暗号資産(仮想通貨)業界では、大物創業者やCEOが現れては消えていく。しかし、ブライアン・アームストロング(Brian Armstrong)氏は永遠の存在なのだろうか?
40歳になるコインベース(Coinbase)のトップが10年以上この仕事に携わってきた今、問う価値のある質問だろう。その間に、彼はほとんどのビジネスパートナーや競争相手が去っていくのを見送り、アメリカの暗号資産トレーダーにサービスを提供する最も重要な取引所を作り上げた。
激しい競争を生き抜く
コインベースは現在、デリバティブ取引を含む新しい商品市場に参入する、収益性の高い方法を見つけている。数週間後には、規制当局の承認を得た多くのビットコイン(BTC)ETFに対して、カストディを提供しているかもしれない。コインベースは、ほとんどの発行業者のパートナーとして選ばれている。
アームストロング氏のビジネス上の最大の敵たちは、アメリカ政府によって打ち負かされてきた。
FTXがサム・バンクマン-フリード元CEOの巨額詐欺の重圧で崩壊する前、バンクマン-フリード氏はアメリカの先物取引のルールを書き換える計画を立てていた。もちろん、彼が思い描いたようにはならなかった。バンクマン-フリード氏は2019年にFTXを開始し、2022年に辞任。コインベースは、先物取引分野に先月参入したばかりだ。
チャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)氏はもはや、アームストロング氏のトップの座を脅かす存在ではない。バイナンス(Binance)のCEOだったジャオ氏は11月、バイナンスの過去のコンプライアンス上の罪を償うための司法取引の一環として退任した。
バイナンスが世界最大の取引所であり、コインベースの世界的な野望のライバルであることに変わりはない。しかし、その地位を築いた創業者からアイデアやアドバイスを受けることなく、バイナンスは再スタートを切ることになる。ジャオ氏は2017年にバイナンスを立ち上げ、今年、米当局からの複数の捜査に直面したため退任した。
2012年にコインベースを立ち上げたアームストロング氏は、その勢いが衰える気配はない。Eメールで話を聞いたところ、コインベースの人気レイヤー2「Base」のローンチを皮切りに、今年の主な業績をいくつかあげてくれた。ちなみにCoinDeskの「最も影響力のある人物 2023年」には、Baseの設計責任者ジェシー・ポラック(Jesse Pollak)氏も選出されている。
コインベースは今年、新しい国際取引所の開設や、Coinbase Financial Marketsを通じたアメリカでのデリバティブ取引の促進など、暗号資産デリバティブにも積極的に取り組んだ。
「デリバティブは世界の暗号資産取引の75%を占めており、業界は安全なデリバティブ商品を提供するコインベースのような信頼できる規制準拠の取引所を必要としている」とアームストロング氏は語った。
コインベースの政治・規制戦略
確かに、コインベースは特に規制面で大きな逆風に直面している。
米証券取引委員会(SEC)は今年6月、コインベースに対して違法な証券取引所、ブローカー、清算機関を運営していると大規模な訴訟を起こした。
この訴訟は業界全体にとっても重要なものであり、業界全体が大規模な証券違反という同じ批判に直面していると考えることができる。ビットコインを除くすべての暗号資産を有価証券として扱い、SECの管轄下に置こうとするゲーリー・ゲンスラー委員長率いるSECとの戦いで、コインベースは業界全体の旗手となった。
ゲンスラー委員長が、コインベースを暗号資産の西部開拓時代的な無法状態から利益を得ていると批判しているのに対して、アームストロング氏は同社を「地元の保安官」に近い存在だと考えている。
コインベースは2021年に上場したことで、世界で最も厳しい規制を受ける暗号資産取引所のひとつとなった。その瞬間は、何年にもわたるコンプライアンスへの譲歩のピークであり、アームストロング氏によれば、成長は遅くなったが、その価値は十分にあったという。
「コンプライアンスに準拠したアプローチをとることは難しく、コストもかかる。顧客が欲しがたっとしても、違法であれば商品を提供することはできない。しかし、私たちは法の支配を信じており、これは正しいアプローチだ」と、ジャオ氏が有罪を認めた後の11月21日、アームストロング氏はツイートした。
暗号資産の「新章」が開かれた今、アームストロング氏はこれまで以上に表舞台をリードすることになるだろう。
アームストロング氏は、論争を避けるような人物では決してない。2020年、彼はコインベースが「ミッション主導型企業」となることを宣言し、当時、他のシリコンバレーのスタートアップの多くが行っていたような社会的アクティビズム面において従業員との関わりを持たないと宣言した。
その代わり、従業員にはコインベースの暗号資産へのコミットメントだけに集中してほしいと考えていた。これは、コインベースが関与する唯一の政治的分野であると、アームストロング氏は語った。
本当にそうなっただろうか?
コインべースとアームストロング氏は2023年、「暗号資産に対する戦争」と見られる状況のなか、それを主導する米当局に対する行動を声高に批判し、反撃に出た。
顧客に対して、面倒なIRS(米内国歳入庁)の規則案にコメントするよう呼びかけたり、執行によって規制するSECを批判したりと、アームストロング氏は一貫して暗号資産にまつわる政治に関わり続けている。
アームストロング氏の戦いへの最も重要な参加者は、非営利団体「Stand with Crypto」かもしれない。
2023年半ばに発足したこの親暗号資産政策組織の使命は、アメリカの権力の中枢にいる暗号資産に批判的な人たちから業界全体を守ることだ。
このグループは、アメリカで最も影響力のある団体でうまくいったことを手本にしている。プランド・ペアレントフッドと全米ライフル協会は、ニッチな政治問題へのコミットメントに基づいて政治家を格付けしている。これは、有権者が献金と票を分配することを助ける戦術だ。Stand with Cryptoも同じことをしている。
「今、暗号資産を使うアメリカ人は5200万人いる」と、アームストロング氏は9月下旬、ワシントンD.C.で開催されたStand with Cryptoのイベントの議長を務めた直後の米テレビ局CNBCのインタビューで語った。言葉ではないにせよ、行動によって、アームストロング氏はこの「主要な有権者」の代弁者となるためにできることをしていた。
「コインベースは、現在では10万人以上の賛同者を擁し、賛同者と議員を直接つないで声を届けるユニークなツールも備えたStand with Cryptoとして知られる独立したムーブメントを立ち上げる手助けができたことを誇りに思っている」(アームストロング氏)
Stand with Crypto
Stand with Cryptoがコインベースのビジネス上の利益に貢献していることは留意に値する。コインベースは上場企業であり、より多くの人々をサービスに取り込み、より多くの収益を上げ、投資家のために株価を上げることで成長しようとしている。規制の明確化と議会での影響力は、障害を取り除き、目的を成し遂げる可能性がある。
とはいえコインベースは、FTXがコモディティの規制作りで行おうとしたような、自社ビジネスの利益を最優先するような狭義のロビー活動には(少なくともまだ)関与していない。
コインベースとアームストロング氏が主導している戦いは、おそらく業界全体に利益をもたらすだろう。そしてそれは、No.1のポジションにあるコインベースに最も多くの利益を与えることになる。
コインベースの政治的影響力をクラウドソーシングするアームストロング氏の取り組みからは、同社の戦略が微妙に変化していることが見えてくる。同社は間違いなく、アメリカ政界にとって最大の暗号資産ロビイストの1つであり、今年最初の3四半期までに210万ドルを費やしている。
「いくつかの執行措置がとられた今、私たちは業界としてページをめくり、暗号資産普及の次のチャプターを書く機会を得た。私は、コインベースが常にコンプライアンスと信頼に基づいたアプローチをとり、長期的な視点を持ってルールを守ってきたことを誇りに思っている」と、アームストロング氏は語る。
「私のモチベーションを維持しているものは、経済的自由に対する情熱であり、暗号資産の基盤にあるテクノロジーは、経済的自由を世界にもたらすことに十分強力であることを実感しているからだ。暗号資産はなくなるものではなく、マネーの未来であり、時間の経過とともに世界のGDPに占める割合が大きくなっていくだろう」
「レイヤー2、ETF、そしてビットコイン半減期と、私は2024年を楽観視している」とアームストロング氏は2024年の展望について語った。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ブライアン・アームストロング氏をモチーフにしたNFT画像(Mason Webb/CoinDesk)
|原文:Brian Armstrong of Coinbase Is Crypto’s Last Big Man Standing