8月、米司法省がバイナンス(Binance)を起訴することが明らかになる前に、この事件を立件しようとする連邦検察当局が、起訴によって顧客がパニックに陥って一斉に資金を引き出し、暗号資産(仮想通貨)市場にパニックを引き起こし、より広い業界に影響が伝播する、あるいは流動性不足に陥る可能性があることを懸念しているというニュースが流れた。
司法省は11月21日、世界最大の暗号資産取引所バイナンスと「歴史的」な和解に達した。その罪状は広範囲に及び、罰金も巨額。バイナンスは送金法とアメリカの制裁に違反したとして43億ドル(約6450億円、1ドル150円換算)の罰金を支払うことになり、2017年に同社を設立し、巨大企業に育て上げた「CZ」ことチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)CEOは辞任を余儀なくされた。
DefiLlamaの中央集権型取引所ダッシュボードによると、ここ1日の出金額は5億6680万ドルに上った。
FTXの場合、運営者が不正に資金を横領していたため、資金を引き出そうと殺到した顧客によって、取引所は破綻した。一方、現時点ではバイナンスは健全に見える。
最新の「プルーフ・オブ・リザーブ」報告書は、不完全ではあるが取引所の保有資産を自主的に証明するもので、バイナンスが暗号資産だけで650億ドル相当を保有していることを示している。ちなみにDefiLlamaでは、FTXの保有資産を684億ドル相当とカウントしている。
さらにバイナンスは、ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、テザー(USDT)など、帳簿の上位を占める資産の多くに対して過剰担保を設定しているようだ。つまりバイナンスの純残高は、顧客に対する債務を上回っている。言い換えれば、バイナンス顧客全員が所有するビットコインをすべて引き出したとしても、取引所にはビットコインが残るということだ。
リーダー不在の影響
ジャオ氏が不在となる影響は大きいだろう。彼は会社のトップではなく、リーダーだった。彼はファンやサポーター、ユーザーと比喩的な言葉でコミュニケーションをとり、しばしば悪いニュースをツイートで吹き飛ばすことができた。
今年、悪いニュースが続いたとき、ジャオ氏は何度も「4」という数字をツイートした。これは彼の4つの原則を表しており、「FUD」(Fear, Uncertainty and Doubt:恐怖、不確実性、疑念)を無視し、ポジティブであり続けることを意味していた。
「確かに、感情的には手放すことは簡単ではなかった。でも、それが正しいことだとわかっている。私は過ちを犯し、責任を取らなければならない。これが私たちのコミュニティにとっても、バイナンスにとっても、そして私自身にとっても最善だ」とジャオ氏は21日、X(旧ツイッター)で述べた。
ジャオ氏は個人的に2億ドルの民事および刑事罰の責任を負うことになるが、純資産が1700万ドル〜数十億ドルに及ぶ暗号資産アーリーアダプターのジャオ氏にとっては、司法省、米商品先物取引委員会(CFTC)、および財務省傘下の2つの執行部門である金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)と外国資産管理局(OFAC)が関与する組織的な捜査に基づく告発を解決するために支払う代償としては小さなものだ。
バイナンスは規制当局による措置には慣れており、しばらくの間、不測の事態への対応策を練っていたようで、ジャオ氏の辞任にもすばやく対応した。
2021年に採用され、ジャオ氏の後継者と噂されていたバイナンスの地域市場責任者、リチャード・テン(Richard Teng)氏がCEOに就任する。この迅速な昇格は、すでに多くの人の頭の中にあったが、特にジャオ氏が今後1年半〜10年をアメリカの連邦刑務所で過ごす可能性があることを考えると、混乱を抑止することにおおいに役立った。
一方、ジャオ氏の共同創業者であり、恋人とも噂され、「最高顧客サービス責任者」(略歴によると、会社の「ビジネス、マーケティング、ブランディング戦略」を包括すると自ら定義した役職)であるイー・へ(Yi He)氏は残留するようだ。当局からの条件によれば、ジャオ氏は少なくとも3年間はバイナンスに関与することを許されないが、ヘ氏はバイナンスと筆頭株主であるジャオ氏との非公式なパイプ役を務める可能性がある。
#Binance do not allege that Binance misappropriated any user funds, and do not allege that Binance engaged in any market manipulation.
— Yi He (@heyibinance) 2023年11月21日
We would do better in compliance .
Keep building.
バイナンスは、ユーザーの資金を不正に流用したこと、市場操作に関与したとことについて言い訳しない。
私たちはコンプライアンスを向上させる。
開発を続けよう。
再出発
多くの意味で、バイナンスは軽い処罰で済んだと言って良いだろう。確かに巨額の罰金を支払わなければならないが、帳簿上には生き延びるために十分の資金があるようだ。バイナンスはまた、独立した監視人を任命し、アメリカ政府にコンプライアンス報告書を提出する必要がある。
ブロックチェーン開発企業コンセンシス(ConsenSys)のシニアカウンセル兼グローバル規制問題担当ディレクターのビル・ヒューズ(Bill Hughes)氏は、これはアメリカの犯罪捜査当局にとって大きな恩恵になるとして、次のように述べた。
「現存するすべてのバイナンスの取引記録は、取引所の設立当初までさかのぼる可能性が非常に高いが、それを法執行機関が利用できる。取引所を通じて不正な支払いがどのように行われたかを示すことができるだろう。法執行機関は、取引所のブラックボックスの中にある不正な資金の流れに関する大量の情報に完全にアクセスすることができ、オンチェーンで見つかる変更不可能な取引記録と照合することができる」
おそらくバイナンスが規制当局のお気に入りになることはないだろう。だが。罰金を支払い、コンプライアンスを遵守し、同社に常に迫り来る危機のように影を落としていた数年にわたる捜査に終止符を打つことで、同社は新たな道を歩むことができるだろう(そして、バイナンスが設立された2017年と同じ年に中国から追い出されて以来、実質的に放浪の生活を送ってきたジャオ氏はようやく一息つくことができる)。
バイナンスにライセンスを与えることを拒否するか、独自の捜査を開始したフランス、オランダ、そしてタックスヘイブンであるキプロスを含むヨーロッパ諸国はおそらく今後、バイナンスにもう一度チャンスを与えるだろう。
バイナンスはこの1年、いくつかの法域からの撤退を求められたと同時に、業界の他企業が後退する中である意味で成長を遂げた。バイナンスは、ライバルのFTXの崩壊から恩恵を受け、世界中の暗号資産取引の顧客基盤を吸収した数少ない企業のひとつと言えるだろう。
テン氏はCEOとしての最初の公式発表で、バイナンスは1億5000万人以上のユーザーと数千人の従業員を誇ると述べた。バイナンスはまた、ほぼすべての暗号資産分野で部門を運営し、最も利用されているDeFiチェーンのひとつを管理し、AI分野にも進出している。
It is an honour and with the deepest humility that I step into the role of Binance’s new CEO.
— Richard Teng (@_RichardTeng) 2023年11月21日
We operate the world’s largest cryptocurrency exchange by volume. The trust placed on us by our 150m users and thousands of employees is a responsibility that I take seriously and hold…
バイナンスの新CEOに就任することを光栄に思うと同時に、深く謙虚な気持ちでいます。
弊社は、取引高で世界最大の暗号資産取引所を運営しています。1億5000万人のユーザーと数千人の従業員からのバイナンスに対する信頼を、私は真剣に受け止め、大切にしています。
完全な保証などないが、バイナンスにはまだ勢いがある。米証券取引委員会(SEC)が数々の財務違反を理由に民事訴訟を起こすなど、前途は多難でもある。また、同社は幹部社員を大量に解雇しており、7月には一連のレイオフを実施した後、最終的に全世界で従業員の3分の1を削減する可能性があると報じられた。
成長は続くのか?
10月、同社のアメリカ部門であるバイナンスUSは利用規約を変更し、ユーザーはステーブルコインを通じて以外、プラットフォームから直接ドルを引き出すことができなくなった。バイナンスは同月、以前のパートナーであった決済企業ペイセーフ(Paysafe)がバイナンスへのサービスを停止した後、ユーザーがユーロを入出金できるようにするため、「規制され認可された多数の新しい法定通貨取り扱いパートナー」を迎え入れた。
このような不都合が顧客体験に影響を与えるとすれば、それはバイナンスを破滅させることができる唯一の要素かもしれない。バイナンスはある意味、暗号資産のカウボーイ的、アウトロー的な精神を体現していたため、愛されていた。
司法省の捜査の結末、前例のない罰金、あるいは前CEOの投獄の可能性が、そのような顧客層にどのような心理的影響を与えるかはわからない。
また、バイナンスの罪の大きさが、最も筋金入りの暗号資産アナーキストたちの間においてさえ、その評判を落とすことになるかどうかもわからない。
「バイナンスのプラットフォームは、テロリストの資金調達からランサムウェア、児童ポルノ、さまざまな詐欺や不正に至るまで、本当に恐ろしいものを助長していた」と財務省高官は記者に語った。
バイナンスの立派なところは、自らの過ちを認めた点にある。同社の公式声明は、同社が「極めて速いペースで成長」し、「その過程で誤った決定を下した」と以前から述べていることを繰り返した。
バイナンスの広報と法務チームがコンプライアンス優先をアピールしていたここ数カ月を除けば、バイナンスはほぼその存続期間中、ずっとアメリカや世界の規制を激しく無視して行動していた。
ジャオ氏はかつて、ビットコインには本社がないため、バイナンスにも本社がないと誇らしげに語っていた。バイナンスはこれまで、バミューダ(2018年、規制フレームワークを開発する予定だったがうまくいかなかった)、ジャージー島(2020年に閉鎖)、マルタ(2021年に追放)といった有名なタックスヘイブンに子会社を開設しては閉鎖してきた。
「本日、バイナンスは過去の責任を取る」と同社は声明で続けた。おそらく、継続企業であり続けるために唯一言えることだろう。しかし、多くの疑問が残る。
コンプライアンスを遵守したバイナンスは成長できるのだろうか? バイナンスはついに本拠地を見つけるのだろうか? もしそうだとしたら、顧客からの愛着を失うことになるのだろうか?
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Twitter(CoinDeskが加工)
|原文:Is Binance Big Enough to Survive a $4.3B Fine and Founder CZ’s Ousting?