最大のスマートコントラクト・ブロックチェーンであるイーサリアムが、ビットコインなどのブロックチェーンで使用されているエネルギーを大量に消費する古いプルーフ・オブ・ワーク(PoW)モデルをプルーフ・オブ・ステーク(PoS)に切り替えてから1年あまりが経過した。
「Merge(マージ)」と呼ばれるアップグレードによって、ブロックチェーンにトランザクションのブロックを追加・承認する新しい方法「ステーキング」が導入された。
PoWでは、マイナーは暗号パズルを解くことでブロックの追加を競っていた。現行のPoSでは、イーサリアムのバリデーターは32イーサリアム(ETH)をネットワークにステーキングすることで、ランダムに選ばれ、ブロックを追加する。どちらのモデルでも、自分のブロックがブロックチェーンに追加されると、マイナー/バリデーターにはいくらかの報酬が支払われる。
ステーキングにより、イーサリアムブロックチェーンは環境への影響を大幅に削減したが、中央集権化、検閲、特定のインフラ仲介者からの搾取をめぐって多くの課題に直面し続けている。イーサリアムエコシステムがMerge以降の1年間で学んだ5つのポイントをまとめ。
エネルギー消費は99.9%減少
Mergeによって、ネットワークのコンセンサスメカニズム(ネットワークオペレーターの分散型コミュニティがネットワークを保護し、トランザクションを処理するために使用するシステム)は全面的に見直された。
旧モデルの「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」は、電力を大量に消費するマイニングシステムを使用しており、ネットワークオペレーターは基本的に、演算能力を費やすことでブロックの処理(および報酬の獲得)をめぐって競い合っていた。
マイニングからステーキングへの移行によって、ネットワークがブロックを生成し、ユーザーを保護するために使用していたエネルギー集約的なシステムは完全に廃止され、イーサリアムブロックチェーンのエネルギー消費は劇的に削減することが期待されていた。
Merge前のイーサリアムブロックチェーンのエネルギー消費量は小さな国ほどの規模で、そのエネルギー使用量に関するデータは初期のNFTやDeFiを批判する人々から槍玉に挙げられていた。
「ケンブリッジ・ビットコイン・電力消費量インデックス(Cambridge Bitcoin Electricity Consumption Index:CBECI)」によると、ネットワークを支えるためにプルーフ・オブ・ワークシステムを依然として使用しているビットコインは、シンガポールと同等のエネルギーを消費し続けている。
Mergeから1年が経過し、イーサリアムの二酸化炭素排出量は大幅に低下。新しいプルーフ・オブ・ステーク(PoS)システムは、旧来のマイニングベースのシステムよりも消費エネルギーが99.9%も少ない。Mergeの他の成功(あるいは失敗)がどうであれ、イーサリアムを環境に有害なもののように表現することは今ではかなり難しくなっている。
ステーキングの集中が中央集権化にまつわる疑問を提起
イーサリアムブロックチェーンの古いコンセンサスモデルは、その高いエネルギーコストに対する批判に直面するだけでなく、巨大な暗号資産マイニング施設を建設するための資金、専門的なハードウェア、ノウハウを持つ少数の暗号資産マイニング・シンジケートの手に権力が集中していることでも批判を浴びていた。Merge以前は、わずか3つのマイニングプールがイーサリアムのハッシュレート(全マイナーの演算能力を示す指標)の大半を占めていた。
MergeによってPoSに移行することで、イーサリアムはマイニングを放棄し、ステーキングに移行した。新システムはPoWのハードウェア要件と演算コストを排除し、より多くの人々がネットワーク運営に参加できるようにするためでもあった。
しかし、Mergeから1年経った今でも、中央集権化はイーサリアムの最大の課題の1つのままとなっている。イーサリアムでステーキングを行うには、バリデータは32ETH、つまり約5万ドル(約725万円、1ドル145円換算)をネットワークにロックアップする必要がある。ロックアップされたETHは安定した利子をもたらすが、バリデーターが過ちを犯したり、不誠実な行動をすれば取り上げられる可能性もある。ネットワーク上でステーキングするためのバリデーターノードの設定も複雑な作業であり、不適切なセットアップが行われた場合には金銭的なペナルティが発生することもある。
ノード立ち上げには費用と技術的なハードルがあるため、コインベース(Coinbase)のような企業がステーキング代行サービスを提供し、リド(Lido)のような新しいサービスも登場した。
これらの仲介組織は、ユーザーからETHを受け取り、ユーザーに代わってステーキングするなど、ほとんどの作業を請け負い、バリデーターを運用して得られた報酬の一部を受け取る。
Merge以前から、一部のアンチPoS派は、ステーキングがイーサリアムの中央集権化を助長すること、つまり、少数の仲介業者(あるいは1社)が、どのブロックをネットワークに追加するかについて、不釣り合いな支配力を得る可能性を恐れていた。
そうしたシナリオは実際に展開しているようだ。現在、最大のステーキングプロバイダーは、最大の分散型ステーキングプールであるリドだ。リドは現在、ステーキングされたETHの総シェアの32.3%を占めており、開発者がセキュリティ上の問題を引き起こす可能性があると言う値である33%に近づいており、中央集権化の懸念を引き起こしている。
MEVと検閲
Merge後、イーサリアムのバリデーターはMEV(Maximal Extractable Value:最大抽出可能価値)と呼ばれる手法によって、より大きな利益を得ることに成功した。これは、ネットワークに追加される前にトランザクションを戦略的に挿入したり並べ替えたりすることで、バリデーターと開発者がユーザーから徴収できる「見えない税金」のようなものだ。
MEVがイーサリアムにおける中央集権と検閲の予期せぬ経路となったことを受けて、第三者がこの慣行のより有害な副作用に対処しようと介入している。
イーサリアムの研究開発企業フラッシュボッツ(Flashbots)は、MEVのネガティブな副作用を軽減するためにバリデーターが実行できるソフトウェア「MEV-Boost」を開発した。しかし、MEV問題に対するフラッシュボッツの解決策には賛否両論がある。MEVを完全に根絶すべきだという意見もあるが、フラッシュボッツのMEV-BoostはMEVをユビキタスな(至るところにある)ものにした。
現在、イーサリアムの約90%のブロックがMEV-Boostを通過しており、バリデーターは最大限の利益を引き出すために、トランザクションのブロック内での編成を最適化している。
MEV-Boostの人気はイーサリアム内で争点となっている。前述したように、MEVをユーザーに対する不公平な税金とみなす向きもある。イーサリアムのMEV市場においてフラッシュボッツが中心的な役割を果たしていることが、非難を集めている。フラッシュボッツのソフトウェアを介して組み立てられたブロックのほとんどは、フラッシュボッツ自身を経由して「リレー(中継)」され、バリデーターに届けられる。
このような中央集権化が、検閲の経路となる可能性があると考える人たちもいる。米財務省がミキサープログラム「トルネード・キャッシュ(Tornado Cash)」に関連したイーサリアムアドレスに制裁を加えた際、フラッシュボッツはバリデーターに送信するブロックにそれらのトランザクションを追加することを停止した。
このような動きは、ネットワーク全体がビザ(VISA)のような中央集権的な決済処理機関に一段と似たものになることのないように、フラッシュボッツが存在するインフラのレベルは、完全に中立であるべきだと考えるイーサリアムの開発者たちにとって受け入れ難いものだった。
Mergeの初期から、イーサリアムコミュニティはMEV-Boostをフラッシュボッツ以外のリレーを使用するように設定することで、検閲を減らす努力をしてきた。現在、ブロックの17.3%がMEVを抽出するためにフラッシュボッツのリレーに依存しており、検閲は35%まで低下。2022年11月の最高値78%と比較すると、驚異的に少なくなっている。
リキッドステーキングトークンがETH市場を席巻
Mergeの後、イーサリアムのエコシステムではリキッドステーキングが台頭した。
誰でもステーキングのプロセスを通じて報酬を獲得し、イーサリアムのセキュリティシステムに参加することができる。ステーキングとは、安定した利息と引き換えに、イーサリアムのブロックチェーン上にETHをロックアップすることを言う。
しかし、ひとつ問題がある。トークンがステーキングされると、トークンの売買やDeFiでの使用はできなくなる。つまり、投資から得られる価値の最大化を重視する投資家にとっては、ステーキングの魅力は限定される。
第三者によるリキッドステーキングサービスは、伝統的なステーキングの代替手段となる。リドのようなサービスを通じてステーキングを行うユーザーは、ステーキングした資産を表す一種の「ETH派生トークン」を手にすることができる。これは、リキッドステーキングトークン、あるいは「LST」と呼ばれる。
LSTは、通常のステークドETHと同様に利子を得ることができるが、他の暗号資産と同様に売買できるため、ETHステーキングに対して容易にエクスポージャーを獲得したいDeFiトレーダーにとっては、非常に魅力的な投資となる。
さらにボーナスとして、LSTは、ユーザーが自分自身でステーキングするために最低限必要な32ETHを提供することなく、ステーキングにアクセスすることができる。
2023年4月の「Shapella」アップグレード以前は、ステークドETHを引き出すことは不可能だった。そのため人々はトークンをロックアップするリスクなしにステーキング利回りを得るために、リキッドステーキングに目を向けた。
ステークドETHを引き出すことが可能になると、ステーキングの主要なリスクの1つは取り除かれる一方、LSTの付加価値の1つは損なわれるため、リキッドステーキング市場は縮小し、従来のステーキングが主流になるとの見方もあった。しかし、そうはならなかった。
現在、リキッドステーキング市場は約200億ドル規模であり、急成長している。その主な理由は、DeFiにおけるLSTのユビキタス性と、従来のステーキングと比較したLSTのアクセシビリティだ。リドのトークンであるstETHはLST市場で最大のシェアを占めており、LSTの総シェアの約72.24%を占めている。
ETHの純供給量は減少
Mergeのアップデートは、ETHのトークノミクスにいくつかの変更を加えた。
最も注目すべき点は、MergeによってETHが初めて「デフレ的」になったこと。これはつまり、トークンの全体的な供給量が増加するのではなく、むしろ減少していくことを意味する。
現在のETHの流通供給量は、1年前と比べて0.24%減少している。供給量の減少は、EIP-1559と呼ばれる、Mergeに約1年先行したネットワークのアップグレードに一部起因している。このアップグレードはネットワーク上でのトランザクションごとにETHを「焼却」し始めたが、ETHが純デフレ的になったのは、Mergeによって新しいETHの発行スピードがさらに引き下げられてからだった。
ETHの供給量が年々増加していた頃には、一部の投資家は、時間の経過とともに自ら持つトークンの価値が切り下げられることを恐れていた。つまり、デフレによって、ETHの価値が高まることを期待する向きもあった。
今のところ、実際にそうなったかどうかを判断するのは難しい。ETHの価格はMerge以来、あまり変化しておらず、短期的には、マクロ経済的な要因の方が供給の変化よりも大きな影響を与えたと考えられる。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:The State of Staking: 5 Takeaways a Year After Ethereum’s Merge