先週、(かつては)特徴的な髪型をしていた2人の男(トランプ前大統領とサム・バンクマン-フリード氏)が、悪行の疑いに対する抗弁を開始し、すべての視線がニューヨークの2つの裁判所に注がれているように感じられる。
しかし、エリザベス・ホームズ(Elizabeth Holmes)の裁判がセラノス(Theranos)の診断テストについてではなかったように、SBF(サム・バンクマン-フリード)裁判は暗号資産(仮想通貨)についてではない。詐欺という、昔からある話についてだ。
1人の個人の行動が暗号資産業界のバロメーターとなるべきでないし、なってもいない。サム・バンクマン-フリード氏は、壮大かつ継続的に崩壊しており、この裁判が続くにつれ、サムが主に自分自身のために行動していたというさらなる証拠を目にすることになるだろう。
理想的な世界なら、この裁判の焦点は少数の人間の行為によって引き起こされた顧客への被害についてだ。SBFにまつわる有名人の個人崇拝と「悪者」のストーリーに対するニーズは問題の一部に過ぎない。
ニュースの見出しよりも、被害者の賠償が優先されるべき。そして真の反省? これは単なる法律用語ではなく、目に見える形で示されなければならない道徳上の義務だ。
他国がこの裁判を、一見当然とも言える残忍な関心とともに見つめる一方で、暗号資産業界や資産クラス全体に対する国民投票とは見なしていないことに注意することが重要だ。一歩引いて、SBFのニュースが報じられてからアメリカ国外で何が起こっているかを見てみると、他の国々はこのテクノロジーにさらなる労力を投じている。
世界中の政府が積極的に法制度や規制フレームワークを整備しており、エコシステムの事業者に重要な法律上の確実性を提供し、非常に重要なことに消費者保護も強化している。
EU:包括的な規制フレームワークを整備
EUは今年、包括的な法律を制定した。Markets in Crypto Assets Regulation:MiCAは、デジタル資産を法制化し、調和のとれた規制フレームワークを導入するための主要経済圏による最初の大きな法案だ。
MiCAは、EU加盟27カ国のために、ステーブルコイン(資産参照型トークンまたは電子マネートークンに分類される)と裏付けのない暗号資産の発行者、取引プラットフォームおよび取引所(暗号資産サービスプロバイダー:CASPと呼ばれる)を対象にしたルールを定めている。
DeFi(分散型金融)、NFT、ステーキングはすべて、賢明にもこの法案から除外されたが、欧州委員会はそう遠くないうちにこれらの分野について研究し、立法府に報告することを義務付けられている。
MiCAは2023年5月に採択され、ステーブルコインに関する規則は来年半ばから、CASPに関する規則は2024年末から適用される。その間に、欧州監督機構(European Supervisory Authorities)によって、法律をより具体化するための詳細な技術的ルールが作成され、MiCAが適用される前に最終決定される予定だ。
イギリス、日本:積極的な進展
イギリスは昨年、デジタル資産向けのフレームワークを整備する動きを見せた。その道のりは決して順風満帆とは言えず、各組織は登録の遅れを経験したが、イギリスは前進している。
この進展は、2023年4月30日に完了した「暗号資産に関する将来の金融サービス規制体制」と題された財務省による協議に見ることができる。財務省は今後数週間のうちに、この協議に対する回答を公表する予定だ。そして6月末には、金融サービス・市場法案(Financial Services and Markets Bill)が承認され、暗号資産に対する規制当局の監視を強化する法改正が可能となる重要な瞬間が訪れた。
さらに、同法案は銀行法の適用範囲を拡大し、デジタル決済資産を利用した決済システムも対象としている。これは、一部のステーブルコインを含み、新たな規制体制への道を開く可能性がある。同法案はまた、金融行動監視機構(FCA)が暗号資産のプロモーションを監督することを認め、10月8日から新しいルールが適用された。
政府の継続的な目標は、イギリスを暗号資産の世界的な主要拠点として確立することだ。この目標は、2022年4月にジョン・グレン前財務省経済長官が行った発言に端を発し、現在の財務省経済長官アンドリュー・グリフィス氏によって改めて強調されている。こうした野心は、政策決定のスピードと方向性に大きな影響を与える。
かつての危機から学んだ教訓に耳を傾け、消費者保護を整備した日本は、Web3を国の成長戦略に組み込んだ。さらに今年6月、改正された資金決済法が施行。金融庁は、ステーブルコインと暗号資産に関する日本の規制フレームワークの整備を推進した。
この改正では、暗号資産取引所向けの新しいガイドライン、銀行取引に関するルールとトラベルルール、さらにステーブルコインの発行者に対する新しいフレームワークが盛り込まれた。
アメリカでの動き
SBFはさておき、アメリカにおける一般的な規制インフラの欠如と規制緩和へ向けた既定路線は、暗号資産業界における反社会的行為を抑止することにほとんど役立っていない。
人間は間違いを犯すものであり、規制の目的は、悪質な行為に歯止めをかけること、悪質な行為をして罪を免れることを非常に困難にすること、そしてそれでも悪質な行為を行おうとする者がいた場合に説明責任を果たさせ、報いを受けさせる道筋を作ることであるべきだ。
アメリカでは、一部の政府高官が暗号資産とブロックチェーンテクノロジーに真剣に注目していることを私たちは高く評価している。
とりわけ、デジタル資産・金融テクノロジー・インクルージョンに関する小委員会が新設され、下院では過去最多の暗号資産に関する法案が採決され、超党派の関心も継続している。
具体的には「21世紀のための金融イノベーション・テクノロジー法(FIT21)」が下院金融委員会と下院農業委員会の両方で可決された。FIT21は、商品先物取引委員会(CFTC)と証券取引委員会(SEC)の間で必要な監督を配分しながら、アメリカにおけるデジタル資産に関する包括的な連邦規制のフレームワークを確立する。
決済用ステーブルコインの発行と監督に関する規制のフレームワークを定める「決済用ステーブルコインの明確化に関する法律」も下院金融サービス委員会を通過した。
進展が必要な一方で、多くの指導者はこのテクノロジーを箱に戻して無かったことにすることはできず、アメリカのお墨付きなしに進化し続けていることを認識している。議会における最近の進展は、この事実の認識と、急成長し変貌を遂げつつある業界に対する規制の明確化の緊急性を反映している。
開発に集中
ニューヨークでのSBF裁判は4~6週間続く見込みだ。それと同時に業界では、実際の開発作業が続いている。この先を見据えるなかで、金融システムをより利用しやすく、より包括的なものにするために、現在進行中の実際の作業に集中することが重要だ。
私たちは「暗号資産見物客」の大群がこの業界から去ることを目の当たりにしてきた。しかし、アメリカで明確かつ一貫性と透明性のあるガイドラインを提供する規制体制が出来あがるまでは、どこまで境界線を押し広げられるかを試すために、際どい行いをする新たな人たちが現れる可能性が高い。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Shutterstock
|原文:Crypto Risks Another Sam Bankman-Fried if U.S. Doesn’t Provide Clear Regulation
※タイトルを修正のうえ、更新しました。