ステーブルコイン、飛躍の年となるか? 超えるべき大きなハードルとは──河合健弁護士【2024年始特集】

2023年6月に改正資金決済法が施行され、日本でのステーブルコインビジネスが本格的に始動した。2024年には複数のステーブルコインが登場すると期待されている。早くから暗号資産・ブロックチェーンに携わる河合氏は、JCBAステーブルコイン部会や自民党web3PTのメンバーとしてステーブルコインの規制整備に取り組んできた1人。ステーブルコインの可能性に期待しつつも、まだハードルは残っていると語る河合氏に聞いた。

テクノロジーが支える大手企業のWeb3参入

──約1年前に自民党web3PTが中間提言を、2023年4月にはホワイトペーパーを出し、6月には改正資金決済法が施行されました。年末には「DAOルールメイクハッカソン」もあり、非常に忙しい1年だったのではないですか。

河合:2023年は動きが多い年でした。一番大きな動きはもちろん、ステーブルコインのレギュレーションがスタートしたことですが、その他にWeb3ビジネスに参入する事業者が増えました。ゲーム会社、通信会社をはじめ、大手企業がかなりWeb3ビジネスに参入したことで、裾野が広がり、認知が広がったと思います。例えば、2023年、NFT市場は低迷しましたが、NFTを使ったサービスは日本に向いているのではないかと考えて、参入する事業者が増えました。それに伴って、暗号資産やステーブルコインを使って決済するニーズが生まれてきています。また政策面でもWeb3が産業振興のひとつの分野になり、政府や省庁と協議を行う機会も多くなりました。

──大手企業のWeb3参入は、いつ頃から増えてきた感じでしょうか。

河合:2022年後半から増えてきたと思います。要因はおそらく2つあって、1つは政府の後押し、もう1つは技術的進歩です。チェーンで言えば、レイヤー2関連でさまざまな技術が登場しました。またウォレット、いわゆる「ノンカストディアル・ウォレット」に使い勝手の良いものが揃ってきて、ユーザーの資産を預からなくてもWeb3ビジネスを提供できる環境が整ってきました。

──ノンカストディアル・ウォレットは「交換業の該当性」、つまりWeb3ビジネスを行う事業者は交換業と見なされる可能性があるという問題はクリアできそうなのでしょうか。

河合:ウォレットが具体的にどういう仕様になっていて、かつ、どういうサービスを提供するかがポイントです。暗号資産やステーブルコインを預かるサービスは当然ながら規制対象になりますが、NFTを扱うことは対象にはなりません。重要になるのは、暗号資産やステーブルコインを誰がコントロールしているかです。事業者がトークンを移転できたり、あるいは事業者がハッキングされたときにトークンが流出してしまうようであれば、事業者がコントロールしていることになります。秘密鍵の所在のみで語る人や、「スマートコントラクトで管理しているので、カストディアルではない」とする人たちもいますが、あくまでも誰がコントロールしているかが分水嶺です。

暗号資産取引についてDEX(分散型取引所)とAPIでつなぐようなサービスもありますが、この領域はまだグレーゾーンです。暗号資産の売買・交換には、媒介規制がかかっていますが、どこまでなら媒介には当たらないとして許容されるかは業界と当局で協議を続けています。分水嶺はかなり微妙で、ケースバイケースで判断していますが、業界団体などでもう少しクリアな指針を示したいと思っています。

期待されるクロスボーダー決済と大きな課題

──2024年の大きな話題としては、ステーブルコインの登場があります。現状、残されている課題はどういったものでしょうか。

河合:一番難しいのは、外国で発行されているステーブルコインの取り扱いです。簡単に言うと、USDコイン(USDC)を日本で取り扱うには、仲介者、正確には電子決済手段等取引業者、いわゆる電決業者もリザーブ(買取準備金)を用意しなければならないことや、一回100万円の取引上限規制などがあります。結局のところ、ステーブルコインビジネスは、たくさんのステーブルコインがなくても成立します。ドミナントなステーブルコインがかなりのシェアを取るビジネスで、おそらくドル連動型ステーブルコインはもう決着がついています。

クロスボーダーに使えることがステーブルコインの一番の魅力にもかかわらず、事実上、日本で海外発行のドル連動型ステーブルコイン、それがコンプライアントに作られているものであっても取り扱うことは、やり方はあるものの事実上難しく、そこが一番大きな問題だと思います。日本でドル連動型ステーブルコインを発行することも可能ですが、それがドミナントなものになることは難しいでしょう。

──ステーブルコインは企業間決済での使用が有望視されていますが、クロスボーダー決済への使用が難しいとなるとそれこそ大きな課題です。

河合:円決済が国際決済の主流であれば良いのですが、残念ながらそうではない現状において、ドル連動型ステーブルコインを日本で作ったとしても、相手が受け取ってもらえるものでなければ意味がありません。海外発行ステーブルコインの発行体が破綻したときにも日本のユーザーを守るための規制は、利用者保護として重要なポイントですが、ビジネス上対応できないような過度に重い規制になると、一方で利便性を大きく損なうことも確かです。結局、クロスボーダー送金がスイフト(SWIFT:国際銀行間通信協会)から脱却できない原因になり得るのではないかと思っています。

──では、どんなところから使われていくと想定していますか。

河合:基本的には暗号資産交換業者が、電子決済手段等取引業の認可も取って、いわば「新しいティッカーが増えます」、つまり暗号資産取引における決済手段から始まるのではないでしょうか。それがどのステーブルコインになるかは、いろいろな可能性があると思います。

円連動型ステーブルコインは、発行の際に受け入れた資金の投資に厳しい制限があり、収益を上げることは難しいという議論もありますが、決済手数料を今のクレジットカードよりも安くする方法も考えられます。海外の取引所が扱ってくれれば、送金にも使えます。

とはいえ、ビジネスとして最も有望なのはクロスボーダー決済だと思います。だからこそ、これまで暗号資産とは距離を置いていた日本の大手金融機関がこの分野を検討しています。ステーブルコインは、ブロックチェーンと大手金融機関が交錯するエリアです。場合によっては、スイフトを不要にする可能性もあるし、国内の銀行間送金もステーブルコインの方が便利、という話もあり得ます。収益がそれほど見込めなくても、皆がそちらにシフトするなら対応しなければならないという話もあると思っています。

──銀行間送金に使われるためには、どういった課題がありますか。

河合:今回、非常に複雑な法制度になっています。銀行法が規定する電子決済等取扱業者という手段ありますが、これは預金の振替であって、誰もが受け取れるステーブルコインとは違います。取引所で売買されるようなステーブルコインを銀行が発行したり、保有することには事実上、かなり重い制限があります。もちろん数年後に変わる可能性がありますが、今の段階では銀行がステーブルコインを手がけるとすれば、信託業務で行うことになります。いわゆる、信託型ステーブルコインです。信託銀行と名乗っていなくても、信託業務ができる銀行はかなり存在しますので、規制当局もまずはこの仕組みでやって欲しいということだと思います。

今回、改正資金決済法では、ステーブルコインは「電子決済手段」として定義され、定義から電子決済手段に類似しているものを除外しています。例えば、ポイントや電子マネーは除外されています。ステーブルコインと電子マネーはどこが分水嶺か一般的にはわかりにくいと思いますが、移転がKYC(本人確認済み)済みの人の間に限られ、移転のたびに発行体の関与が必要なものは、電子決済手段、つまりステーブルコインの定義から除外されています。そうしたものは電子マネーに当たります。銀行がKYCされていないアカウント、つまり広く誰にでも送れるステーブルコインを発行することは時期尚早という当局の判断があるのだと思います。

きわめて難解な法制度

──メディアもそのあたりを十分に区別できていない面がありますね。

河合:現状があまりにも複雑すぎます。きわめて難解な法制度になっています。ユーザー保護を優先しながら、何とか実現したという側面が強いのだと思います。ただ法律の文言は複雑ですが、やることはシンプルです。ビジネス的には、前述したクロスボーダー決済やセキュリティ・トークン(デジタル証券)の決済、NFTプラットフォームでの決済などの相談が多くなっています。

あるいは、暗号資産交換業者が決済ペアの1つとしてラインナップしたいというニーズです。時価総額で考えると、ビットコインやイーサリアムが上位ですが、1日あたりの取引高を考えると、おそらくUSDTが最も多く、USDCもビットコインやイーサリアムに近い数字になっています。決済ペアとしては非常に魅力的で、今後もニーズが高まっていく可能性があります。

もう1点、これまでの話とは別の視点として、現状、QRコード決済のデフォルト的存在になっているPayPayの対抗馬になり得るかどうかという議論もあります。

──対抗し得ると思われますか。

河合:PayPayがドミナントな存在でなければ、面白い勝負になったと思います。ですが、ドミナントなものは便利で、みんなが使っています。ユーザーにとっては「便利かどうか」が大切で、PayPayはPayPayの加盟店でしか使えませんが、ステーブルコインにはそうした枠はありません。理論的には、より広く使えるメリットがありますが、デメリットとしてはウォレットが必要になることです。店舗側に対応を求めることになり、そこまでしてPayPayに対抗する事業者が出てくるかどうか。

プロダクトとしては、潜在的にはメリットがあります。ですが、物事はそれだけでは決まりません。そうしたことを考えるとクロスボーダー決済は問題だらけなのでステーブルコインが普及する場としては有望です。現在の銀行間の国際送金は、手数料は高いし、送金から着金まで日数もかかりますから。

世界から取り残されないために

──2024年はステーブルコインが登場、とCoinDesk JAPANも期待を込めて書いてますが、ビジネスとして離陸していくのは徐々にという感じでしょうか。

河合:そうですね。ただ皆さん、先んじて手がけたいと考えています。早く動いた方がドミナントを確立しやすいという感覚を持っています。とはいえ、当局との協議やライセンス取得には時間がかかりますし、発行にあたってのシステム構築も重たい作業で、十分な安全性を確保しなければなりません。その他、制裁対象者に対して送金される可能性があるときには、凍結できるような仕組みも必要になります。

──ステーブルコインに関する規制の整備には時間もかかり、多くの作業が必要だったと思います。そのモチベーションは、どういうところから生まれていったのですか?

河合:ステーブルコインを日本に導入する必要があるという議論は、かなり以前からありました。海外では決済手段として利用され、優位性が非常に高いことが証明されていて、2018年、19年頃から相談を受け、議論を行っていました。

パブリックブロックチェーンを使い、事業者のところではKYCを行いますが、基本的には自由に動かせるものでないとマーケットニーズがないこともわかっていて、それを実現するためには新しい法制が必要だとJCBA(日本暗号資産ビジネス協会)のステーブルコイン部会でずっと議論していました。ブロックチェーンを活用した金融、あるいは金融に限った話ではありませんが、そうした世界を考えたときに、このままでは日本は取り残されてしまうという強い危機感からです。ともに活動する仲間がいたことも大きいと思います。いろいろな業界に関わっていますが、皆さん、圧倒的な熱意で取り組んでいました。

あとは前進できるチャンスだったことは大きいです。これが2019年だったら諦めていたかもしれません。当時は業界に対して完全に逆風が吹いていて、当局とは交渉の余地がほぼないような状況でした。今回はステーブルコインビジネスを進めたい人たちがいて、自民党web3PTのあと押しもあり、さらには伝統的な金融機関も参入を考えていた。そうした動きが集結したと思います。

──ステーブルコインの規制整備をもとに、2024年はどんな動きがあると期待されますか。

河合:トークンを使ったビジネスが今、花咲こうとしている段階なので、多くのユースケースが出てきてほしいです。例えば、ブロックチェーンゲームや交換業者と通信業者のコラボレーションなど、2023年に素地は整ったので、実際に花が咲き、実を結んでほしいと思います。もちろん一番大きいのは、ステーブルコインを使った決済が実際に始まり、健全な競争の中で育っていくことを実感したいですね。

あとはWeb3ビジネスがより前に進むように、グレーゾーンとして残っている領域の明確化を進めたり、暗号資産交換業にも仲介法制がある方が望ましいと思っているので、金融商品仲介業や銀行代理業と同じような仲介法制を実現したいと考えています。仲介法制があると、エンベデッドファイナンス(Embedded Finance)がやりやすくなります。

つまり、暗号資産交換業以外のさまざまな事業者が暗号資産関連サービスを既存のサービスに組み込んで提供することがやりやすくなります。多くの人にとって、暗号資産により参入しやすい環境を作ることができます。そのほかに、DeFi(分散型金融)もどういう使い方であれば法的に問題のない形でビジネスを構築することが可能なのかも考える必要があります。もうマーケットは大きくなっているので、どう対応していくかは検討課題だと思っています。

河合健
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業パートナー/弁護士。自由民主党「Web3PT」ワーキンググループメンバー、経済産業省「スタートアップ新市場創出タスクフォース」委員、日本金融サービス仲介業協会監事、日本デジタル空間経済連盟監事、Metaverse Japanアドバイザー、大阪府「国際金融都市OSAKA推進委員会」アドバイザー、日本STO協会顧問、日本暗号資産ビジネス協会顧問等を務める。主として、フィンテック、ブロックチェーン、金融規制、IT・デジタル関連法務を扱う。

|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:小此木愛里