北國銀行、日本初の預金型ステーブルコインを3月に発行へ──アフリカ事業は24年前半に現地法人

新しいテクノロジーをいち早く利用してデジタル化を進め、アフリカ大陸でも事業成長の種をまくユニークな地方銀行がある。金沢市に本店を置き、約1880人の社員が働く北國フィナンシャルホールディングス(北國FHD)だ。

傘下の北國銀行はブロックチェーンを活用して、法定通貨(日本円)に連動する独自のデジタル通貨(ステーブルコイン)を石川県内に流通させる構想を発表しているが、2024年3月までに個人の預金口座に紐づくステーブルコイン「トチカ」の発行・流通を開始する。北國銀行のデジタル部長で、常務執行役員の寺井尚孝氏がコインデスク・ジャパンのインタビューで明らかにした。

クレジットカード決済では加盟店が3%程度の手数料を支払うが、それに比べて安価なキャッシュレス決済の選択肢を広げることで、地域の資金を活発に循環させ、地方経済の生産性を向上させる。現在、近隣の地方銀行のみならず、全国の地方銀行数行とも協議を進めており、それぞれ同様の仕様のステーブルコインを流通させることで北陸地方全体でデジタル化・キャッシュレス化を広げていく。

預金を裏付け資産とするステーブルコインの発行は、実現すれば日本初となる。スマートフォンのアプリを利用してトチカで決済した場合、加盟店側が負担する手数料は世界最低水準の0.5%まで低減できるという。

ステーブルコイン「トチカ」構想が動き出した2022年

北國銀行デジタル部長・常務執行役員の寺井尚孝氏

北國銀行がブロックチェーンの活用を検討し始めたのは4年前。その後、2022年にステーブルコインを利用した決済方法の検討を本格的に開始した。杖村修司・頭取とデジタル部は、カンボジアの中央銀行デジタル通貨(CBDC)「バコン(Bakong)」の開発を手がけたソラミツの代表取締役、宮沢和正氏と、同じく同社の共同創業者で、現在はデジタルプラットフォーマーを経営する松田一敬氏とも議論を進めた。

「(ステーブルコインの)計画を進めるにあたり、ブロックチェーンの種類やマネーロンダリング対策などについて、金融庁とも前向きに話し合いを行ってきた」と寺井氏。

北國銀行はその後、Digital Platformer(デジタルプラットフォーマー)と手を組み、トチカの開発を本格化。2024年春の発行に向けて、現在開発の最終フェーズに入った。Digital Platformerは、金融機関や地方自治体向けに分散型IDや、デジタル通貨の発行・管理サービスを提供する企業。

「(預金型の)ステーブルコインは決済のイノベーションになるだろうと考えている。3%を超えるクレカ決済の手数料が社会課題化されるなか、地銀の我々が安価な決済手段の1つを地元経済で普及させていきたい。トチカを通じて得られるノウハウを、他の金融機関にも共有し、安価で安心な決済を広げていきたい」(寺井氏)。

北國銀行の資料によると、石川県内の事業者が支払う決済手数料は年間で約300億円。この事業者の手数料負担額はトチカの導入などにより、理論的には50億円まで削減できる。北國銀行は「VISAデビットカード」の発行を開始してから約8年になるが、これまでに石川県内における数千の加盟店舗に対してトチカの導入を促していく方針だ。

また、同行は現在、石川県内の4つの信用金庫との提携協議を進めており、信用金庫で口座を保有する個人でもトチカを利用できるようにする。今後は、「JAやゆうちょ銀行とも一緒にやっていきたいと思っている」と寺井氏は話す。

世界の金融大手が進める「RWA」のトークン化

2023年、ブロックチェーンを基盤技術とする暗号資産(仮想通貨)の世界市場は、数年前の勢いを失った。一方、世界の銀行大手や資産運用会社はブロックチェーンとスマートコントラクトを活用して、土地や債券などの金融資産のトークン化と、銀行業務や送金プロセス、資産運用業務の一部を自動化するプロジェクトを活発に進めてきた。

ブロックチェーン業界では「RWAのトークン化」と呼ばれ、米国のニュースメディア「CNBC」でも報じられるなど、業界外からも注目されている。RWAとは、「Real World Assets」の略で、直訳すると「現実世界に存在する資産」となる。RWAには、不動産や国債、企業が発行する社債、ゴールド(金)などが含まれる。

ステーブルコインは、RWAの1つである「法定通貨」をトークン化したものと考えると分かりやすい。米ドルに連動するステーブルコインは、トークン化されたRWAの中では、過去5年間でいち早く開発され、世界では「USDT」と「USDC」がその流通規模を拡大してきた。USDCを発行するのはアメリカ・ボストンに本社を置くサークル(Circle)で、世界最大の資産運用会社ブラックロックや投資銀行のゴールドマン・サックスなどが出資している。

米銀最大手のJPモルガン・チェースも過去5年間、ブロックチェーンを利用して銀行システムをアップグレードする試験プロジェクトを積極的に進めてきた。同社は既に「JPMコイン」を開発し、JPモルガンで口座を保有する法人客向けの送金などで試験的にデジタル通貨を利用している。

寺井氏は、「(ステーブルコインによる)送金インフラは少なくとも全国に広げていくべきと考えている」と述べた上で、「トチカは個人向けの決済サービスだが、将来的には事業者間(B-to-B)の送金などでも利用できるまでに育てていきたい」とコメントした。

アフリカ市場に参入、日本の銀行では初となるケニア現地法人

金沢市の北國FHD本社会議室で話すCCI執行役員・一願陽光氏(撮影:筆者)

北國FHDが2023年に発表したもう一つユニークなビジネスが、アフリカ事業だ。同社子会社のCCイノベーション(CCI)が管轄している事業で、2024年4月にも2名の社員をケニアのナイロビに送り、6月までに現地法人を開設する計画だ。現地の法人向けのファイナンスやコンサルティング、スタートアップへの投資などを中心に事業を開発する。

人口増加と経済成長が著しいアフリカは、「グローバルサウス」の中でも最も注目される巨大市場で、ソニーやSBIホールディングス、住友商事などの日本企業も今年、大陸のフィンテックやゲーム領域でのベンチャー投資や、通信事業への参入を発表した。

CCIが現地法人を開くケニアは、エチオピアやタンザニア、ウガンダ、ルワンダなどの周辺国を含む東アフリカ経済圏をけん引する経済大国。アフリカのゲートウェイとしても知られており、人口は約5300万人。アフリカ全体の人口は現在14億人で、2050年までに約25億人に増え、地球上の総人口の4人に1人がアフリカ人になると言われている。

2022年5月、北國銀行頭取の杖村氏とデジタル部長の寺井氏、CCI執行役員の一願陽光(いちがん・あきみつ)氏と同社コンサルタントの砂塚博希氏が中心となり、ケニア事業の検討を内部で始めた。アフリカでベンチャー企業投資を手がけるベンチャーキャピタル、AAIC(アジア・アフリカ・インベストメント&コンサルティング)ともオンライン会議を幾度となく開き、現地の状況を徹底的に調査した。

北國FHD傘下のCCIでコンサルタントを務める砂塚博希氏(撮影:筆者)

上海での生活が長い一願氏と、バンコクの現地法人で働いてきた砂塚氏が今年2月にケニアとガーナを視察し、寺井氏がその後にナイロビに向かった。

「ビジネスチャンスの大きさを実感した。地方銀行の古い発想を捨てて、銀行がやっていない新しいことに挑戦することが北國(FHD)の今の強さ。『なぜ地銀がアフリカ?』の問いに対する答えはいたってクリアだった」と一願氏。

視察を終え、社内の各所からはやはり「なぜ地銀がアフリカ?」の質問が飛び交ったが、取締役会でケニア事業が承認されるまでの時間はそう長くはなかった、と一願氏。ナイロビに赴任する2人の駐在員候補を社内で募集すると、8人が手を挙げたという。

CCIはこれまでにシンガポール、バンコク、ホーチミン、中国・深センに現地法人を開き、投資とコンサル事業のアジア展開を進めてきた。ケニアは同社にとって5カ国目の海外拠点となり、実現すれば、ケニアに現地法人を開く日本初の銀行となる。

国内ではいち早くステーブルコインを発行し、海外ではアフリカ・ケニアに飛び込む日本の銀行界の「ファーストペンギン」となる北國FHD。「地銀の殻」を破って、今後どれだけ北國の企業価値を高めていくことができるだろうか?

インタビュー・文:佐藤 茂
トップ画像:金沢市にある北國フィナンシャルホールディングスの本社ビル(撮影:筆者)
写真:小此木愛里