リブラは「鳴り響く目覚まし時計」【FSB氷見野氏(金融庁)スピーチ・全文】

金融庁は9月6日、都内で暗号資産に関する監督ラウンドテーブルを開催した。その冒頭で、日本人初の金融安定理事会(FSB)の常設委員会議長に就任した金融庁の金融国際審議官、氷見野良三氏があいさつした。話題はFacebookのデジタル通貨「リブラ」にもおよんだ。開会あいさつ全文は以下の通り(英語で公開されたものをCoinDesk Japanにて翻訳)。


皆さま、おはようございます。本日は参加していただきありがとうございます。

今年2019年、日本はG20の議長国を務め、暗号資産に関連する提案をいくつか行ないました。我が国の要請に反応する形で、金融安定理事会(FSB)は暗号資産の規制当局ディレクトリ、規制上のギャップに関する分析報告書、分散型金融技術の将来を見通す調査報告書を作成しました。証券監督者国際機構(IOSCO)は暗号資産規制当局向けの、初となるハンドブックの草稿を作成しました。6月初旬、G20の財務大臣と中央銀行総裁は福岡で会談し、これらの取り組みを歓迎しました。

しかし、福岡での会談から数日後、(フェイスブックの仮想通貨プロジェクト)「リブラ」のホワイトペーパーが発表されました。議長国日本の下で進められた取り組みは、リブラがもたす多くの問題に対応していると主張したいです。しかし、対処できていない問題があることも認めざるを得ません。6月下旬に開かれたG20サミットにて、G20のリーダーらはFSBやその他の基準設定機関に、必要に応じて追加の多国的対応について勧告を行うよう求めました。

リブラの役割

現段階では、リブラプロジェクトが実行可能なものかどうか、私は予測ができません。しかし、リブラは我々全員にとって、鳴り響く目覚し時計のような役割を果たすと考えています。

目覚し時計が鳴ったらどうしますか?私はしばしば、スヌーズボタンを押してしまいます。しかし、それでは眠れる時間が数分間延びるだけです。同じようなことが、リブラにも当てはまるかもしれません。リブラの目覚ましは今、規制当局や中央銀行の目を開かさせ、遅かれ早かれ直面する必要のある問題を正面から見据えさせています。そして他にも多くの時計が、次に鳴るのを待っているかもしれません。

これらの問題について、3つの例を取り上げたいと思います。

まずは銀行です。従来の商業銀行の事業モデルは、3つのサービスを1つにまとめています。預金の受け入れ、決済サービス、そして貸し付けです。銀行は決済サービスを提供することで、預金を引き付け、借り手を監視するのに必要な情報を収集しています。

侵食される銀行の強み

このモデルは、免許を持つ機関にとって、強力な強みとなってきましたが、これらの強みは浸食されつつあるように思われます。預金スプレッド、すなわち銀行にとっての預金の収益性は、特に市場金利がマイナスの法域では減少しています。一部のテクノロジー大手は、借り手の監視に有用な別の情報源や、決済情報を貸し付け以外の目的に利用し、利潤を生み出す方法を多く見つけ出しました。

2つ目の問題は紙幣についてです。現金には2つの特徴があります。匿名性と不便さです。匿名性はプライバシーの保護をもたらしますが、マネーロンダリング、テロリストへの資金供与、その他の犯罪行為に悪用されるリスクも生みます。しかし、そのリスクは不便さによって軽減されます。不便さがある種のバランスを実現しますが、不便さを特徴とする手段が21世紀を生き残れるかは疑問です。遅かれ早かれ、現金はより便利で、それでいて犯罪行為に悪用されづらく、プライバシーの保護も可能な、別の決済手段に取って代わられるでしょう。

3つ目の問題は規制当局や監視機関に関連するものです。国境によって分断された監視当局と、世界中でシームレスに行われる金融サービスとの間の不協和音は高まるばかりです。

確かに、これは新しい問題ではありません。25年前、私が銀行のジュニアレベルの監督者になってからわずか1週間後、私は国際商業信用銀行(BCCI)東京支店を閉鎖するという業務に直面しました。今でも覚えています。BCCIは非常に複雑で分散化した構造をしており、創業者はパキスタンに、主要な株主は中東におり、本店機能はロンドンにあり、2つの主要な法的拠点はルクセンブルクとケイマン諸島に登記され、世界中78カ国で業務を行なっていました。監視当局は監督者カレッジを通じて連携していましたが、法域によって分断された監視当局の力は、十分に効果的ではありませんでした。それ以来、世界の規制当局コミュニティーは、バーゼル銀行監督委員会(Basel Committee on Banking Supervision)の主導の下、連結での監督の原則を進めていくことで、この種の問題に対処しようとしてきました。

リブラが提案するエコシステム

リブラは、新しい形態の監督当局統合という問題提起をしているのかもしれません。リブラが提案するエコシステムは、世界中の銀行、決済、通貨システムに著しい影響を及ぼす可能性がありますが、規制対象範囲の内外に存在する、世界中の様々な組織によって構成されており、活動全体について責任を持つ単独の組織が存在していません。このような構造を有効に監督できる規制当局は、現状の規制当局とは異なったものとなるでしょう。

銀行、現金、そして規制当局。これらの古き良き3つの制度は、この先大きな変革を遂げなければならないでしょう。そしてその変革には、ある程度のディスラプションが必然的に含まれます。しかし、これらの3つは我々の経済システムの重要な基盤となるものであるため、ディスラプションが手に負えない無秩序なものとならないよう、変革のプロセスを制御する必要があります。

我々が今後どのような問題に直面しなければならないのか。未来をどのように設計していけばいいのか。変革をどのように管理していけばいいのか。本日の議論が、我々全員が洞察を得ることに役立つことを願います。

ありがとうございます。

翻訳:山口晶子
編集:町田優太
写真:金融庁・氷見野良三氏(撮影:CoinDesk Japan)
原文:Libra as an Alarm Clock