見ると、傾向としては女性よりも男性のほうが多いこと(女性は28%)、30―50代男性が多いこと(30、40、50代の合計で53%)が分かっている。
ただ、20代女性も10%いるなど、いずれかの年代が突出しているわけではないとも言えそうだ。
デジタルアセット関心層は金融資産が多い?少ない?
「金融資産や年収の多寡」とデジタルアセットへの関心度合いには、関係あるのだろうか?
この項目で分かったのは、金融資産が“少ない”ほうがデジタルアセットへの関心が“高い”こと。逆に金融資産が1000万円以上ある投資家は、デジタルアセットへの関心が低い。
しかし、年収については、年収500万未満の層の関心は低く、500万円以上のある層のほうが、デジタルアセットへの関心が高かった(ただし、金融資産額・年収のいずれも、関心度ときれいに相関関係が現れているわけではない)。
次に、NISAやiDeCo、ポイ活などの「各種金融サービスの利用状況」について、デジタルアセット関心層と無関心層の回答を比べてみると、軒並みデジタルアセット関心層のほうが利用率は高かった。たとえばポイ活、ふるさと納税、QRコード決済、ロボアド、クラウドファンディング、iDeCo(個人型確定拠出年金)、家計簿アプリ、音楽配信サービス、フリマアプリなどだ。
だた唯一、NISA(つみたてNISA)だけ逆で、利用率はデジタルアセット無関心層のほうが(わずかながら)高かったという。
また、「情報源」についても聞いており、関心層と無関心層で大きな差があったのがYouTube、Twitter、ブロガー(ブログ・ホームページ)、Facebookだった。つまりデジタルアセット関心層は、これらのメディアをテレビ・ラジオ、新聞、雑誌などよりも活用しているとみられ、レポートは、「デジタルアセット関心層へのマーケティングは、従来とは異なる戦略が求められる」と指摘している。
何にどれくらい投資しているのか?
調査ではまた、伝統的な金融資産を含めた「投資経験」についても聞いている(図表19)。調査に参加した人たちが投資したことがある金融商品は、国内株式は62.8%、投信・ETFは52.0%あるが、ビットコインなど暗号資産が13.5%という結果に。回答者はいずれも、“金融商品に興味がある人”であるにもかかわらず、クリプトの投資経験者は1割強ほどしかいなかった。
この項目についてデジタルアセット関心層に限って見てみると(棒グラフの青)、国内株への投資経験は64%、投信・ETFは50%などで、全体と大きく変わらなかったものの、暗号資産への投資経験も30%ほどだった。無関心層(同じくオレンジ)の4%と比べれば高いものの、デジタルアセットに関心がある層としては、クリプト投資の経験が意外と少ないように思えないだろうか。
「投資に対する考え方」の質問から分かること
次に「投資のスタンス」(考え方)についての質問では、デジタルアセット関心層が無関心層と比べて割合が高かった回答は、「ハイリスクでもいいのでハイリターンを追求したい」(関心層は42%、無関心層は21%。以下同じ)、「デイトレのように毎日取引して短期的利益を得たい」(38%と14%)などがあった。
中でもレポートが注目しているのが、「自分の投資とはいえ、企業や地域のための貢献をしたい」という人が44%いたことだ(無関心層は20%なので、24ポイントの差)。
このことからレポートでは、デジタルアセットに関心がある人たちが、“金銭的なリターン”だけでなく、投資対象から得られる“社会的リターン”として、共感性や社会性を重視し、企業や地域への貢献意欲があることが分かると説明している。
その上で、デジタルアセット関心層が興味を持っている「実物資産」についても質問している(複数回答)。割合が高かった回答は、「ホテル・温泉旅館」(31%)、「テーマパーク」(30%)、「百貨店・商業施設」(25%)、「レストラン・カフェ」(23%)、「集合住宅(賃貸マンション)」(21%)、「ヘルスケア・介護施設」(19%)などだった。
ここで注目しておきたいのは、これらの実物資産への投資的関心を示しているのは、デジタルアセット関心層の中でも、クリプト関心層ではなく、トークン関心層のほうだということだ。
というのも、たとえば「ホテル・温泉旅館」について興味があるクリプト関心層は13%しかいないのに、トークン関心層では31%もいる(図表26、一番左の棒グラフ)。「レストラン・カフェ」はそれぞれ11%と25%、「ヘルスケア・介護施設」は10%と21%など、それぞれ10ポイント以上の差がついているのだ。
このほか調査では、投資したい地域や、望ましい想定利回り、運用期間、将来的にデジタル証券にどれくらいの投資比率を考えているか、などについても質問。こうした質問への回答結果から、レポートは、「スマホで気軽に投資できるようなデジタルアセットのターゲットは、金融資産額3000万円未満のマス層になると考えられる」と結論づけている。
デジタルアセット、デジタル証券化の課題は
レポートは最後に、デジタル証券が、地域や社会、環境に対するインパクトを重視して投資する、“志ある投資家”(特にトークン関心層)の“志ある資金”の受け皿になり得ると、あらためて指摘。こうした投資家が、資金を投じる先を考える際に、従来のリスク・リターン平面にもとづいた投資意思決定ではなく、インパクト(社会的リターン)という第三の軸を取り入れ、たとえリスクが同じくらいの資産でも、金銭的リターンとひきかえに社会的リターンが享受できるなら投資対象と考えるという可能性を示唆している。
そして、こうした多様な目線を持つ投資家が不動産市場に参入することで、価格の安定性を高めることにもなると述べている。そこでは、過去の金融危機において、不動産市場が銀行ローンという単線的な金融システムに過度に依存していたことから、資金繰りに苦慮して不動産市場が大きく下落する要因になったとも指摘している。
ただこうした可能性を述べる一方で、デジタルアセット・デジタル証券化の課題についても言及している。そこで、デジタルアセット市場関係者によるビジョンの共有や投資家の理解促進などが必要であること、また、投資対象の手触り感を重視する性格上、市場リスクのみならず商品個別のリスクを引き受けることになるため、「投資先に関する情報やデータは、(中略)徹底して開示される必要がある」とも述べている。
レポートは、デジタルアセットの定義の変化や特徴、対象領域などについても図表を用いて分かりやすく解説している。詳しく知りたい専門家のみならず、概要をおさえておきたい関係者にとっても役に立つ資料と言えるだろう。
レポート全文はこちら。
|文・編集 CoinDesk JAPAN編集部
|トップ画像:Shutterstock