ブロックチェーンのイデオロギーとして「コードは法」という言葉がよく繰り返される。つまり、ネットワークの基礎となるプログラムは神聖であるべきで、深刻な緊急事態や存亡の危機が発生した場合でさえも、問題を解決する究極の権限をもたらすという考え方だ。
現在、イーサリアムブロックチェーン・エコシステムの有力者が、特定の極端なシナリオでは、プログラムではなく、人間が正義の優れた裁定者になるかもしれないという考え方を受け入れると明言している。
斬新な提案
イーサリアム上の主流レイヤー2ネットワークの開発者であり、マター・ラボ(Matter Labs)のCEO、アレックス・グルチョウスキ(Alex Gluchowski)氏は、イーサリアムの整合性を脅かすまでにエスカレートした紛争を仲裁する「イーサリアム最高裁判所」のアイデアを提案した。
グルチョウスキ氏がX(旧ツイッター)で「現実世界の司法に似たオンチェーン裁判所の階層システム」と説明したこのシステムは、イーサリアム上で開発されたアプリがハッキングされたり、何らかのセキュリティ危機に直面した場合に、チェーンの「フォーク」を求めることを可能にする。
「コードは法であり、バグ=死である」とグルチョウスキ氏は9月2日の投稿へのフォローコメントで書いている。
スマートコントラクトの実装リスクは、依然としてDeFi最大の未解決問題である。L2も同様に影響を受けている。
アイデアを出そう:最終的な控訴裁判所としての L1フォーク
まず、なぜ既存のソリューションが機能しないのか:
1. タイムロックされたアップグレードは、予定された変更には適しているが…
フォークの弱み
今、イーサリアム上のアプリがハッキングされ、被害者から資金が吸い上げられた場合、唯一の頼みの綱はブロックチェーンのフォーク。フォークとは、チェーンのユーザーとオペレーターの大半が、その歴史を巻き戻した新バージョンに移行することだ。
2016年のDAOハッキング(流通するイーサリアムの大部分をハッカーが持ち逃げした事件)は、こうしたフォークのひとつにつながったことで有名だ。イーサリアムの主要な利害関係者は、ハッキングが起こらなかったことにした新しいバージョンのチェーンが「正規のチェーン」になるという「社会的合意」に至った(ハッキングされた、古いイーサリアムチェーンである「イーサリアムクラシック(ETC)」は現在も存在するが、利用者は比較的少ない)。
チェーンフォークは極めて稀。政治的かつ現実的なレベルでは、チェーンのフォークは社会的なコンセンサスを必要とする。つまり、チェーンのオペレーターの大多数にフォークが必要であることを納得させ、ソフトウェアをアップデートするために全員を結集させる。
フォークには哲学的な問題も伴う。ブロックチェーンの状態が「永続的」であるという考えは、人々が喜んでブロックチェーンに価値を見出す主な理由のひとつ。だが、ブロックチェーンが何度も何度もフォークされれば、人々はブロックチェーンを信頼したり、価値を見い出せなるなるかもしれない。
こうしたハードルを乗り越えることは難しく、過去数年間にイーサリアム・ユーザーから数十億ドルが盗まれているにもかかわらず、DAOハッキング以来、フォークは事態を改善するためには使用されていない。
グルチョウスキ氏の提案は、DeFiアプリや「ロールアップ」と呼ばれる、いわゆるレイヤー2ネットワークのようなプラットフォームを保護するために、イーサリアムの「ソーシャル・コンセンサス・レイヤー 」を使用することを正式化するものだ。
これらのアプリは、数十億ドル相当の暗号資産(仮想通貨)を保護することができるにもかかわらず、物事が壊滅的にうまくいかない場合(時々そうなる)、自力でイーサリアムをフォークすることはできない。
グルチョウスキ氏の提案するシステムでは、イーサリアムベースのプラットフォームが悪用された場合、それを支えるコミュニティはスマートコントラクトベースの裁判システムを通じて裁判を行うことができる。
「各裁判所はまた、どのような決定でも上訴できる高等裁判所を指定する必要があり、最終的にはイーサリアム最高裁判所に到達する」とグルチョウスキ氏は投稿に記した。
「このスマートコントラクトの決定は、L1の(厳密にはソフト)フォークによってのみ決定される」
グルチョウスキ氏は、このシステムを使うには非常にコストがかかるはずだと注意を促し、「本当に特別なケースだけ」が最高裁判所に持ち込まれるだろうと付け加えた。
「ユニスワップ(Uniswap)や主要なL2、システミックリスクのあるDeFiプロトコルのバグなどを考えてみて欲しい」とグルチョウスキ氏は書いている。
説得が必要
グルチョウスキ氏の元のツイートの下にあるコメントから判断すると、自分のアイデアを実現させるためには、彼は多くの人を説得しなければならないようだ。
グルチョウスキ氏自身が提案の中で述べているように、イーサリアムの共同創設者ヴィタリック・ブテリン氏は、イーサリアムの「ソーシャル・コンセンサス・レイヤー」に過度な負担をかけないよう明確に警告しており、グルチョウスキ氏の法廷システムは間違いなく、イーサリアムのコミュニティが不調を監視し、それに対応するよう一段と大きなプレッシャーをかけるだろう。
ブテリン氏が2023年5月にブログに投稿したこのトピックについての意見について、「私はそれに公然と挑戦している」と、グルチョウスキ氏は書いている。
グルチョウスキ氏の提案は、イーサリアムのアプリ開発者にとってセキュリティがいかに最重要課題となっているかを浮き彫りにするものだ。マター・ラボが開発したロールアッププラットフォームであるzkSyncのようなレイヤー2アプリは、数十億ドルのユーザー資金を保有しており、バグやハッキングが発生した場合には完全に失われる可能性がある。
このようなプラットフォームが大規模化し、システム的な重要性が増すにつれ、現状のソリューションでは、ユーザーを保護するのに十分でないとグルチョウスキ氏は考えている。
「このようなシステムの最も重要な機能は、外部からの政治的干渉からプロトコルを保護することだ。それは偉大な抑止メカニズムとして機能し、強力なネットワーク国家としてのイーサリアムの役割を高めるだろう」とグルチョウスキ氏は主張している。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:‘Ethereum Supreme Court’ Mooted by Blockchain Executive as Alternative to ‘Code Is Law’