Web3をリサーチする大手企業のビジネスリーダーを中心とした限定有料コミュニティサービス「btokyo club」は12月19日、「Year End Party2023」のスペシャルセッションとして「2024年:生成AIとWeb3が引き起こす日本のビッグシフト──『失われた30年』の呪縛を解く」をハイブリッド開催した。
安宅和人氏(慶應義塾大学 環境情報学部教授)、川崎ひでと氏(衆議院議員・自民党デジタル社会推進本部web3PT事務局長)、成田修造氏(起業家・エンジェル投資家)の3人が、web3と生成AIが日本の未来にどのような影響を与えていくのか、年末にふさわしく、いつもの「btokyo club」よりも幅広いテーマについて、洞察と示唆に富む議論を繰り広げた。
セッションのモデレータは、シンガポール拠点のweb3ファンド「Emoote(エムート)」の共同創業者でリサーチャーのcomugi氏が務めた。
法人税制とDAO法に大きな一歩
まずは「『デジタル通貨×DAO=地方創生』の効力は?」というテーマで、川崎氏のweb3PTでの活動を中心に議論が行われた。自民党は12月14日に発表した2024年度税制改正大綱に、第三者保有の暗号資産について期末時価評価課税の対象から外すことを盛り込んだ。大綱は12月22日に閣議決定された。2023年には自社発行分が対象外となっており、川崎議員は「2年がかりでようやくここまできた」とコメント。成田氏は「日本で暗号資産ベースで資金調達をして、会社の運営が可能になる点で大きな前進」と、有望なweb3スタートアップなどが日本から流出していた問題について触れた。
DAO(分散型自律組織)について川崎氏は「東京・青ヶ島、新潟県・旧山古志村での取り組みやトマト農園を運営するDAOなど全国各地で活動が拡大している。しかし現状、DAOには法人格が与えられておらず、社会的な信用度も低い」と指摘。DAOに関する制度整備に向けては、11~12月にかけて自民党web3PTが「DAOルールメイクハッカソン」を開催。2024年早々に提言書を提出し、4月にはDAOが法人格を持てるよう整備する方針だと述べた。これには合同会社のスキームを活用。「新しい法律の作成を待っているといつになるかわからない。できることから迅速に実現して欲しい」という事業者の声を受け、スピード感ある動きが実現したという。
トークンエコノミーの潜在力
政府のさまざまなAI×データ関連の検討メンバーに名を連ねる安宅氏は、自民党web3PTの設立のきっかけとなった裏話を紹介しつつ、2023年のweb3の動きについて「生成AIショックで影が薄れてしまった」と指摘。ただし、利益を狙って新しいテクノロジーに注目する人たちも多く、「分散的なマネジメントによって、志を形にしていく新しいルートを破壊しかねない」可能性があったと述べ、さまざまな取り組みが「まともになったことは良かった」と続けた。
また、イギリスのThe Economistが2023年の暗号資産、特にビットコインの上昇について「Why bitcoin is up by almost 150% this year」と題した記事を掲載し、暗号資産を「ゴキブリのように何をしても死ぬことがない」と例えた記事を紹介、会場を沸かせた。
安宅氏はさらに、web3の議論には、①アセットの保持形態、②株式に代わるトークンエコノミー、③アイデンティフィケーション装置の3つの役割が期待されていると整理。特に②については、「志しかない状態で何かを立ち上げ、それをお金にし得る仕組みはかつてなかった」と指摘。「人の貢献や思いを形にし得る形態としてのDAOとトークンシステムは今後、第2、第3の市場になりうる」と続け、「株式システムのある程度を代替する可能性がある」と大手証券グループのトップマネジメントに以前から話していると述べた。
続けて成田氏は、今まで株式の価値はスタートアップや経営者だけが享受してきたことで、格差が広がってきたと指摘。これが分散化することで、市場価値とは全く違う価値が表出化する可能性があり、例えば、大谷翔平選手の1000億円の巨額契約もトークン価値に変換されれば、今までとは違う価値が表出し、結果的に「とてつもない市場価値を持つ可能性がある」と述べた。いろいろな価値の表出がいろいろなコミュニティで可能になれば、きわめて公平なシステムになり、「社会をより豊かにする」可能性があり、「個人的にもそういうサービスを作ることができないかとずっと思っている」と語った。
川崎氏は、トークンの仕組みのユニークな点は、人の善意が可視化できることだと説明。ボランティアや寄付の証明がNFTで可視化できれば、金銭に取って代わる価値が生まれる。例えば、政治家は選挙の際に多くのボランティアに支援してもらうが、法律上、謝礼などを渡すことはできない。そうした規制があるなかで「ひでとトークン」を発行し、渡すことができれば面白くなるとのアイデアを明かしてくれた。
web3の20年後と生成AI
インターネットの出現からおよそ20年を経たことから、web3の20年後についての議論もあった。安宅氏は「まだはっきりとはわからない」とした一方で、「大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)は計算機と人間が自然言語でのやり取りを可能にするもので、これがない世界にはもう戻れない」が、一方で「web3はまだなくてはならないもの、にはなっていない」と語った。LLMはスマートフォンの登場に匹敵し、電気や通信のようなインフラになりつつあるが、暗号資産やブロックチェーンは、経済体制や通貨が不安定な国・地域で発展している傾向があり、日本のような安定している国では「まだデイリーで必要なものではない」と指摘。ただこれは「日本が安定している良い国」である証拠でもあると述べた。
さらに安宅氏から、生成AIとweb3のポジションについて面白い喩えが出た。「AIがこの会場全体で盛り上がっているとすると、ブロックチェーンの盛り上がりはこのテーブルくらい、DAOとトークンの盛り上がりは椅子の足くらいの感覚」と笑いを交えて説明した。
川崎氏も、web3の急速な発展はインターネットの発展・普及の歴史とほぼ重ね合わせることができるとの見方があると説明。今、web3は黎明期から徐々に上昇している印象を受けると述べた。政府として今後のweb3推進については、実際に事業に携わる人の意見を聞く体制をどれだけ整えることができるかが重要になると強調した。
成田氏は「web3やブロックチェーンの価値はもう疑わないようにしている」とし、残る課題はアプリケーションレイヤー、あるいはその下のレイヤーがどれだけ育つかの議論になると述べた。「長期的な視点で見れば、必ず新たなサービスが出てくる」としたうえで、起業家としては環境が良くないときこそ、動き出すことが重要だと続けた。
生成AIが飛躍する中で日本が取り組むべきこと
生成AIが拡大し、グローバルで競争が激化するなか、日本が取り組むべき最重要課題は何か。安宅氏は「その質問は毎日のように聞かれている」と前ふりしつつ、LLMでは、オープンAI/マイクロソフト、グーグル/ディープマインド、メタの3強に加えて、イーロン・マスク氏も参入しており、これはもはや「ゴジラ対キングギドラのようなデファクトを巡る戦いで、あとは中国の大手数社しか参入できない」と指摘。そのうえで「彼らの動きを見て、その基盤の上で何をやるかを考えたほうが良い」、国産LLM開発も議論されているがこの勝負に真っ向から勝とうということではなく、相当レベルの技術を持つ目的であればわかる、との見解を述べた。
安宅氏は戦後日本の復興と経済成長を引き合いに出し、「日本は石油を求めて戦争し、破れた。だが戦後、石油メジャーを1社も持たないまま成長を遂げた」と説明。つまり原油を握っていなくても日本が大きな経済成長を遂げたように、LLMを持つか持たないかは今後の成長・発展とは別の視点であり、「重要なことは社会にとって価値あることを実行できるか」だと強調した。
具体的には、今後、半世紀から1世紀にかけて人類にとって大きな課題となることは「地球との共存」と「人口調整局面のしのぎ方」であると指摘。温暖化対策、環境対策が急務であることはもちろん、その被害を最小化するためのレジリエンスを強化するとともに、人口調整局面を中国やインドをはじめ、ほとんどの国が迎えることになると述べ、この2つの大問題に関し、何らかの形で寄与する答えを生み出すことに集中すべきだと述べた。
1時間のセッションは3氏のユニークな視点で盛り上がり、すでに終了時間をオーバー。モデレーターのcomugi氏が締めに入ろうとしたところで、安宅氏は、なぜweb3PTの設立を自民党の平将明議員(web3PT座長)に訴えたかの重要な理由の一つを「今、思い出した」と切り出した。
今の社会・経済システムは富を増やし続けることが前提になっているが、同時に環境負荷を減らすという論理的に非常に難しいことをやろうとしていると述べ、DAOとトークンシステムは「人類が今まで手にしたあらゆる富の創造システムの中で、最も環境負荷が低い可能性が高い」と強調。さらに、コモンズ的な視点に立って環境負荷の低減に取り組む際には、現行のような「パニッシュメント(罰)システム」ではなく、DAOとトークンシステムが持つ「インセンティブシステム」が重要になると指摘。こうした動きが「正しい方向ではないか」と平議員に伝えたことを1時間トークして思い出したと述べ、会場を湧かせて議論を締めくくった。
|文・編集:CoinDesk JAPAN編集部
|写真:多田圭佑