Web3に関して、日本はグローバルで見ても規制の整備が進み、大企業の参入が加速するといわれている。だが一方で税務処理、会計監査などのハードルが高く、特に公開企業にとっては、まだまだ大きな参入障壁が残っている。
デジタルアセットの会計・税務・データ管理サービスを提供するAerial Partners(エアリアルパートナーズ)は、そうした課題に挑もうとしている。9月に、シリーズBの資金調達ラウンドで約2.7億円の資金調達を実施。「価値革命を実現するインフラを提供する」をビジョンに掲げ、「会計・税務」を軸に、より総合的なデータ管理を実現する「デジタルアセット活用のスタンダード」の構築を目指す同社の取り組み、今後の戦略を沼澤健人CEOに聞いた。
短期と中長期の狙い
──まずは9月の資金調達の狙い、今後の使い道についてお聞きしたい。
沼澤:大きな狙いとしては短期と中長期で2点あります。まず短期的には、7月にリリースしたWeb3事業者向けの経理サポートツール「Aerial Web3 Accounting(AWA)」の活用促進です。例えば日本の上場企業がWeb3ビジネスに参入しようとしたときに、レポーティングの難しさから監査対応がハードルとなることがあるのですが、レポーティングが難しいから参入できない、イノベーションを推進できない、ということでは本末転倒です。我々はこれまで暗号資産取引事業者などにサービスを提供してきましたが、そのノウハウをさらに多くの企業にもご活用いただき、イノベーションを後押ししたいと考えています。
中長期としては、今後よりデジタルアセットが便利に利活用される時代を想像し、お客様の生活を豊かにしていくことをサポートするソリューションを積極的に手がけていきたいと考えています。これまでは正しいデータ管理など、言わば「守りの領域」を軸にプロダクトを提供してきましたが、2月に事業譲受を公表した暗号資産の総合アプリ「コイン相場」の開発にも資金を活用していくなど、より広い領域でお客様のサポートができるような体制の構築を進めていこうとしています。
会計処理の難易度は「人類史上MAX」
──デジタルアセットの税務や会計における、具体的なハードルや課題はどのようなことか。
沼澤:データ管理の複雑さでしょうか。デジタルアセットのデータ管理は個人・法人ともにとても複雑です。例えば弊社のサービスをご利用いただいている個人のお客様は平均して6つの取引チャネルを使用されていますが、そこではさらに40種類以上のデジタルアセットを取引しています。世界中で取引ができ、かつ異なるデジタルアセット同士でも取引ができ、さらに新しいものが生まれる度に組み合わせも倍々で増加していくため、時間を追うごとにデータ管理の複雑さは増しています。
それでも個人の場合は年に一度確定申告を行えば済みますが、デジタルアセットを活用した事業を提供するような法人は、取引を「仕訳」という細かな単位で記録していかなければなりません。会計処理のデジタル化は、暗号資産・Web3業界以外ではかなり進んでいますが、暗号資産・Web3業界では既存のサービスを転用することが難しく、デジタルアセットの扱いに対応したサービスを用意する必要があります。
例えばWeb3ビジネスを提供する法人の場合、利用目的ごとにウォレットが数十あったり、海外サービスを使用していればタイムゾーンを調整したり、取引チャネルごとにファイル形式を整えたりしなければなりません。そしてさらに、それらを整えたうえで時系列に並べ替え、暗号資産建ての取引は日本円建てに換算し、暗号資産の種類ごとに損益を計算していく、というようなステップを踏まなければなりません。会計処理の難易度は「人類史上MAX」と言っても大袈裟ではないのではないでしょうか。だからこそ、アメリカでは既にこの分野でユニコーン企業が3社も誕生しています。
我々は2018年から、個人投資家の損益計算や確定申告をサポートする「Gtax」や「Guardian」を展開していますが、今、誰もが知るような大手企業がWeb3ビジネスに参入している大きな波の中で、改めてデジタルアセット活用のインフラを整備していきたいと思っています。かつてはよく見られていた「インターネット企業」というワードが使われなくなっているように、「デジタルアセット企業」「Web3企業」というワードも社会実装されていく中で珍しいものではなくなっていくと考えていますし、その動きを支え、実現に導くインフラとして、我々のプロダクトを金融領域に限らず広く活用していただけるようにしたいと考えています。
──大企業のWeb3参入ニーズは、御社も日々の業務を通して実感している?
沼澤:そうですね、特に目に留まりやすいのはゲーム領域でしょうか。フィンテックサービスを提供してきた企業についても、デジタルアセット活用の流れを無視できません。いわゆる伝統的金融(TradFi)がWeb3と融合していくような動きは増えており、今後、セカンダリーマーケットへの期待も高まっています。
個人投資家にとっての取引チャネルはさらに広がり、状況次第では、そこにデジタルアセットが使われていることを知らずに利用するお客様も増えていく。大手企業にとってもデジタルアセット活用の解像度は高まっていますが、反面、データ管理やレポーティング面の課題感も比例して高まっており、我々を必要としてくださる状況も増えてきているように感じます。
2017年からフルベット
──法人向けには「Aerial Web3 Accounting(AWA)」や「Aerial Data Management(ADM)」を提供し、特にADMでは金融事業者向けのソリューションを提供しているが、競合企業は存在するのか。
沼澤:法人向けに形あるプロダクトを提供し、金融事業者に対しても実績を積んでいる企業となると現状は存在しない認識です。いわゆる伝統的金融の領域において、銀行の勘定系システムなどは日本を代表するような大手SIerが担ってきましたが、デジタルアセットの登場によりそれらのナレッジや経験はリセットされています。我々は2017年からこの領域にフルベットしていますが、まさにこのタイミングで、この領域のトップランナーとしてのポジションを掴んでいくことに挑戦しています。
──この領域にフルベットしようと考えたきっかけは?
沼澤:2014年にマウントゴックスが破綻して大きなニュースになりましたが、その頃、当時まだ半年に1回くらいしか開催されていなかったブロックチェーンの勉強会に足を運び、その仕組みにポテンシャルを感じたこと、考え方に共感したことが始まりです。その後、暗号資産の損益について確定申告をしようと思ったときに、ツールなどのサポートサービスが何もないことに気付きました。そこでまずは自分のためにフリーランスのエンジニアに協力してもらい、損益計算システムを作り始め、今提供しているサービスの基礎ができました。
また当時は税金に関して明確なルールが定まっておらず、参照できるような資料もなかったため、自分でキャッチアップした内容をX(当時のTwitter)で発信するような活動もしていました。活動を始めてすぐに早朝から深夜までDMで質問が来るような状況になり、大きなニーズがあることも確信しました。そして資金を調達して今の会社を始めました。その時に投資していただいた投資家の方々には今もサポートをしていただいています。
ウィンターを乗り越えて目指す場所
──「クリプトウィンター」と呼ばれるなかで、御社に限らず、Web3領域での資金調達はスムーズに進んでいるような状況なのか。またウィンターを乗り切るために必要なことは。
沼澤:資金調達については、白黒はっきりしているイメージです。暗号資産やWeb3には触れないというファンドもあります。一方で、この状況下だからこそ積極的な方々も当然います。調達環境が厳しくなったというよりは、それぞれの方針がはっきりした状況だと考えています。
ウィンターを乗り越えるための観点はいろいろあると思いますが、やはり「キャッシュ・イズ・キング」ではないでしょうか。外部からの資金調達も行なっていますが、それに頼りすぎず、お客様の課題を解決し利益に繋げていくことを第一に考えています。筋肉質な組織であることが、将来の選択肢も増やしていくのだと思います。
──今後、目指していく方向性は?
沼澤:デジタルアセット事業を提供する企業における「SSOT(Single Source of Truth)」となることです。法人における会計というとレポーティングや監査対応を目的とするイメージが持たれやすいかもしれませんが、会計で導き出される情報は経営の礎そのものです。経営上の判断をよりスマートに行えるようにし、経営をドライブさせる、信頼性の高い唯一の情報源となっていくことを目指していきます。
そして、我々のサービスを使っていただくことで各企業における会計処理の非効率を減らし、生み出された時間をよりクリエイティブなことに使っていただくことで国内のイノベーションを推進したいと考えています。
|取材・文:増田隆幸
|撮影:多田圭佑