ステーブルコインやウォレットへの大手企業、金融機関の参入が相次ぐなど、日本ではWeb3ビジネスの急速な拡大に向けての環境が整いつつある。2023年も残りあとわずか、2025年の「日本国際博覧会(大阪・関西万博)」開幕まであと1年半となるなか、ともに大阪・関西万博の協賛企業であり、Web3分野のデータを活用したビジネスモデル検討に関して協業したHashPortとボストン コンサルティング グループ(BCG)は「なぜ日本の⼤手企業が今Web3に参⼊するのか? 海外と⽇本の事例から考える⼤企業の商機」と題したセミナーを開催した。CoinDesk JAPANはメディアパートナーを務めた。
大阪・関西万博では、「EXPO 2025 デジタルウォレット」がアプリとして採用されることが決まっており、Web3のユースケースを実証する大きな機会としての期待も高まっている。同ウォレットは独自の電子マネーやポイントなどが提供される予定で、その開発にはHashPortが関わっている。
セミナーは10月12日に開催。HashPortおよびBCGの担当者らが対談し、Web3ビジネスの最前線について状況を解説。オンライン配信とリアル会場のハイブリッド開催で行われ、BCGの香港オフィスからはマネージング・ディレクターがオンライン登壇、規制の整備が進む香港の最新事例を紹介した。
企業からのWeb3への大きな期待
Part1では、HashPortの辻和幸氏(取締役CBDO)と、BCGの小野直人氏(パートナー、BCG X アジア・パシフィック地区 ベンチャーアーキテクチャ チャプターリード)が対談。小野氏が質問を投げかけ、辻氏がHashPortのWeb3領域における取り組み事例を紹介しながら答える形で進行した。
辻氏は冒頭、1990年代のネットユーザーの増加と2010年代からの暗号資産ユーザーの増加の推移が似ていることを挙げ、Web3市場は既に拡大基調にあると指摘。日本は行政と民間が協調、規制の整備も進んでいるとして、日本はWeb3ビジネスを行いやすい環境になってきていると説明した。
ブロックチェーンにおけるユースケースについて、従来は業務プロセスのDX(デジタルトランスフォーメーション)に用いられてきたと話し、貿易取引やカーボンクレジットでの活用、金融領域ではデジタル通貨の発行などの事例を紹介。今後期待される事例として、トークンやWeb3アプリの組み合わせによる「新たなビジネスモデルの創造」が期待されると述べた。
最近の動きを「オープンイノベーションによるWeb3参入」と位置づけ、HashPortと三井住友フィナンシャルグループ、三井物産とAnimoca Brands(アニモカブランズ)の提携などを例に挙げ、大企業とWeb3スタートアップの協創が進み、活発化していると強調した。
また小野氏から、ステーブルコインへの企業参入がどのように進むと思うかと問われ、辻氏は、従来の電子マネーは発行体と流通させる企業が同じだったとしたうえで「ステーブルコインは発行する企業、発行を依頼する企業、流通する企業が分割して存在し得ることが特徴的」と指摘。今後の動きとして、多数のユーザーを持っている金融機関や通信会社などが、ステーブルコインの発行を依頼する動きが生まれるだろうと予測した。
さらに、Web3への参入を進めるうえでの秘訣を問われると、HasrPortが企業にコンサルをする際に「Web3への過度の期待を込めた相談があるが、まだ勝ち筋が見えていない、普及の前例がないという事実を認識すべき」としたうえで、注目すべきは2点あり、「(参入を検討している)企業の強みは何か」と「ユーザーが抱えている課題は何か」だと述べた。
このほかに同社が進めている「EXPO 2025 デジタルウォレット」についても紹介。来場予定者2800万人のうち1000万人に使ってもらうべく、Web3ウォレットを使ったことがない人でも使いやすく、わかりやすいUI設計にしており──NFTのバーン(焼却)を「使う」と表すなど──「一般のお客様にWeb3の世界に入ってもらうための施策にしたい」と述べた。
香港のWeb3開発の現状と可能性
Part2ではBCG香港オフィスのマネージング・ディレクター&パートナー、David Chan氏が現地からオンラインで登壇。Web3、デジタル通貨分野についての香港の状況をプレゼンテーションした。
Chan氏はWeb3に関する公的な動きとして、開発タスクフォースの設置に触れ、ナンバー3の財政官を議長に就けた点から、当局がいかにWeb3に力を入れているかがわかると述べた。また香港の中央銀行や金融当局も多くのWeb3企業を誘致するために、銀行に対して「クリプトフレンドリー」になることを求めていることや、8億香港ドルのトークン化されたグリーンボンド(環境債)を発行した事例も紹介した。
さらに香港政府が注力していることとして、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発についても言及。CBDCが経済成長に結びつき、金融のあり方を変えるシナリオ・要因として、流動性の促進、金融包摂の強化、生産性の向上とWeb3経済の加速を挙げた。
また、香港金融管理局(HKMA)の取り組みとして、タイ銀行と協力した二国間クロスボーダー決済のテストや、e-HKD(デジタル香港ドル)についても紹介。デジタル通貨の発展が、海外直接投資、マネーサプライや外貨準備、GDPなどの拡大といった香港経済全体の成長につながるとの考え方を示した。さらに先端技術を持った企業や銀行のような金融サービス、消費者向けサービスの提供企業、そしてコンプライアンスや規制関連の企業・組織などが、経済全体をコンプライアンスに準拠したものにし、さらに実体経済にも貢献できる取り組むことで、より活気あるエコシステムが開発されるとの見込みも示した。
Web3のマスアダプションに必要な要素は?
Part3では、HashPortの吉田世博氏(代表取締役CEO)とBCGの平井陽一朗氏(マネージング・ディレクター&シニア・パートナー、BCG X 北東アジア地区共同リーダー)が登壇。
冒頭、マスアダプションはどう実現されるかという問いに対し、吉田氏は、HashPortが考えているWeb3の世界観は「分散型社会(DeSoc)の実現」であると説明。現状では、各種のデータは、そのデータを集めたプラットフォーマー/管理者などがそれぞれ管理しており、せっかく集められたデータを横断して利用できない状態にあり、これを「データサイロ」として問題視。「AIが分析したり、マネタイズに利活用したりできない」と述べ、ブロックチェーンを用いて横軸でつなげてデータを使えるようにすれば、イノベーションの速度も上がるはずだと話した。
これに対し、ネット黎明期からデジタルビジネスに取り組み、iモードにも関わったという平井氏は「Web3の台頭には既視感を覚える」と述べた。新しく生まれた技術・サービスとして、まだ世の中の信頼が得られていなかったインターネットが広く普及したのは、銀行という信用された存在がモバイルバンキングを始めたことが要因だとして「Web3も同じで、重要なのは信用性。信用のある大企業が先導し、政府もバックアップするような状況が生まれることに期待している」と述べた。
さらに平井氏は「なぜWeb2でできることをWeb3で(新しい技術や仕組みをわざわざ使って)やろうとするのかという問いをよく受ける」として吉田氏に見解を求めた。
吉田氏はポイントは2つあるとして、データの共有化と、トークンによる新しいタイプのインセンティブの創出を挙げ、あらゆることをデジタル化し、つなげていくことで新しい価値を創造し、新しいタイプのインセンティブが生まれると説明した。
吉田氏はまた、HashPort創業や、Web3ビジネスに取り組むようになった経緯などを振り返ったうえで、取り組みたいこととして、ブロックチェーン上に情報をアグリゲーションし、さまざまな取引ができるようにしたいと述べた。そうすることで、データサイロを超えて効率的に経済を発展させられるとして「いろいろな企業と一緒に、いろいろな情報や価値や資産をブロックチェーン上にアグリゲーションしていきたい」と述べた。
ウォレットは決済アプリのようになる?それともポイントサービスのようになる?
最後のQ&Aセッションでは、参加者からさまざまな質問が寄せられた。いくつか紹介すると、地銀がステーブルコインに取り組むメリットについて問われると、吉田氏は「重要なのはどの範囲で流通させるか。現状で不便がないなら、ステーブルコインで既存の経済圏を置き換えることは難しい。ネットワークのハブになる仕掛けが必要」と話し、平井氏もトランザクションボリュームの大きさがそれなりに必要だと指摘した。
今後伸びる可能性がある領域についての質問に吉田氏は、金融領域だけでなく、ライフスタイル領域は今後伸びると思うと回答。さらにソーシャルネットワーキングとブロックチェーン技術をともに活用するSocialFi(ソーシャルファイ)を挙げ、代表的なサービスやアプリとしてLens Protocol(レンズ・プロトコル)、friend.tech(フレンドテック)などに触れた。
その上で、重要なのは「WHY BLOCKCHAIN?」、すなわち「ブロックチェーンの活用がユーザーのペインを解決するのか?」だと指摘。ユーザーが困ってないならブロックチェーンを押し付けても意味がないと強調した。
平井氏は企業のWeb3参入について、集めたユーザーをどうするかまで事前に考えておくことが必要だと指摘。Web3をうたいつつも、Web2.5といえる状況が長く続く可能性もあり、しばらくは陣取り合戦になるが「ファーストムーバー・アドバンテージはあるはずだ」として、企業の参入を促した。
吉田氏は終盤、ウォレットはポイントカードのような市場になるのか、ペイメントアプリのような市場になるのかをしばしば考えていると述べたうえで「ポイントサービスのようなものになる」と示唆。理由として、ペイメントアプリの目的はただひとつ、支払いであり、機能的な差が実質なく、4~5個程度に集約されつつあると説明。これに対してポイントサービスは、目的がさまざまで、実際にも数多く存在するとして、ウォレットもライフスタイルに寄り添って、さまざまなユースケースが生まれ、フラグメント(編註:数多くのサービスが林立する状態という意味)な市場になっていくだろうと語った。
|文・編集:CoinDesk JAPAN