当時注意を払っていた人なら言うまでもないことだが、そうでない人のために──2008年10月下旬、マネー、市場、金融は信じられないほどひどい状態だった。
伝統的金融(TradFi)混迷の2008年
リーマン・ブラザーズに代表される大企業が破綻したり、救済を必要としていた。他にも多くの企業が瀬戸際にあり、株式市場は暴落。政府と中央銀行は大惨事を食い止めようとしていた。私はブルームバーグ・ニュースで大惨事の取材に没頭しており、よく眠れていなかった。
2008年10月31日は、ビットコインのホワイトペーパーが発表された日でもある。15年前のことだ。伝統的金融(TradFi)の世界に閉じこもっていた私は、暗号資産(仮想通貨)革命が始まっていたことに気づかなかったし、現在、TradFiと呼ばれている世界の人たちも気づいていなかった。金融システムが焼け落ちようとしており、我々は忙しかった。
サトシ・ナカモトのホワイトペーパーには、次のような明確な記述はなかった。ウォール街の大企業は信用できないし、崩壊しているから、彼らに取って代わるお金を移動させるためのピア・ツー・ピアのシステムが世界には必要だ、とは書かれていなかった。
しかし、人々がこのアイデアを採用し、ビットコインブロックチェーンと暗号資産ビットコイン(BTC)を現実のものにしたときの雰囲気は以下のようなものだった。
スイッチが入り、ビットコインのマイニングが始まり、まずは小さなことから起こり始めた。あるウェブサイトは「マジック:ザ・ギャザリング」のカードを交換する場所から、巨大な暗号資産取引所へと姿を変え、その後、巨額のハッキング被害にあった。
他の暗号資産がデビューし、ブロックチェーンにできることが広がった。分散化と金融の仲介者排除というアイデアを採用した理想主義者たちが、サトシのアイデアを利用し、それを現実のものとして拡大していくなかで暗号資産価格は本当に高騰した(そして、少なくない数のペテン師たちも登場してきた)。
ウォール街をはじめとするTradFiも注目し始め、従来の金融業務をブロックチェーン上に移行し、暗号資産を表す彼らの上品な用語「デジタル資産」を取引するようになった。
暗号資産を牽引し始めたウォール街
私たちは今、皮肉な瞬間に遭遇している。金融界の巨人たちが、多くの人から見て、彼らを廃業させるために設計された分野をますます牽引するようになっている。
例えば、(サム・バンクマン-フリード氏の現在進行中の詐欺罪裁判以外の)今話題のニュースを見てみよう。
世界最大の資産運用会社ブラックロックとそのライバルの一部がアメリカでビットコインETFを上場させようとしていることへの期待感が先週、ビットコイン価格を押し上げた。取引しやすいETF商品がビットコインに大量の投資をもたらすことを見込んでのことだ。
ブラックロックや他のETFプロバイダーは、規制当局がこれらの商品を許可すれば(そして許可せざるを得ないと考える理由が存在する)、新たなビットコインのクジラ(大口保有者)となる準備が整っているようだ。
また、シカゴ・マーカンタイル取引所を所有するCMEグループは、バイナンス(Binance)を抜いて世界最大の暗号資産デリバティブ取引所になろうとしている(CMEの商品は現金決済の先物契約で、ビットコインは取引されない)。
言い換えれば、19世紀とトウモロコシや豚肉のような農畜産物をルーツとし、伝統的な金融全体で重要な位置を占めるビジネスが暗号資産取引の主要プレイヤーになっている。
とはいえ、ウォール街が保有するビットコインの総量がどれくらいかという点が話の核心ではない。伝統的金融関係者は少なくともメインストリームから見ると、ビットコインに関するストーリーをますます奪いつつある。それも、注目すべきほどに。
暗号資産の未来は?
TradFi(伝統的金融)が先頭に躍り出たことは、暗号資産にとって何を意味するのだろうか?
まず、細かい点から。 ビットコインETFとビットコインデリバティブ取引は、TradFiが暗号資産のすべてを飲み込むことを意味しない。
暗号資産市場全体に占めるビットコインの時価総額の割合は、50%を超える異例の高水準にあるが、ビットコインが暗号資産のすべてではない。
イーサリアムのようなブロックチェーンや、それに関連するポリゴン(Polygon)のようなレイヤー2ネットワークの多くは、スマートコントラクト(金融やその他のアプリケーションを動かすために設計されたソフトウェア)を実行し、独自の取引可能なトークンを持っている。
それは(実際には必ずしもそうではないにせよ、目指すところは)おおむね分散化された大きな領域であり、TradFiの一部にとってさえ、従来の金融のやり方をブロックチェーンに置き換える方法を象徴している。
そしてこれは、サトシのピア・ツー・ピアのビジョンにおおむね合致する。たとえ、この考え方を採用している人々の中にウォール街並みの給料を受け取っている人がいたとしても。
ここで、皮肉な話に戻ろう。ビットコインや暗号資産に携わる人々が好むと好まざるとにかかわらず、TradFi(伝統的金融)はやってくる、あるいはすでにやってきている。ただし、彼らの関与の度合いは、規制当局の意向次第で、具体的には米証券取引委員会(SEC)や銀行当局の動きを見る限り、彼らはそれほど乗り気ではない。
先週、「HarryPotterObamaSonic10Inu」という変わった名前のトークン価格が高騰したときのように、暗号資産がいかにも暗号資産らしく輝くチャンスはこの先もあるだろう。
「私たちは信頼に依存しない電子取引のシステムを提案した」とサトシは15年前に書いている。
サム・バンクマン-フリード氏、ドー・クォン氏、アレックス・マシンスキー氏が、暗号資産ネイティブを信用すると何が起こるかを示した後、ユーザーは新たな暗号資産指導者を信用する準備ができているのだろうか?
それとも、サトシが望んだように、ついに指導者を見捨てるときが来たのだろうか?
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:サトシ・ナカモトがビットコインを発表した2008年、TradFiは混迷の中にあった(Shutterstock)
|原文:On Bitcoin White Paper’s 15th Anniversary, Wall Street Threatens to Swallow Its One-Time Challenger