わかりきったことを先に言ってしまおう。サム・アルトマン(Sam Altman)氏をめぐるドラマのせいで、暗号資産(仮想通貨)の急激な価格変動さえも地味で退屈なものに見えてきた。
解雇された! 戻ってきた! クビだ! マイクロソフトに転職した! 帰ってきた! 96時間の間に、ビットコイン(BTC)が急騰と暴落を繰り返した回数よりも多く、アルトマン氏の去就は変化したようだった。
この記事を書いている時点では、サム・アルトマン氏は再び、OpenAIのCEOになっている。詳細はまだ不明。なぜ取締役会は彼を裏切ったのか? 内部調査で何が明らかになるのか? 彼の新しい経営はどう変わるのか? 多くの疑問があり、答えがわかるまでにはしばらく時間がかかりそうだ。
しかし、ある意味、そんなことはどうでもいい。より正確には、CoinDeskの「最も影響力のある人物 2023」には最近の騒動は関係ない。
毎年、米CoinDeskが年末に発表している「CoinDesk’s Most Influential」。今年の「暗号資産で最も影響力のある人物 2023」から、象徴的な人物を取り上げる。50人のリスト「Presenting CoinDesk’s Most Influential 2023」はこちら。
AIの魔法を解き放つ
仮にアルトマン氏がもう一生働かなかったとしても、彼が2023年のWeb3/暗号資産(仮想通貨)で最も影響力のある人物だったのみならず、より広い世界で最も影響力のある人物だったことは間違いない。ChatGPTのおかげで、AIの魔神はランプから抜け出し、世界は変わった。
AIがWeb3に与える影響は、ときに明白であり、ときに捉えどころがない。2023年の大半において、テクノロジー業界の誰もがAIばかりを話題にし、暗号資産はかつてのポジションから追いやられたように思えた(弱気相場もそれに追い討ちをかけた)。毎週開催されるAIのミートアップは、ビットコインのミートアップに取って代わった。無数のブロックチェーンプロジェクトが「AIに軸足を移した」。VCはAIスタートアップに数十億の資本を注ぎ込んだ。
ビットコイン(青)とAI(赤)のGoogle検索トレンドを見てみよう。アルトマン氏がChatGPTをリリースした直後に線が交差している。このグラフが、言葉以上に多くを物語っている。
しかし、もっとよく見てほしい。「暗号資産 vs AI」という図式に従いたくなるが、真実はもっと複雑で、意外な、そしてより健全な関係が浮かび上がる。
暗号資産との融合
最近の暗号資産カンファレンスで、私はハッカソンの審査員を務めたが、参加プロジェクトのほぼすべてに、何らかの形でAIが関わっていた。これはプロジェクトが「AIプロジェクト」だったという意味ではない。さまざまな分野やユースケースにまたがる、分散化のビジョンを持つ「Web3プロジェクト」だったが、そのほとんどがAIを活用することで、より速く、より効率的に、より簡単にスケールするようになっていた。これは暗号資産の根本的な目標の1つではないだろうか?
Web3起業家の多くの仕事を思い浮かべてほしい。スマートコントラクトのコーディング、ビジネスプランの作成、ウェブサイトの立ち上げ、ロゴの作成、市場調査、競合調査、マーケティングキャンペーンの立案、トークノミクスの開発、ブログ記事の執筆、エラーチェック、ネットワーキングなどなど、AIはこれらすべてをサポートできる。
ドラゴンフライ(Dragonfly)のマネージング・パートナーであるハシーブ・クレシ(Haseeb Qureshi)氏が語ったように、AIのおかげで「生産性は劇的に向上する。小規模なスタートアップは、より多くのことができるようになる」だろう。そして、AIの影響についてアルトマンにすべての功績(あるいは責任)を与えるのはフェアではないが、ChatGPTによって彼は明らかに先頭に立っている。
AIは株式市場に生命を吹き込んだことと同時に「AIとブロックチェーンの融合」という新しいカテゴリーのプロジェクトにも拍車をかけた。
確かに、SingularityNETからFetch.AIに至るまで、これらの多くは2023年以前に発足していたが、生成型AIの台頭により、新たなソリューションが急務となった。分散型AIは、いいとこ取りを可能にしてくれるだろうか?
ワールドコイン
皮肉なことに、おそらく最も著名なAIと暗号資産の融合プロジェクトは、他でもないサム・アルトマン氏自身によるものだ。ワールドコイン(Worldcoin)だ。
「できるだけ多くの人々に公平に配布される新しい暗号資産、ワールドコインを紹介しよう」とアルトマン氏は2021年10月にツイートし、眼球をスキャンする輝くクロームの球体「The Orb(オーブ)」を公開した。
(AIボットではなく)人間であることを証明すれば、ユニバーサル・ベーシック・インカムの一種として暗号資産を手にすることができる。
その究極のビジョンは、超高度AIが人間に代わって働いて富を生み出し、その富はすでに裕福なテックエリートだけでなく、すべての人に分配されるべきというものだ。
眼球スキャンについては、アルトマン氏とワールドコインの親会社であるTools for Humanityは、必要悪とみなしている。AIの性能がますます向上するにつれて、人間であることを証明する唯一の方法は生体認証データになるだろうと彼らは考えている。
今年7月にワールドコインが正式にローンチされる直前、私はベルリンに行き、The Orbを使って眼球をスキャンした。Tools for HumanityのCEOであるアレックス・ブラニア(Alex Blania)氏に会い、The Orbの仕組みを学び、サム・アルトマン氏ともオンライで話をした。
参考記事:ワールドコイン設立秘話:Orbの内幕【前編】──「痛みを伴うことはわかっている。お金もかかる。人々は変だと思うだろう」ブラニアCEO
アルトマン氏は、AIが主流になった後の世界でも仕事はある、しかもおそらく今よりも良い仕事があるだろうが、「移行期にはある種のクッションが必要になるだろう」と語った。
アルトマン氏は、ワールドコインをそのクッションと見なしている。2019年、それは単なるアイデアだった。ブラニア氏がベルリンで私に語ったように、当初は「ビットコイン・プロジェクト」として構想され、地球上のすべての人に無料でビットコインを提供することを目標としていた。
驚異的な普及
2020年、彼らはプロトタイプを作った。2021年と2022年に、展開を開始した。そして2023年7月、ワールドコインは正式にローンチ。その3日後、アルトマン氏はビデオを投稿し、「世界中にあり得ないような行列ができている」「現在、8秒に1人が認証を受けている」とツイートした。
猛烈なペースは続いた。4カ月後、ワールドコインの登録者数はすでに250万人に達した。ワールドコインのメリットについてどのような考えを持つにせよ、これは暗号資産の普及という点で驚くべき成果であることは認めざるを得ない。
比較のために簡単に説明すると、10年の歴史の中で、何度かのブームを経験し、拡散してきたドージコイン(DOGE)のウォレット数はおよそ500万個。ワールドコインは4カ月でその半分に達した。
たとえアルトマン氏がChatGPTやOpenAIで何の役割も果たしていなかったとしても、ワールドコインの果敢な展開だけで、CoinDeskの「最も影響力のある人物 2023年」に選ばれただろう。
おまけに、アルトマン氏、ブラニア氏、そしてTools for Humanityのチームは、長い間、暗号資産業界が目指してきた至高の目標の1つであったSSID(自己主権型アイデンティティ)を事実上生み出した。ワールドコインの「コイン」の部分が失敗したとしても(トークンは規制上の理由からアメリカではまだ利用できない)、プライバシーを保護する「World ID」は世界中で価値とユースケースを解き放つだろう。
アルトマン氏は、ワールドコインに懐疑的な人々がいることを知っている。しかし、彼が私に語ったように、人々がワールドコインとワールドIDを手に入れ、使うようになれば、それがドミノ効果を生み、最終的にはより大きな懸念に対処することになると確信している。
「本当に効果があるのは、最初の100万人、初期の採用者たち、身を乗り出した人たちが、次の1000万人を納得させること。そして、その次の1000万人は素人に近い。そして彼らが、次の1億人を説得する。そして、そのような本当の素人の1億人が、残りの数十億人を納得させる」と、アルトマン氏は語っている。
参考記事:ワールドコイン設立秘話:Orbの内幕【後編】──「最初の100万人が次の1000万人を納得させ、彼らが次の1億人を、1億人が残りの数十億人を納得させる」アルトマン氏
そして、そのような数十億人の素人たちは、まだ予測もできないような形で、ほぼ確実にAIの影響を受けるだろう……。サム・アルトマン氏がどこで働いているかに関係なく。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:サム・アルトマン氏をイメージしたNFT画像(Shavonne Wong)
|原文:Sam Altman: The World That Sam Made