2023年7月にリップル・ラボ(Ripple Labs)が米証券取引委員会(SEC)に対して画期的な勝利を収めたおかげで、暗号資産業界の雰囲気は全体的に際立って楽観的になった。たとえSECが判決を不服として控訴すると誓ったとしても。
そのため、驚くことでもないが伝統的金融(TradFi)機関が突然、暗号資産(仮想通貨)からの分け前の一部を再び欲しがるようになった。そしてペイパルは8月初旬、米ドルに裏付けられた独自ステーブルコイン「PYUSD」のローンチを発表した。
しかし、TradFiへの普及のマイルストーンとなるはずのものが、暗号資産ネイティブの間では、ことごとく不評を買っている。もちろん、個人的な恨みのせいなどではない。
ペイパルの中央集権型プログラムという難問
PYUSDの実際のプログラムの話の前に、このステーブルコインの問題について触れておく必要がある。つまり、ペイパルからしか購入できず、(現時点では)ペイパルに対してしか売却できないことだ。これに聞き覚えがあると感じるとしたら、これは本質的に「ウォールド・ガーデン」、あるいは金融活動のクローズド・サーキット(閉回路)の暗号化された改良版だ。
しかし、ペイパルの検閲、一方的な口座閉鎖、資産の差し押さえ、全般的な透明性の欠如という歴史を考えると、わずかな理由であなたの資金を奪ってしまうことができる組織によってコントロールされるステーブルコインに疑問を持つことは当然だろう。
もうひとつの注意点として、こうした懸念は8月初旬に発表されたPYUSDの最初のコントラクトに基づいており、そのコントラクトのプログラムはいつでも変更可能なことだ。私たちが知る限り、まだベータ版に過ぎない。
脆弱性の不安
しかし、PYUSDのプログラムを調べると、すぐにいくつかの脆弱性が浮かび上がってくる。これらの問題のいくつかはスマートコントラクトに内在するもので、悪用されれば口座残高が凍結され、すべて奪われる可能性さえある。それは間違いなく、ステーブルコインへの信頼を損ない、普及を妨げるだろう。
セキュリティといえば、ステーブルコインのブラックリスト機能も無視できない。確かにUSDコイン(USDC)やテザー(USDT)など、他の主要ステーブルコインもハッカーや犯罪者のアクセスに対抗するために、ブラックリスト機能を組み込んでいる。ブラックリストの使用は実質的に業界標準だ。
しかしブラックリストの導入には、資金をロックするための政府命令かハッキングの証明が必要で、状況が変わればいつでも解除できる。
PYUSDのプログラムには「凍結されたアドレスの残高を消去し、トークンを焼却するwipeFrozenAddress」という関数がある。これは、トークンがユーザーから取り上げられ、トークンの総供給量から消去されて償還の手段がなくなることを意味する。紙幣で言えば、焼却炉で燃やしてしまうようなことだ。
PYUSDには「一時停止」機能も組み込まれており、ペイパルは自社トークンの送金や取引をいつでも普遍的に停止でき、トークンの価値を著しく損なう可能性があることを示唆している。もしアメリカ政府がボタンを押し、あなたの財布にある現物のドル紙幣をすべて、追って通知があるまで使えなくすることができ、あなたがコーヒーを買おうとして初めてそのことに気づいたと想像してみて欲しい。
PYUSDでは、ユーザーから資金を没収する裁量は、そのような権力を信頼して持たせられないことが、何度も何度も証明されてきた会社の手にのみ握られている。
さらに、このコードの「資産保護」機能は、暗号資産の分散型の視点を脅かすものであり、そもそも暗号資産と分散型金融(DeFi)の誕生を促したTradFi内の欠陥と呼応している。
この「中央集権型攻撃ベクトル」は、PYUSDをそれが目指す分散型ステーブルコインとしてではなく、伝統的な法定通貨のデジタル版としてますます位置づけることになる。
企業や個人にとって何を意味するのか
プログラムの欠陥はさておき、ペイパルのような大手金融機関がステーブルコインに参入することは、暗号資産に対するTradFiのスタンスの顕著な変化を意味する。
ペイパルの影響力を考えれば、すでに暗号資産に足を踏み入れ始めている他の大手決済処理企業が、これを期に同様の事業の追求を大幅に強化しても不思議ではない。しかし、ペイパルの提案をそのまま額面通りにコピー&ペーストすることは得策ではない。
短期的には、暗号資産取引所や他のプロジェクトは、PYUSDを上場したり、それに対応することで、ペイパルの圧倒的な影響力の及ぶ範囲とユーザーベースに乗っかろうとするだろう。暗号資産企業はおそらく、PYUSDの機能を試したり、ペイパルがもたらす知名度を借りて、自社製品へも注目を向けさせるだろう。
しかし長期的には、ペイパルの懲罰的な歴史と流動性の欠如のために、より確立され規制された、あるいは規制されていないステーブルコインと比べた時、PYUSDを完全に受け入れることを、分散化を維持することに関心がある人々は躊躇するかもしれない。
しかし、PYUSDが不発に終わったとしても、ペイパルによるステーブルコイン参入の動きを受けて、全体的に変化するTradFiのセンチメントは、DeFiと暗号資産全般にとってますますポジティブな未来を示唆している。
ペイパルのスマートコントラクトに組み込まれた機能を調べてみると、ユーザーの資金管理に対する執拗なまでの中央集権型コントロールが浮き彫りになる。「偽情報」の単独判断や、それに続く金銭的ペナルティを課す単独裁量といった機能は、より懸念されるものではないとしても、同じくらい心配なものだ。
同様に、ユーザーのウォレットからペイパルにすべての資金を転送できる機能は、暗号資産の原則に反していると見られ、多くの暗号資産ネイティブが採用をためらい、潜在的なユーザーの間でも躊躇を引き起こす可能性もある。
結局のところ、ペイパルのステーブルコイン市場への参入は、TradFiと暗号資産セクターの間の誤った統合の在り方を示している。PYUSDが真の意味で永続的な勢いを得るには、ペイパルは中央集権化の懸念に対処し、現在および将来の脆弱性に対するレジリエンスを確保する必要がある。
ガイ・バイダー(Guy Vider)氏:DeFiの相互運用性の問題に取り組むKimaの共同設立者で最高技術責任者(CTO)。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Rokas Tenys / Shutterstock.com
|原文:What’s Wrong With PayPal’s Stablecoin?