ブロックチェーンセキュリティ大手のサイファー・トレース(CipherTrace)は、仮想通貨業界が現在直面する最も厄介な問題の1つである「新たな国際規制ガイドラインの下で、顧客に関する情報を安全に共有する方法」に対する同社の回答を明らかにした。
同社は2019年9月10日(現地時間)に、金融活動作業部会(FATF)の「トラベル・ルール」に準拠するため、ウォレット・プロバイダーおよび仮想通貨取引所向けに最終版のホワイトペーパーとオープンソースソフトウェアを公開した。
マネーロンダリングやテロ資金供与対策を専門とする政府間会合組織FATFは各国に向け、取引所とウォレット・プロバイダーに対する要求として、仮想通貨を送金する際は互いに顧客情報を渡す旨を、今年6月に勧告した。
つまり、世界中の「仮想資産サービス提供業者」(VASP)は、自社顧客だけでなく、その取引相手に関してまでも、慎重に扱うべき個人情報を保持しなくてはならないことを意味する。
FATF勧告に反対する勢力は、このような規則の実施は、せいぜい「面倒になる」だけと主張していたが、FATFを動かすことはできなかった。現在、技術ベンダーはソリューションの提供にしのぎを削っている。
サイファー・トレースのチーフ・マーケティング・オフィサーであるジョン・ジェフリーズ(John Jefferies)氏はCoinDeskに対し「業界全体で、トラベル・ルールを遵守することは事実上不可能だと述べています」と語り、こう続けた。「しかし、実際、それは可能なのです」
同氏によると、同社のトラベル・ルール情報共有アーキテクチャ(TRISA)では、取引所とウォレット・プロバイダーが決済情報を共有し、顧客確認(KYC)情報を機密性を確保しつつ交換できるようになるという。
ソフトウェアの基本バージョンとして他者も修正や変更が施せるリファレンス実装は、「それほど重くすらない」と同氏は述べており、即ち処理能力が強く求められる訳ではないという意味だ。取引所が、適切な取引相手と「話している」ことの確証が取れれば、要件の多くは満たされる。
「取引所はデータのやり取りを行っており、今回のルールは、プライバシーに関して驚きをもって受け止められたかもしれないが、否が応でも、取引所はそれをしていかなければならない」とジェフリーズ氏は述べる。しかも、機密性を保ちながらとなる。「仮にVASPであるA社とB社がデータ共有する必要がある場合、機密性が最も肝要になります」
サイファー・トレースの発表の前日には、Netkiが自社のデジタル・アイデンディティ・サービスをアップデートし、企業がFATFトラベル・ルールを遵守するのに役立てると発表している。
FATFトラベル・ルールの遵守が取引所の競争優位に
TRISAを採用する取引所は、基本的に「拡張検証(EV)VASP確認」証明書を作成するが、それは、取引の送り手となる取引所から受け手の取引所に送られるものだ。こうした証明書は、第三者である信頼できる認証局(CA)を介して検証される。
受け手となった取引所は、実際に受け付けた旨の確認を証書付きで行わなければならない(あるいは、当事者が制裁対象だったり、その他ブラックリストに載っていた場合、取引を拒否する旨の証書を送付する)。
TRISAのホワイトペーパーによると、手続きの発生する取引所間においては、相互に安全で信頼できる通信を確立させる必要もある。
ジェフリーズ氏は、SSLプロトコルに言及し、「Webサイトによく似ているでしょう。アーキテクチャー全体はSSLと同じです」と述べた。「サイトの半数がSSLを使用していることから、手が出ないほどコストがかかるということにはなりません」
同社は、各取引所に「しばらくの期間」運用テストを行わせ、宣伝されている通りに機能するかを確認予定である。これに関しどのような問題も、オープンソースのコードをアップデートすることで解決すると同氏は説明した。
現在、取引高で世界一の仮想通貨取引所であるバイナンス(Binance)は、サイファー・トレースのコードを精査している(しかし、同取引所はまだ実装の見通しがあるわけではない)。他にも、コードを実装するかどうか検討している取引所はいくつかあると思われるが、同氏は名前を明かすことができないという。
FATF勧告は、ほとんどの国でまだ正式には採択されていないため、トラベル・ルールの遵守を実行している取引所は、それを積極的に推し進めていくだろう。同氏は、各取引所は競合を出し抜くためにコードを追加するか、あるいは「導入が強制される」まで待つかのどちらかだと予測する。
「コンプライアンスが競争上の優位性として用いられるのを、我々は目にし始めています」と彼は語った。
米財務省FinCENは更に強硬路線か
FATF勧告から間もないが、米金融犯罪取締ネットワーク (FinCEN)は、すでに各取引所に対してトラベル・ルールの遵守を強制している可能性がある。
米財務省の機関であるFinCENは、今年5月、独自のトラベル・ルールを課すというガイダンスを発表した。
2019年5月9日(現地時間)発表の同ガイダンスでは、取引所に180日間の猶予期間(即ち現地時間11月27日まで)を与えている。
FATF勧告とは異なり、各取引所は直ちにFinCENのガイダンスに準拠することが期待されている、とジェフリーズ氏は述べ、以下のように付け加えた。
「FinCENとFATFの違いは、FinCENは法だということでしょう。従って取引所には選択の余地がありません」
同氏はCoinDeskに対し、FinCENはすでに執行に取り掛かっていると語ったが、具体的な名前は明らかにしなかった。「私の理解では、FinCENはトラベル・ルールを遵守していない米国のVASPや人々に対して積極的に動いているので、そう遠くない将来、何らかの情報が開示されると見ています」とジェフリーズ氏は述べた。
同氏のコメントは、Netkiが2019年9月9日(現地時間)の発表の中で「FinCENは、遵守していないVASPに対し執行を始めた」と述べたことに重なる。
FinCENは今年4月以降、仮想通貨分野における新たな執行の動きについて発表していない。同機関にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
翻訳:新井朝子
編集:T.Minamoto
写真:Keys and cash image via Shutterstock
原文:CipherTrace Enters Race to Solve Crypto’s FATF Compliance Headache