「暗号資産の冬」が過ぎ、春を迎えていることは多くの人が語っている。だが、冬がいつ終わったのか、そして2024年はどのような展開になるかについては、さまざまな見方がある。Web3スタートアップ経営者であり、Web3投資家でもある國光宏尚氏は双方の視点から現在と2024年をどう見ているのか。「今回のマスアダプションには皮肉な切なさがある」とはどういうことだろうか。國光氏に聞いた。
フルインベストメントモードに完全転換
──Web3領域で幅広く事業を展開されています。2023年はどういった1年でしたか。
國光:VRゲーム/メタバースのThirdverse、Web3ゲームのMint Town、次世代クラウドファンディングのフィナンシェ、そしてアメリカでWeb3ファンドを運営しています。スタートアップを経営しつつ、VCとしてスタートアップに資金を提供するという両方を手がけているのはユニークで、そうした人は少ないと思います。
投資家の立場で言えば、センチメントは12月に入って、ようやく変わってきたと感じています。11月まではビットコイン価格は上がっているけれど、海外を含めてVCはまだかなり慎重でした。ですが12月に入ってきた案件は、いきなりオーバーサブ(予想以上に出資が集まる状態)になるものが増えてきた感じです。
──2023年は「追い風だった」と振り返る人もいますが、センチメントが変わってきたのは12月ですか?
國光:それまではビットコインだけが上昇していました。2023年はビットコインの独歩高で、イーサリアムを含めたアルトコイン、さらには草コイン、NFTはずっと低迷していましたが、そのあたりが動き始めたのがこの1、2カ月です。ビットコインだけだったのが、それ以外のところにも一気に熱が広がってきた感じがします。
──12月に「フルインベストメントモードに完全転換」とSNSに投稿されていました。
國光:我々は11月から転換していました。実は2023年、投資はそれほど抑えていませんでした。この1年間、環境は冷え切っていたので調達すら難しい感じがありましたが、マーケット環境が良くなってくると、FOMO(Fear of Missing Out:機会を逃すことへの恐怖)ムードが出てきています。
今までは時間を取ってデューデリジェンスができていましたが、今はそれだと、もう他に決まってしまう。そういうモードが徐々に戻りつつあります。スタートアップからすると当然、良い投資家とは意思決定が早くて、大きな金額を出してくれるところです。フルインベストメントモードで行かないと、出資額がすぐ埋まってしまって、資金が出せなくなる状況になりつつあります。
──センチメントが変わり、2024年はより加速するようなイメージでしょうか。
國光:ひとつ間違いなく確かなことは、前回をはるかに上回るバブルになることです。今回はDeFi(分散型金融)やデリバティブをはじめ、投資のさまざまな仕組みが整い、前回以上にレバレッジが効いています。これまではビットコインが上昇してから、次はイーサリアム、さらにアルトコインとそれなりに時間がかかっていました。しかし今回はすでに一部のアルトコインが大幅に上昇しています。前回は時価総額の大きな主要銘柄以外はデリバティブ取引ができなかったのですが、今回は違います。過剰レバレッジな感じもありますが、そういった意味で前回を上回るバブルになると思います。
さらに前回と今回の大きな違いは、暗号資産に対する資金の新たな流入元の存在、すでに多くの人が指摘しているビットコイン現物ETF(上場投資信託)の存在です。アメリカでビットコイン現物ETFが承認されれば、これまで暗号資産、特にビットコインに投資できなかった生命保険や年金基金といった機関投資家が投資できるようになります。流入する金額の規模がまったく変わってきます。株式市場の規模は暗号資産市場の50~60倍あります。
最近調べた限りでは、今、暗号資産市場の1日あたりの取引高は株式市場の半分くらいまで来ています。前回に比べて流動性がかなり大きくなっているので、2024年のバブルは空前のバブルになります。そしてバブル崩壊が起きます。
普通の人が間接的にビットコインを保有
──バブルとバブル崩壊、暗号資産にはまた大きなダメージになります。
國光:ですが暗号資産は絶えず上昇と下落を繰り返し、長期的に見れば右肩上がりです。今回は大きな上昇と大きな下落になりますが、それでも右肩上がりになると思っています。
──次の「冬」はもっと長くなると発言する人もいます。
國光:サイクルはどんどん短くなると思っています。なぜかと言うと、暗号資産・ブロックチェーンの社会実装が実現してきているからです。これまでは実世界におけるユースケースはほとんど存在せず、期待値だけでのバブルでした。崩壊した後は、再び期待値が戻るまでは復活できませんでした。今回は明らかにリアルなユースケースが増えてきています。リアルな需要に支えられています。今年よりも来年、来年よりも再来年とWeb3テクノロジーを使う人が増えることは間違いないので、暗号資産の上昇・下落のサイクルも短くなると考えています。
今回、暗号資産・ブロックチェーンのキラーユースケースが明らかになりました。1年前には誰も予想していなかった形ですが。投資家はバブルが崩壊したときに次のストーリー、ナラティブを探します。例えば、2023年前半なら、リアルワールドアセット(RWA:現実資産)、デリバティブを使ったDeFi、あとはゲームやレイヤー2関連が次のナラティブの中心になると考えられていました。
ですがそこにビットコインETFとステーブルコインのナラティブが浮上しました。ブロックチェーンの一番最初のキラーユースケースは、ビットコインETFとステーブルコインです。ビットコインETFを伝統的金融大手のブラックロックやフィデリティが扱うということは、生命保険や年金基金を通して、ほとんどのアメリカ人が間接的にビットコインに投資することになります。普通の人が間接的にビットコインを保有するわけです。
ビットコインはもともと、クロスボーダーでの決済や送金を意図して生まれましたが、結果的にはそうした用途には使用されず、「デジタルゴールド」、価値の保存手段として使われています。今後、ETFが組成され、大手金融機関がビットコインを保有し、間接的に世界中の人たちがビットコインを保有することになります。そして、決済や送金はステーブルコインが担います。
ひとつ指摘しておくと、暗号資産やブロックチェーン、Web3に長く携わっている人たちの中には、今回のマスアダプションを複雑な気持ちで見ている人たちがいます。サトシ・ナカモトが描いていた「ディセントラライズド(decentralized)の夢」が、ETF、ステーブルコインという極端にセントラライズド(centralized)な仕組みによってマスアダプションを迎えつつあるからです。そういう皮肉な切なさがビットコイン・マキシマニスト(至上主義者)にはあるのではないでしょうか。
セントラライズド(中央集権型)への揺り戻し
──サトシ・ナカモトが描いたような「ディセントラライズド(分散型)の夢」は実現するのでしょうか。
國光:今回のターンは「ディセントラライズドの夢が実現されるターン」ではないでしょう。例えば、ゲームもまだディセントラライズドではありません。Play to Earn(P2E)ゲームとして人気を集めたアクシー・インフィニティ(Axie Infinity)もステップン(STEPN)も、我々が手がけるゲームも、自分たちでサーバーを管理、運用しています。暗号資産の取引もまだDeFi(分散型金融)より、従来の取引所などCeFiが圧倒的。さらに今後、DeFiでもほぼ間違いなくKYC(本人確認)が必要になり、各国では規制がどんどん整ってきます。今回のターンはセントラライズド(中央集権型)が進展するターンです。
ですが、一旦、セントラライズドへの揺り戻しがあり、そのなかで多くの人が安心・安全に参加できる環境が整い、ユーザーのリテラシーも上がって、さらにディセントラライズド側もUI/UXが進化して使いやすくなることで、いよいよサトシ・ナカモトやそれに続く人たちが追い求めた「ディセントラライズドの夢」が実現するターンがやってくると思います。4月に半減期が予想されていますが、そこから2回の半減期の頃、おそらく8年後です。希望的に言えば、4〜8年後でしょうか。
──まだまだハードルは高く、先は長いということですね。
國光:すべてをオンチェーン化するといっても、まだコストもかかり、スケーラビリティも問題です。着実に進化していますが、世の中のコアを支えるベースのテクノロジーは、一朝一夕で進化するものではありません。4~8年後には、しっかりとしたものになると思います。インターネットの普及も20年、30年かかってここまで来ました。ChatGPTも、OpenAIが開発を始めてから10年かかっています。ベースのテクノロジーは、しっかりと時間をかけてようやく使えるようになるものです。
今回、暗号資産・ブロックチェーンは、いわゆる「ワイルド・ワイルド・ウエスト」(Wild Widl West:アメリカの西部開拓時代の無法地帯)と呼ばれた状況から、ウォールストリートに取り込まれる状況にあります。ただ逆に、潰されにくくなってきたとも言えます。全体的にはプラスではないでしょうか。
バブルが生み出す次の新しいイノベーション
──少しテーマを絞ると、Web3ゲームは2024年、どのような展開になると考えていますか。
國光:ゲームをプレーするユーザーと、そのガバナンストークンをトレードしている人は基本的には別です。なので、面白いゲームを作ってユーザー数を増やすと同時に、投資家にアピールしてガバナンストークンを購入してもらうことが大切です。これは既存の上場企業と同じことで、双方にしっかりアピールしていくことが必要です。
違いは、投資家にアピールする際のナラティブです。上場企業の株式であればPER(株価収益率)、PSR(株価売上高倍率)などの指標が重要になり、一方、Web3ゲームは「なぜ投資するか」「何に投資するか」というナラティブが重要になります。そして、前回流行ったナラティブはどうしても古臭くなり、皆、新しいナラティブに興味を持ちます。前回のWeb3ゲームのナラティブは2つあり、1つはPlay to Earn、もう1つはメタバースでした。次はどのようなナラティブになるかが重要です。
今、想定しているのは「AAAクオリティ」です。Web3ゲームでもAAAクオリティのゲームを出して、既存の多くのゲームファンをWeb3ゲームに取り込むことです。もう1つは「IP」。やはりIPは非常にわかりやすい。全世界にすでに何千万人のファンがいるという話はわかりやすい。IPの重要性は以前から言われていますが、今回はゲームをしない投資家にもアピールできるかどうかが重要になってくると考えています。
──ゲームのトークノミクスはどう考えていますか。
國光:トークノミクスは基本的には「ゼロサム」の考え方がベースになるでしょう。従来のトークノミクスはポンジ型、要するに新規ユーザーが入ってくることで、既存ユーザーに対するPlay to Earnが成立していました。新規ユーザーが獲得できなくなればおしまい。これはサステナブルではありません。今後はトークンは「ゼロサム」で、流通量が過度に増えることなくユーザー間を行き来する。別の言い方をすれば、トークンがインフレーションしない形のモデルを作っていくことが重要になります。
さらに言えば、単純なAAAクオリティやIPだけでは難しいとも考えています。ブロックチェーンゲームでなければ実現できないこと、ブロックチェーンゲームのユニークさが不可欠です。それは「価値の移転」です。価値の移転・交換に焦点を置き、トークンがインフレーションしないモデルを構築できたところが勝つのではないでしょうか。
我々が手がけるブロックチェーンゲーム『キャプテン翼 -RIVALS-』はサービスを開始して約1年ですが、世界中を見ても、トークノミクスが崩壊せずに1年以上続いているブロックチェーンゲームはほとんどないと思います。トークンの需要と供給のバランスを取りながら、ゲームモデルを進化させてきました。
NFTが盛り上がったときは、日本のさまざまなIPホルダーさんも積極的な姿勢になっていましたが、冬の時代になって軒並みストップしてしまいました。我々が成功すれば、また「やってみよう」という空気が生まれると考えています。Web3ゲームのグローバルでの戦いを見たとき、AAAクオリティだけでは日本勢は不利と言われることもありますが、IPを含めた話になってくると日本にとってのチャンスは大きくなります。日本には、世界的に有名なIPが数多くあり、IPの数だけチャンスがあります。
──バブルとバブル崩壊はまた試練ですが、2024年以降、期待が膨らみます。
國光:バブルにならないと、無難なプロジェクトにしか資金が集まらない状況が続いてしまいます。一方、バブルのときは、多少無茶なプロジェクトにも資金が集まります。資金を集めたところが次の新しいイノベーションを生み出す一面もあって、次のターンで新たなプレーヤーを生み出すことにつながります。今回のバブルは、4〜8年後の待望の「ディセントラライズドの夢の実現」につながっていくと期待しています。
國光宏尚
2004年5月、株式会社アットムービーに入社。同年、取締役に就任し、映画・テレビドラマのプロデュースおよび新規事業の立ち上げを実施。2007年6月に株式会社gumiを創業し、代表取締役社長に就任。XR事業やブロックチェーン事業を牽引し、2018年に代表取締役会長へ。2021年7月に同社を退任し、同年8月より株式会社Thirdverseおよび、株式会社フィナンシェ代表取締役CEOに就任。2021年9月よりgumi cryptos capital Managing Partnerに就任。2023年5月、株式会社Mint Town代表取締役CEOに就任。
|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:小此木愛里
|取材協力:水野公樹