ワールドコインは再検討が必要か──サム・アルトマン氏のクリプト-AI-UBI実験を理解する

テック業界では大変革が起こっており、暗号資産(仮想通貨)もその一部となっている。11月17日、OpenAIの共同創業者でCEOのサム・アルトマン氏は不本意ながら解任された。非営利団体として設立され、後にアルトマン氏が率いる営利を目的とした企業部門が追加されたOpenAIの取締役会は、解任発表で好戦的な言葉を使った。

アルトマン氏は「取締役会とのコミュニケーションにおいて一貫して率直ではなかった」ようだが、それ以外の情報はなく、憶測が広がった(編集部注:その後、従業員からの大きな反発などを受け、結局、アルトマン氏がCEOに復帰することになった)。

100万人のユーザーを最速で獲得したアプリChatGPTを含む、いくつかの人工知能ツールの開発元であるOpenAIは、しばしば世界で「最も重要なスタートアップ」と呼ばれている。

ワールドコインとOpenAI

暗号資産は、他のほぼすべての業界と同様に、AIで実験的な試みを行ってきた。この新しいテクノロジーは、開発者がアプリを開発して監査する方法、トレーダーがポートフォリオを作成する方法、そしてユーザーが暗号資産と関わる方法を変えると予測されている。そして、暗号資産業界で最も注目されるAIプロジェクト「ワールドコイン(Worldcoin)」にはアルトマン氏とのつながりがある。

ワールドコインは、アルトマン氏が共同設立した会社「Tools for Humanity」が開発しているユニバーサル・デジタルIDのためのプロトコルであり、当初そのトークンは、アルトマン氏解任のニュースを受けて下落した。ただし、アルトマン氏がマイクロソフト社に入り、AI研究開発を率いることになったため(当記事執筆時点での状況)、現在では2桁の上昇を見せている。マイクロソフトの決断は、解雇の背景が完全に公になっていない現時点では、注目に値するアルトマン氏への支持表明だ。

さらに、マイクロソフトがOpenAIに10億ドル(約1500億円、1ドル150円換算)を投資したのは、アルトマン氏への投資だったというシグナルでもある。多くの意味で、ワールドコインの投機家たちも、AIのパイオニアであるアルトマン氏に賭けている。

OpenAIとワールドコインはまったく別の事業体だが、アルトマン氏という共通項以外にも両者には密接な類似点がある(ただし、マイクロソフトがワールドコインと何らかの取引をすると考える理由はない)。

AIも暗号資産ベースのユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)であるワールドコインも、最終的に目指しているものは、どちらもほとんど実証されていないテクノロジーだ。

そして、両者とも同様に(大筋としては魅了されつつも)懐疑的に捉えられており、これらのテクノロジーが大きく発展して社会を引き裂く可能性があると考える人もいる。これらのテクノロジーは、人類全体を前進させるためのムーンショットと言える。

物議を醸すワールドコイン

そしてワールドコインは、かなり不当に悪者扱いされてきた。2019年に発表されたとき、世界はこのプロジェクトのディストピア的な雰囲気に恐怖した。世界初のトリオネア(兆万長者)になる可能性があると多くの人が考えている人物(島にシェルターを建設中)が設立しただけでなく、ワールドIDシステムはOrb(オーブ)と呼ばれる金属球を使って人々の虹彩をスキャンすることで機能する。まさにSFの世界だ。

見かけはさておき、このプロジェクト自体では多くが起こっている。私が知っているテック業界で最も賢い人たちが、ワールドコインで開発されているものに心を奪われている。

ワールドコインの開発者たちは、より安全な生体認証スキャンのためにゼロ知識(ZK)暗号化ソリューションに取り組んでいる。オンライン上で「パーソンフッド(人間性と固有性)」の問題を解決した者はまだいない。アレックス・ブラニア(Alex Blania)CEOをはじめとするこのプロジェクトのリーダーたちは、ときにひそひそ話の中で語られることもある。

ワールドコインは、どんなスタートアップでもあり得るように、途方もなく高価な失敗に終わるかもしれない。しかし、企業をその長所で評価することと、その美学で評価することは違う。そして、インターネットで有名な経済学者/ブロガーのタイラー・コーウェン(Tyler Cowen)氏の言葉を借りれば、ワールドコインにまつわる議論のほとんどは「ムード・アフィリエーション」、つまり他人が聞きたいと思うことを人々が言っているに過ぎない。

例えば、ワールドコインが好きな私の知り合いは皆、SF作家アイザック・アシモフ氏の言葉を真に受けすぎて、AIがいつか(あるいはもしかしたら)本物の、あるいは偽のバーチャルアイデンティティを作り出し、人類を抹消する能力を身につけることを見越して、予防措置として開発されているプロジェクトのアイデアに夢中になっているだけだ、ということも十分にあり得る。

評価がわかれるサム・アルトマン氏

アルトマン氏は、ワールドコインが発表された当時、大成功を収めたスタートアップインキュベーター、Yコンビネーター(Y Combinator:YC)を率いていたことでよく知られていたが、OpenAIの顔となったことで、その名声は爆発的に高まった。そして彼の地位は、今回の解任騒動でさらに高まっているようだ。

アルトマン氏にも賛否両論ある。ある者はアルトマンを「世代を超えた才能」と呼び、シリコンバレーで最も偉大な資金調達者の1人と評する。一方で、アルトマン氏は「平凡なくせにキャリアアップした」と言う人もいる。

彼のテック業界での出発点であったモバイルアプリのLooptは人気を得ることはなかったが、彼は4340万ドルで売却に成功した。YCはアルトマン氏のもとで急成長したが、その魂を失ったとも言われている。2014年、彼はレディット(Reddit)のCEOとして、ホワイトハウス広報部に指名されてから10日で解任されたスカラムーチ氏よりも短いわずか8日間の任期を務めた。

アルトマン氏はまた、中東と中国の物議を醸す投資家の支援を得て、エヌビディア(NVIDIA)に対抗する半導体製造工場の設立を交渉しているとされている。アルトマン氏はHumane AI社の筆頭株主であり、同社はウェアラブルデバイス「Ai Pin」を開発しているが、そのローンチに関して曖昧な態度をとっている。

言い換えれば、アルトマン氏とワールドコインとの関わりは興味深い事ではあるが、彼が非常に深く関わっているとは言えない。

ケニア政府が提起したプライバシーに関する懸念、MITテクノロジーレビューが提起したオンボーディングに関する懸念、システムの独自テクノロジーに関する懸念など、他の要素の方がより顕著だ。例えば、市民ジャーナリストはOrbを詮索(別名「分散型監査」)しようと試みたが、部分的にしか成功しなかった。

テクノロジーをめぐる世論のバロメーター

テック業界が過渡期にあることは周知の事実だ。いわゆる「テックラッシュ」が衰えつつあるのは、AIの将来性が革命的に思えることが一因。昨年の今頃には、AIテクノロジーはほとんど実現不可能に思えたにもかかわらず。

しかし、途方もない主張を行うには途方もない証拠が必要であり、精査に値する。アルトマン氏を進歩の象徴と見なす技術者の中には、OpenAIの新しい暫定CEOがアルトマンの解雇を内部調査する30日間を待たずに、彼の陣営に加わろうとする者もいる。

そしてこの瞬間、ワールドコインは、社会における、こうした競合する技術愛好家と技術懐疑派の潮流の不完全なバロメーターと見なすこともできるだろう。Orbが好きか嫌いか、あるいは投資するかどうかを決める前に、Orbに何ができるかをまずは見極めてほしいということだけが私の願いだ。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:サム・アルトマン氏(TechCrunch/Wikimedia Commons, modified by CoinDesk)
|原文:Does Worldcoin Need a Reevaluation? Understanding Sam Altman’s Crypto-AI-UBI Experiment