100億円の案件が不動産STと社債STに登場──流通市場とアセット拡大で新たなフェーズへ【デジタル証券フォーラム2023 イベントレポート・後編】

今年で3回目となる「デジタル証券フォーラム」が12月13日、東京・兜町にあるKABUTO ONE ホールで開催された。主催は日本経済新聞社、CoinDesk JAPANを運営するN.Avenueが共催した。

2021年12月に第1回目が開催されたときのサブタイトルは「資金調達の新手法、セキュリティトークンの登場」だったが、今回は「セキュリティ・トークン市場 新章の幕開け」。2021年に第1号となるセキュリティ・トークンが発行されてから3年間、発行額は毎年、2倍以上のペースで成長。そして「新章の幕開け」というタイトルが象徴しているように、まもなく国内初の流通市場として大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)の「START(スタート)」での売買が始まり、一層の成長が期待されている。さらに、当初関係者が描いていた以上に成長している不動産セキュリティ・トークン(不動産ST)に加えて、社債STをはじめとするアセットの拡大も期待されている。

フォーラムは金融庁総合政策局審議官の柳瀬護氏の挨拶でスタート。続いて、2つの講演と2つのパネルディスカッションが行われ、日本のセキュリティ・トークンを牽引しているキーマンたちが登壇した。

当日の模様を前編(2つの講演)と本記事(後編:2つのパネルディスカッション)に分けてお伝えする。

前編:3年間で予想を上回る成長──アセット拡張、流通市場の登場に可能性広がる【デジタル証券フォーラム2023 イベントレポート】

社債や再生可能エネルギーのインフラ

Progmatの齊藤氏、ケネディクスの中尾氏の講演に続いて行われた1つ目のパネルディスカッション「2024年のST成長戦略とは? アセットの拡張から、セカンダリー市場の登場まで」には、講演を行ったProgmatの齊藤氏、大和証券グループ本社・大和証券常務執行役員の板屋篤氏、大阪デジタルエクスチェンジ代表取締役社長の朏 仁雄氏が登壇。

パネルディスカッションのテーマである「2024年の成長戦略」について、モデレーターを務めたN.Avenue/CoinDesk JAPAN代表取締役CEOの神本侑季がまず板屋氏に話を振ると「私だけパーカーでなくてすいません」と会場をリラックスさせつつ、板屋氏は「セカンダリーマーケットの整備」「対象アセットの拡大」「デジタル通貨の普及」の3つのポイントをあげた。

大和証券グループ本社・大和証券常務執行役員の板屋篤氏

その中で「対象アセットの拡大」については「社債はもちろん、太陽光発電施設をはじめとする再生可能エネルギー関連など、さまざまなアセットが裏付け資産となるだろう」と述べ、国が温室効果ガスの大幅削減を目標に掲げるなか、機関投資家だけで再生エネルギー関連インフラ整備の資金を供給することは難しく、セキュリティ・トークン化によって個人投資家も投資できるようにすることは不可欠と指摘した。

同時に、齊藤氏が講演で触れた社債プレマーケティングシステム「Biancha(ビアンカ)」を皮切りに、社債発行プロセスの一気通貫での効率化をProgmatと連携して進めていくと続けた。

続けて齊藤氏が、現状の振替債もペーパーレス化・デジタル化が進んでいる今、あえて社債STを推進するには、明確なメリットが不可欠になると述べ、インフラ側の対応、具体的には「ステーブルコインを使った決済」が社債STのマーケット拡大の鍵になるだろうと語った。さらにブロックチェーンを基盤とすることで発行会社と投資家がダイレクトにつながり、例えば、投資家にNFTを付与するなど、従来にない多様なマーケティング施策が可能になると続け、発行側にとっても投資家にとっても新たなメリットが生まれると述べた。

Progmat(プログマ)代表取締役 Founder and CEO 齊藤達哉氏

講演で触れたVCファンドのセキュリティ・トークン化についても改めて解説。従来、未公開ベンチャー企業への投資を行うLPS(投資事業有限責任組合)は機関投資家などプロの世界だったが、ST化によって「個人が小口で投資できるようになる」と解説。まだ課題はあるものの、不動産STや社債STに次ぐ、大きな柱になる可能性があると語った。

プライマリーとセカンダリーは資本市場の両輪

大阪デジタルエクスチェンジ代表取締役社長の朏 仁雄氏

朏氏は「流動性がないものを個人投資家に販売することはハードルが高い」とここまでの2人の議論を受けて「プライマリー(発行)市場とセカンダリー(流通)市場は資本市場の両輪」と述べ、12月25日に売買開始となる日本初のセキュリティ・トークンのセカンダリー市場「START」を紹介。

売りと買いの注文をマッチングさせる仕組み自体は株式と変わらないが、株式には「ほふり(証券保管振替機構)」と呼ばれる重厚な仕組みがあり、長年の運用実績があるが、今回はそうした仕組みから脱却し、ブロックチェーンを使って、取り扱いの小口化を実現し、流動性を生み出すところに大きなチャレンジがあると述べた。

さらにフェーズ2としてステーブルコインを決済に利用し、即時DVP(Delivery Versus Payment)を実現、約定後のポストトレード業務の負荷を極小化し、次世代のマッチングシステムを提供していくと語った。

ステーブルコイン発行・管理基盤「Progmat Coin」も手がける齊藤氏は「来年、ステーブルコインが登場するが、個人が使える状況になっていることが重要」と述べ、既存システムが存在するなかで、新しいものを普及させるには「エンドユーザーが望んでいる状況になていること」が欠かせないと指摘。板屋氏も、さらなる市場拡大に向けて、パブリックブロックチェーンでのセキュリティ・トークン発行の実証実験や、さまざまな発行会社や証券会社、プラットフォーマーと接続でき、業界インフラとなるようなセキュリティ・トークン・ウォレットの開発を進めていると述べた。

最後にディスカッションを振り返って3人が「セキュリティ・トークンはまだまだ新しい分野。業界が連携して進めていく」(板屋氏)、「今日の議論は、来年に向けてポテンシャルのある話しかしていない。課題の話は出ていない」(齊藤氏)、「トークン化が究極まで進めば、『取引所も不要』という話も出てくるが、技術の進歩は止められない。究極の目標に向けて進んでいく」(朏氏)と語ったことが印象的だった。

不動産STは「単なる受益権の小口化商品」

2つ目のパネルディスカッション「ST市場を牽引する不動産STの現在地と今後のSTの展望」には、ケネディクス代表取締役社長の宮島大祐氏、野村證券執行役員インベストメント・バンキング・プロダクト担当の村上朋久氏、BOOSTRY代表取締役CEOの佐々木俊典氏が登壇した。

ケネディクスは2022年8月、タワーマンション「リバーシティ21 イーストタワーズII」を134億円という国内最大規模でセキュリティ・トークン化。野村證券が販売を、BOOSTRYがブロックチェーン基盤の開発を担当し、ディスカッションはまずこの案件を中心に進んだ。

ケネディクス代表取締役社長の宮島大祐氏

宮島氏は、同案件を「ケネディクスとして、渾身の案件」と振り返り、642戸・鑑定評価額300億円の大型物件だったが、建築から10数年が経過していたため、段階的にリフォームを行い、空室率の改善や賃料アップを図る「バリューアッド戦略」を実施したと説明。一方で、セキュリティ・トークンについては、「単なる受益権の小口化商品」とシニア層も見られた聴衆に向かって述べた。

確かに「セキュリティ・トークン」と言われると、身構えてしまう人もいるだろうが、「不動産受益権の小口化商品」は不動産投資に明るい方なら馴染みのある商品。「安心してほしい」とまず最初に伝えた宮島氏に、不動産投資業界での長いキャリアと見識を感じた。

村上氏は「当初、134億円という大きな数字を不安視する声もあったが、販売は非常に好調だった」「(投資家に投資案件について説明する)エクイティストーリーがしっかりしていた」と述べ、「不動産投資に興味を持っていても、大きな金額を用意することはなかなか難しい。だがセキュリティ・トークンなら、こうした大型物件にアクセスできる」ことが大きなセールスポイントになったと分析した。

野村證券執行役員インベストメント・バンキング・プロダクト担当の村上朋久氏

またこの案件では、セキュリティ・トークン(ST)の購入数に応じた優待を実施。物件のある月島にちなみ、名物の佃煮を受け取ることができる「佃煮トークン」をユーティリティ・トークン(UT)として発行。「佃煮トークンはブロックチェーン史上初の取り組みだと思う」と佐々木氏は振り返った。

その他、レストラン食事券やホテル宿泊券をUTとして発行。UTも、STと同じブロックチェーン基盤「ibet for Fin」で管理され、投資家と従来にないリレーションを構築することができたと佐々木氏は述べた。ちなみに佃煮は1089個が発送されたという。

オーケストラか有名ピアニストか

議論が今後の展開に移ると、宮島氏は「我々は機関投資家向けの不動産運用会社として実績を重ねてきたが、個人投資家向けのアセット・マネジメント・サービスを提供することは長年の夢だった」と述べ、ブロックチェーンを使うと案件ごとの投資家情報をリアルタイムで入手でき、「まだ8案件だが、例えば100案件になったときはものすごいデータとなる」と今後の展開の一端を語った。

村上氏は、フォーラムの1週間ほど前に発表された日立製作所の100億円のデジタル環境債発行に触れた。日立は発行にあたって、JPX総研、野村證券、BOOSTRYと協業。100億円クラスの案件が不動産STと社債STの両方に登場したことで「多くの注目を集めるきっかけ」になったのではないかと述べた。

また環境債については、サステナビリティ、透明性への投資家の関心と結びついており、「責任ある投資」はブロックチェーン活用のひとつの大きな流れになるのではないかと指摘した。

宮島氏は今後の展開としてもうひとつ、海外不動産のST化をあげた。ケネディクスは海外企業の日本拠点としてスタートしており、海外不動産の経験を持つ。「円の信頼性が揺らいでいる今、世界中の優良な不動産をSTとして購入でき、さらにODXで売買できれば、当社の不動産STの第2幕となる」と語った。

神本からブロックチェーン・ベンダーとして来年のトレンドをどう見るかと聞かれた佐々木氏は、投資家情報の活用に加えて、コア層に向けた商品が登場するのではないかと予測。「この3年でいろいろな可能性が見えた。2024年は各社の戦略に基づいた成功事例が生まれるだろう」と述べた。

BOOSTRY代表取締役CEOの佐々木俊典氏

村上氏は来年の展開について、マーケットを拡大させていくことはもちろん大切だが、「市場を健全に発展させていくためには何をすればよいのかも考えていきたい」と語った。

最後に宮島氏は「多くの人から『ケネディクスはなぜSTをやるのか? なぜリートではないのか?』と問われるが、同時にそれは自分自身への問いかけにもなっている」と発言。「リートは非常に洗練された商品だが、不動産の手触り感が失われた。クラシック音楽に例えるなら、オーケストラを聴きに行くならリート、有名なピアニストやバイオリニストを聴きに行くならST」と非常にわかりやすく、不動産セキュリティ・トークンの特徴を語った。

パネルディスカッションのモデレーターを務めたN.Avenue/CoinDesk JAPAN代表取締役CEOの神本侑季

3年間で順調な成長を遂げたセキュリティ・トークン。来年、4回目の「デジタル証券フォーラム」は、流通市場の展開、多様化したアセットの現状など、より多様化したテーマが展開されることになりそうだ。

前編:3年間で予想を上回る成長──アセット拡張、流通市場の登場に可能性広がる【デジタル証券フォーラム2023 イベントレポート】

|テキスト・編集:CoinDesk JAPAN
|写真:多田圭佑
※編集部より : 本文を一部修正し、更新しました。