アジアの機関投資家やヘッジファンドが仮想通貨のデリバティブ商品に巨額の資金を投下し、新たな市場を作り上げる日はやって来るのか?
9月10日、欧米、アジア、中東から多くの参加者がアジアの金融ハブ・シンガポールに集まり、米CoinDeskが主催するイベント「invest: asia」を中心とする「クリプトウィーク」は始まった。
現物決済のビットコイン先物取引を今月に始めるBakktを傘下に置く米インターコンチネンタルエクスチェンジ(ICE)、仮想通貨取引所の世界大手コインベース(Coinbase)、金に連動するステーブルコインを開発したパクソス(Paxos)、暗号資産のハードウォレット業界を牽引するフランスのLedgerに加え、シンガポールのヘッジファンドや欧州大手銀行の関係者らも議論に参加した。
市場を盛り上げる起爆剤としての「カストディ」開発
ビットコインが新たな資産クラスとしての確固たる地位を確立しようとする中、テクノロジー企業、スタートアップ、既存の金融機関は業界を超えたパートナーシップを深めながら、暗号資産の市場形成に必要なコアコンポーネントの準備と整備を急ピッチで進めている。
一方、新規金融市場への参入に躊躇する機関投資家は依然多く、市場の盛り上がりを促す重要なパーツの不在は大きな課題だ。その“ミッシングピース(missing pieces)”の1つは、顧客の資産を安全に保管する「カストディサービス」だろう。
「需要サイドにおける機関投資家の裾野を広げるため、大企業側がカストディサービスの準備を進めている。そのペースは一段と速まっている」と話すのはブロックチェーンハブのチーフ・マーケティング・オフィサー、増田剛氏。現地を訪れていた増田氏は、「市場の環境整備は確実に進められており、需要サイド(投資家)が市場に積極的に参入するのは時間の問題ではないだろうか」と続けた。
野村、Ledger、コインベース……資産管理サービスに注力
事実、過去1カ月にわたってカストディを強化する動きは顕著に見られた。
ウィンクルボス兄弟が運営する仮想通貨取引所のジェミニは9月10日、機関投資家グレードのカストディサービスを始めると発表。顧客がオフラインで保管されている自身の資産にアクセスし、取引を行うまでの時間を短縮できるサービスを始めるという。
信託やカストディサービスを展開するレガシー・トラスト(Legacy Trust)も同日、機関投資家を対象とするカストディ事業を行う新会社を立ち上げたことを明らかにした。
コインベースは8月、ザポ(Xapo)の法人向け仮想通貨カストディ事業を5500万ドル(約59億円)で買収し、「同社が世界最大の仮想通貨カストディアンになった」とコメントした。
日本の大手金融機関でカストディサービス開発に積極的なのは、野村ホールディングスだ。野村はLedgerと英グローバル・アドバイザーズと共同で、デジタル化された資産のカストディサービスの研究開発を進めている。
共同開発プロジェクトは「Komainu(コマイヌ)」と名づけられているが、「2020年前半にはKomainuの事業化が始まる」との見方がシンガポールのクリプト・ウィーク中に聞かれた。
ヘッジファンドは静観、仮想通貨デリバティブに興味を持つまでには時間要す
需要家サイド(投資家)の動きは、活発化されてきているのか?
ICEの子会社Bakktは9月23日、現物引き渡し決済のビットコイン先物取引を始める。同社アジア太平洋地区責任者のジェニファー・イルキウ(Jennifer Ilkiw)氏は12日、invest: asiaに登壇し、ビットコインの先物商品に対する需要は香港やシンガポール、オーストラリアなどを中心に期待できると述べている。
「現物を所有せずに、ビットコインへの投資や取引を希望する投資家は多く存在する」とイルキウ氏。また、「(仮想通貨業界における)一部の取引所のAPIの機能性を懸念する声が聞こえるが、ICEのAPIは落ちることはない」と加えた。
大手金融機関のシンガポールオフィスで、既存の金融デリバティブ商品の販売や取引を担当する複数の関係者によると、現地のヘッジファンドからの仮想通貨に対する引き合いは依然として弱いと話す。
仮想通貨デリバティブ商品がその信頼を築き、同国のヘッジファンド業界の注目を集めるには「しばらくの時間がかかるだろう。(ヘッジファンドは)市場環境を静かに注視している」と関係者は指摘している。
注視すべきはカストディに進出したフィデリティ
世界で7兆ドルを超える顧客資産を保有する米資産運用会社のフィデリティ(Fidelity Investments)。子会社のフィデリティ・デジタル・アセット(Fidelity Digital Assets)は、暗号資産のサービス拡大を図っており、仮想通貨業界からの注目を集める金融機関だ。
フィデリティはデジタル資産のカストディサービスを今年、2019年初めにスタートさせ、今後は仮想通貨の取引サービスの開始を目指している。
前出の金融関係者らは、大手の資産運用会社が暗号資産領域でさらなる市場環境整備に動けば、投資家サイドの新たな資産クラスに対する見方も変わってくるだろうと話す。
アジアの金融ハブを築き上げたシンガポールには、1,200を超える金融機関がある。国際決済銀行(BIS)の調査によると、外国為替の平均取引高(1日当たり)でシンガポールは、イギリスとアメリカに次いで世界3位に位置する(2016年4月現在)。
同国の資産運用残高は2017年末時点で、3兆2000億シンガポール・ドル(約251兆円)にのぼり、富裕層向けの資産管理(プラベートバンキング)を手がける大手企業の多くがシンガポールに拠点を置いている。
巨大な資金が流れる小さなこの国で、仮想通貨デリバティブの取引が活発化すれば、アジアだけでなく欧米の金融界にもその勢いは広がるだろう。
取材・文・写真:佐藤茂
編集:濱田優