暗号資産の“見せかけショー”はますます現実離れしている

最も熱心な創業者や開発者の一部が、批判に心から同意している様子を見れば、暗号資産(仮想通貨)が面白い時代を迎えていることがわかるだろう。

今年、パリで開催されたコミュニティ主導のイーサリアム・カンファレンス「EthCC」で、私は「Crypto is a Theater Right Now(暗号資産は今、ショーになっている)」と題したスピーチを行い、DeFi(分散型金融)やその他の暗号資産の取り組みが失敗した多くの事例を解説した。ツイッターに投稿したその講演の要旨もまた、反響を呼んだ。

簡単に言うと、私は暗号資産に携わる人々がショーを演じていると感じている。見せかけだ。ブルームバーグで暗号資産を取材し、『The Infinite Machine』を執筆し、その後「The Defiant」を設立して、この業界に10年間身を置いてきたが、魔法はまだ健在なのだろうかと思うようになった。

あらゆる好況と不況の波を通じて、私は常に、中身のない盛り上がりは最終的に消えていき、私がこの分野に最初に惹かれるきっかけにもなった、経済的自由を求めるアルゼンチンの人たちのような「本物の」ユースケースが優勢になると固く信じていた。

しかし、そのような状況には至っていないようだ。ある意味、ショーはより現実離れしている。

もちろん、2020年に始まった強気相場と、その結果2023年まで続いている弱気相場の間には、この分野を前進させ、祝福されるべき多くのことも起こった。

自律分散型組織(DAO)は、世界中の個人を同じ目標に向かって組織化することに役立った。NFTは、デジタル財産を所有することに喜びを見出す新しいユーザー層を生み出した。イーサリアムはプルーフ・オブ・ステーク(PoS)に移行し、分散型開発の可能性を示す大規模な取り組みを成功させた。レイヤー2はよりスケーラブルなブロックチェーンインフラを実際に提供し始め、現実資産(RWA)は投機的でないユースケースへの潜在的な橋渡し役として台頭している。

しかし同時に、DeFiとWeb3の欠点はますます明らかになり、分散化劇場、ガバナンス劇場、コミュニティ劇場といったさまざまな形態の劇場が出現し、そのすべてがTVL(預かり資産)の椅子取りゲームに囲まれている。

本当に変更不可能?

開発者たちは、いわゆる分散型アプリを、仲介者を排除し、スマートコントラクトに埋め込まれた事前に書かれたルールによって公正に制御される、変更不能なプロトコルとして位置づけている。分散型アプリは止めることができず、検閲にも強いと言われている。結局のところ、それがブロックチェーンの要点だ。

しかし現実には、ほとんどのDeFiプロジェクトは、一部の人間によってコントロールされ、検閲され、止められる。それがプロジェクトの管理者キーのコントロールを通じてであろうと、ひと握りの人間がすべてのバリデータやノードをコントロールしているからであろうとだ。大半のDeFiプロジェクトは、「神モード」に入り、一方的にプロトコルに変更を加える能力を保持している。

分散化劇場が問題なのは、検閲への抵抗が弱まり、規制当局や警察当局が開発者に変更を強要したり、情報を開示させたり、あるいは単に閉鎖させたりすることができるようになるからだ。もしこのシステムが恣意的に変更される可能性があるとしたら、どうして人々は未来の金融に相応しいインフラとしてこのシステムを信頼し、金融機関はこのシステムで何兆ドルもの資金を動かすことができると信頼できるだろうか?

また、DAOが実際には中央集権的なチームの見せかけである場合、個人がハッキングされたり、プロジェクト資金そのものを盗まれたりする可能性があるため、ユーザーの資金を危険にさらすことになる。

同様に、暗号資産のガバナンスシステムもショーだ。Web3のもうひとつの約束は、ユーザーがインターネットの、つまり利用するアプリケーションや金融サービスのオーナーになることだった。ユーザーは、物事がどのように運営され、どのような決定が下されるのかについて発言権を持つことができ、それはプロトコルのネイティブトークンを保有することで実現されるはずだった。

だが実際には、ガバナンストークンを購入しているほとんどの人は、それをプロトコルやDapp(分散型アプリ)の「株式」を所有する代理として扱っている。データによると、保有者の大多数はガバナンスに関心がなく、実際に参加している人はごくわずかで、彼らはお金を稼ぐことに関心がある。プロジェクトはしばしば、ガバナンストークンをマーケティングや顧客獲得戦略の一部として扱うことで、この傾向を固定化させている。

さらに、創業者チームとその投資家によるガバナンストークンの度を越した独占については言うまでもない。民主主義では、誰もが発言権と投票権を持っている。DeFiでは、1トークンは1票に等しく、それは金権政治に等しい。名目上は独立した開発チームとその資金提供者であるVCがDeFiのすべての意思決定を行うため、本当の意味では、コミュニティの投票は象徴的なものに過ぎない。

DeFiの大部分は少数の巨大なクジラによって所有・運営されているが、エコシステム全体は、最高のAPY(年換算利回り)を求めて流動性プールを循環させる、比較的少数のトレーダーのおかげで存続している。

過去1年間で、DeFiのTVLは400億ドルから600億ドルの間を推移したが、月間ユーザーは300万人を超えることはなかった。同じ資金が同じウォレット間で循環しているだけだ。

誰のためのショーなのか?

繰り返しになるが、暗号資産は現実の経済活動から切り離されており、紙の上では非常に立派に見える数百万ドルの資金のほぼすべてが投機に使われている。そして、UXからイーサリアムの取引手数料、クジラと競争するという事実まで、DeFiに参加することのハードルを考えると、それは本当に高いリスク許容度を持つ、技術に精通したトレーダーにしか役に立たない。

では、なぜこのエコシステムはこのようなショーを行っているのだろうか? ほとんどの人は悪意を持っているわけではない。暗号資産に関わっているのは、より良い未来を信じているからだ。理想主義者で、世界を変えたいと思っているからだ。

なぜ創業者たちは、エアドロップやガバナンスフォーラム、DAOなどのショーを行うのだろうか? ほとんどの場合、プロジェクトがこれらを必要としているからではない。プロジェクトが実際に十分に分散化されているからでもない。規制当局が望むことだと考えているからだ。

プロトコルのチームは多くの場合、アメリカの法律上、何が合法で違法なのかについて、トップの規制当局が明確な態度を示さないような敵対的な規制環境に対応している。エアドロップのような単純なことでさえ、わからないことが山ほどある。

だからDeFiの創業者と開発者は非営利団体を設立し、偽名を使って「価値のない」トークンを売り渡そうとする。しかし、彼らは誰を欺くこともできていない。規制当局はこれが、分散型劇場であることを知っている。

規制当局は、特にアメリカでは、すでに暗号資産とDeFiを狙い始めている。これには、Ookiのようなコミュニティが運営するとされるDAOや、トルネード・キャッシュ(Tornado Cash)のような実際の分散型プロトコルが含まれる。

役に立つものを作る

では、解決策は何だろう? 暗号資産が達成しようとしていることを信じるなら、それを追い続けることだ。ゴールを追いかける。開発する必要のあるものを開発するのだ。

その過程で、お金を儲けることは違法でも、不道徳でもない。早期に暗号資産の世界に飛び込んだトレーダーはマスアダプションへの道を開き、投機は初期流動性を提供し、プロジェクトが試練に挑むことを可能にする。トレーダー間のTVL椅子取りゲームは、実際にはこのような初期段階では健全で結構なことだ。

分散型劇場の内実を明らかにし、戯言を言うことはやめにしよう。より中央集権的にスタートすることはしばしば必要だが、全員の時間を無駄にすることなく、それについて正直でいよう。実際にそうではないのに、「コミュニティ」が運営しているように装うのはやめよう。実態と異なるのに、アプリケーションやプロトコルが分散型であるかのように見せかけるのはやめよう。

分散化を図るのは、本気でそうしたいと思っているときだけにしよう。その気がないならしないことだ。

DeFiが、普通の人や企業が自由でより効率的に取引するために使われるような、「現実の世界」との接続が近づいてきている。前にも言ったように、DeFiや暗号資産にはすでに誇れるものがたくさんある。

アルゼンチンのユーザーに話を戻すと、新興市場の人々は、例えばステーブルコインを保有して利回りを得るために、ますますDeFiを利用している。そのような人たちのために開発しよう。昨年、この分野に目を輝かせて参入してきたアーティストのために開発しよう。まだ時代遅れの銀行を使っている友人たちのために開発しよう。しかし、ゲイリー・ゲンスラー(SEC委員長)のために開発するのだけは、やめてほしい。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Crypto’s Theater Is Becoming More Surreal