月間2300万人を超えるユーザーが利用し、毎秒8個のアイテムが取引される巨大マーケットプレイス「メルカリ」を運営するメルカリ。2023年3月にはビットコインの取引サービスを始め、暗号資産(仮想通貨)に馴染みのない多くの個人に新しいデジタル体験を提供してきた。
開始から7カ月で、ビットコイン取引サービスのユーザー数は100万人を超えた。2023年3月から9月までの国内の暗号資産口座数の増加が約135万口座であることを考えると、いかにメルカリのビットコイン取引サービスが新しい顧客を獲得できているかが分かる。
2024年、メルカリはそのビットコインを使ってマーケットプレイス「メルカリ」で買い物ができるサービスを開始する。メルカリの子会社で、ブロックチェーンに関連するサービスを開発するメルコインの最高経営責任者(CEO)、中村奎太氏がインタビューで明らかにした。ビットコイン取引サービスを利用しているユーザーの中で、ビットコインを売却した後に約半数のユーザーが「メルカリ」で買い物をしているという利用実態があり、ニーズがあると判断した。
このサービスはブロックチェーン上のオンチェーン取引ではなく、ユーザーが 「メルカリ」で保有しているビットコインを使って商品を購入する際、裏側ではビットコインが売却され、その売却額が売り手に支払われるというもの。
「サトシ・ナカモトが考案したビットコインという『電子通貨システム』の原点に立ち返り、これだけ多くの人がビットコインを持っている状態になったからこそ、次は実際に(通貨として)利用してもらいたい。利用することで、人はビットコインに対する理解を深めることができるのではないでしょうか」と中村氏は説明する。
メルカリとジャック・ドーシーのブロック社を比べる
「人の可能性を広げる」を企業ビジョンとするメルカリは、ジャック・ドーシー氏が経営する米ブロック(旧スクエア)と比べられることが少なくない。
メルカリは、マーケットプレイスの「メルカリ」を軸に、スマートフォン決済サービスを手がける「メルペイ」と、ブロックチェーンとビットコインなどの暗号資産に関係するサービスを展開するメルコインで構成され、事業を広げている。
「個をエンパワーする」をスローガンとするブロックは、カフェやレストランなどを営む個人事業主やショップオーナーなどに対して、決済システムの「スクエア(Square)」を提供する一方で、個人ユーザー向けの金融アプリ「キャッシュアップ(CashApp)」を開発し、そのユーザー数は5,000万人(月間ユーザー数)は超える。
ビットコインの優位性を主張し続けるドーシー氏は、ビットコインの取引サービスをキャッシュアップに導入するだけでなく、ビットコインブロックチェーンの利用を広げるために2つの子会社、「スパイラル(Spiral)」と「TBD」を立ち上げている。ブロックの決算報告書を見ると、ビットコインの関連純収益(Net Revenue)が総純収益に占める割合は4割を超える。
「(ビットコイン関連収益の今後の増加について)メルカリでも将来的にはあり得るかなと思うんです。ただ、シンプルな送金や決済サービスを進めていくというより、僕たちはマーケットプレイス自体を、現在のフィジカル(物質的)な領域からデジタルな領域を含み入れるチャレンジをしていきたいと思ってます」と中村氏は話す。
次世代の「メルカリ」とデジタルアセットが売買されるマーケットプレイス
メタバースやWeb3ゲームの開発が進み、その世界で使われるトークンのユースケースが増えていくことが予想されるなか、ブロックチェーン上でトークン化されたアイテムなどを取引できるデジタルマーケットプレイスの必要性は増してくると、中村氏は構想する。
また、世界のブロックチェーン業界で話題となっている「トークン化されたRWA(RWAはReal World Assetの略で、現実世界に存在する資産の意味)」を「メルカリ」上で扱うことも検討している。
欧米や日本、シンガポールの大手金融機関は、土地や債券などの金融資産をトークン化したり、銀行業務や送金、資産運用業務の一部をブロックチェーンとスマートコントラクトを活用して自動化、効率化するためのプロジェクトを進めている。これらは総称して、「RWAのトークン化」と呼ばれ、RWAには不動産や国債、企業が発行する社債、ゴールド(金)などが含まれる。
「金融的なセキュリティ(証券)というRWAではなく、僕たちは『メルカリ』の中にあるモノの流動性を上げるために、広い意味でのRWAにチャレンジしていきたい。例えば、『メルカリ』の中でよく取引されている商品……。保有はしたいけれど、別にそれを利用しなくてもよいモノであったり、敢えてデジタルで保有することがプラスに働くモノは多く存在しています」(中村氏)
現在、物質的なモノが国内のユーザーを中心に多く売買される「メルカリ」だが、デジタルアイテムやデジタルコンテンツ(トークン)などのデジタルアセットが取引されるようになれば、メルカリは一気にグローバルマーケットプレイスにトランスフォームすることができる。
「結局、そういう世界になれば、異なる複数の法定通貨で決済するより、P2P(ピアツーピア)でビットコインのような暗号資産でやるべきという考えが生まれてくるのは自然だし、それがインターネットの次のステップになるだろうと思う」と中村氏は話す。
Web3に沸くアフリカ、中東はどうする?
「クリプト・ブーム」と呼ばれた過去数年間、無数の暗号資産やNFTプロジェクト、DAO(分散型自律組織)を運営する組織でさえも、故意にトークンの価格を吊り上げ、多額の利益を追及する投機的な動きが目立った。その後、多くのトークンはその価値を失った。
中村氏は、「徐々に、本質的で、意味のあるデジタルコンテンツ(トークン)が生まれてくるだろうと思う」と述べる。「僕の中では、もっと本質的で、そのNFTが持つユーティリティの意味が伝わるコンテンツを『メルカリ』で取り扱っていきたいと考えてます」
2023年、暗号資産やブロックチェーン領域に投資する多くの投資家やベンチャーキャピタリストは、サウジアラビアを中心とする中東や、ケニア、ナイジェリア、南アフリカがけん引するアフリカ市場にターゲットをシフトさせた。
この動きに対して中村氏は、「クリプトやWeb3の波が中東の方に動いたりしていて、僕たちも少しアプローチを考えないといけない」とした上で、「発掘できていない価値みたいなものは世界中に眠ってますね。メルカリは2023年の2月で10周年を迎え、新たにグループミッション『あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる』を策定しました。デジタルマーケットプレイスという『メルカリ』のベースラインが出来上がってくれば、あとは世界中に眠っている価値とそこにある可能性を追い求める世界の旅が始まってくるのかなと思うんです」と話す。
愛知県の大学で、AIとAI、AIと人が交渉する「ネゴシエーションAI」や、コンセンサスアルゴリズムの研究を続けた後、メルカリに新卒入社した中村氏。お金でお金を作るビジネスモデルを通じて、一部の人たちだけが莫大な資産を築くような仕組みではなく、価値が純粋に伝達・取引でき、あらゆる人の可能性を広げることができるマーケットプレイスの開発を続けていきたいと、語った。
|インタビュー・文:佐藤 茂
|写真:小此木愛里
|取材協力:水野公樹