暗号資産(仮想通貨)業界で特に先進的な人たちは、分散型物理インフラネットワーク(DePIN:Decentralized Physical Infrastructure Network)が暗号資産をメインストリームにする最初のユースケースになると考えているようだ。彼らは、NFTやステーブルコインと同様の大きな成長を予測している。
その理由は、DePINが驚くべき偉業を成し遂げることができるからだ。暗号資産のインセンティブを利用して、数百万人の参加者の足並みを揃えることで、DePINプロジェクトは、以前は不可能だった新しいプロダクトを開発できる。
ヘリウム・モバイル(Helium Mobile)は2023年12月、コミュニティ所有の5Gホットスポットを利用した月額20ドルの無制限携帯電話プランを全米で展開。レンダー・ネットワーク(Render Network)は、世界的なGPU不足の中、6カ月足らずで堅牢なパーミッションレス機械学習クラウドを構築した。
そして私の会社ハイブマッパー(Hivemapper)は、1年足らずで世界の道路の10%をマッピングした。これらはDePIN登場以前は不可能だった。
DePINはエキサイティングな未来像だが、単なる一時的な流行で終わらないためには、この分野のパイオニアから学ばなければならない。
DePINプロジェクトの最初のパイオニアは、大量の異なるモデルを実験し、多くの失敗を繰り返し、そこから学んだ。しかし、学びは記憶の彼方に消え去ってしまったようだ。過去からの学びがなければ、新しいDePINは、セクター全体に汚点を残すような好況と不況のサイクルを生み出す危険性がある。
DePINがより持続可能な道筋を描けるよう、我々が自社サービスから学んだ最も重要な教訓のいくつかを紹介したい。より広く言えば、DePINに参加しようとしている人たちにとって、これらの教訓は、DePINプロジェクトが長期的な成功を収めるかどうかを評価する際に理解すべき重要なポイントにもなる。
静的報酬の罠
大規模なプロダクトを集団で開発するよう、貢献者を奨励するために、トークンによる報酬はゲーム化される。一方、プロダクトの使用によってトークンは消費される。
DePINプロジェクトが持続可能であるためには、供給を生み出すための健全な戦略、そしておそらくより重要なこととして、プロダクトに対する真の需要が必要だ。
それがなければ、トークンに対する需要は単に投機的なもの、つまり何十億もの人々の生活に影響を与えることができる有用なインフラプロジェクトではなく、ミームコインのようなものになってしまう。
適切なツールがあれば、供給を生み出すのは簡単だ。労働に対してトークンを提供すれば良い。難しいのは、どれだけの数を提供すればいいかを見極めることだ。成長の後期にはなくなるほど多くはないが、誰も貢献してくれないほど少なくもない数が必要だ。
新しいプロジェクトは「コールドスタート」問題にも特に注意する必要がある。新しいネットワークは、1人の貢献者、あるいは100人の貢献者でさえも大きな価値を提供することはできない。需要への対応を考える以前に、まずある程度の閾値に達する必要がある。
真の需要を生み出すことはより難しい。プロダクト・マーケット・フィットを早急に見つけなければならない。我々の経験では、分散型アプローチが独自に解決できる非常に現実的なペインポイントにフォーカスすることが役に立つ。
近道をしたくなるものであり、我々が見てきた最も一般的な近道は、動的な報酬ではなく静的な報酬を採用することだ。我々はこれを「静的報酬の罠」と呼んでいる。
貢献者の付加価値の高さに関係なく、プロジェクトに関わるだけで報酬を得られるようにすれば、最初のうちは貢献者を惹きつけるのは簡単だ。しかし、静的報酬はネットワークの根本的なインセンティブ構造を壊すため、長期的には致命的になる。
もしヘリウムが、マンハッタンのような人々が住み、働く場所であろうと、デスバレーのような人口の少ない場所であろうと、すべての5Gホットスポットに同じ静的(=固定)報酬を与えたとしたらどうだろう?
人々が最も必要としている場所で受信可能エリアを強化するためのインセンティブは存在せず、通信へのアクセスを民主化し、中央集権的な大手キャリアを打ち負かすというミッションの妨げとなる。
もしハイブマッパーがすべてのドライブレコーダーに同じ静的報酬を出すとしたらどうだろう? 大惨事になるだろう。人々はどんな車にも、それこそほとんど運転しない、駐車したままの車にでさえも、ドライブレコーダーを設置することで報酬を得ることができる。
同じ車に5台も10台もドライブレコーダーを設置し、同じ地図データを何度も繰り返し撮影しながら、追加報酬を得ることができてしまう。
もしDePINプロジェクトがすべての貢献者を平等に扱うなら、つまりどこでも報酬を与えるなら、どこでもクリティカルマスを達成することはできないだろう。生産性をプロトコルの命題にする必要がある。有用でない貢献に対する基本報酬を確立し、品質にこだわり、重複した作業や低品質なデータを徹底的に拒否しなければならない。
ユーティリティトークンを使ってインセンティブを調整することは、DePINの持つ強力な力だ。しかし、プロジェクトが静的報酬の罠に陥った場合、貢献者は長期的にプロダクトを良いものにするためのインセンティブをほとんど得られなくなる。永続的な力を、短期的な成長と引き換えに手放してはならない。
動的報酬の設計
ほとんどのDePINプロジェクトにおいて、動的報酬には以下の4つの側面がある。
- 地理(インフラは、ある場所では他の場所よりも価値がある)
- 貢献者の生産性(生産性の高い貢献者は、より多くの報酬を得るに値する)
- 貢献者の質(質の高い貢献は、より多くの報酬を得るに値する)
- ネットワークの進歩(より有用なネットワークは、全体としてより多くの報酬を生み出すはずである)
ハイブマッパー・ネットワークを設計する際、我々はこのすべてを正しく理解していたわけではない。ハイブマッパー財団は、世界の特定地域のマッピングにインセンティブを与えるために過剰な報奨金を発行するなどといった誤りを真っ先に認めた。しかし、我々は着実に前進し、DePINで最も生産的なコミュニティのひとつを育成している。
実践のために、我々のネットワークでこのフレームワークをどのように使ったかを紹介しよう。
地理
我々はハイブマッパーを設計するにあたり、ある地域の顧客の需要がより良い報酬につながるようにした。マップの使用でバーン(焼却)されたトークンの100%が、データを提供した貢献者に再鋳造される仕組みだ。
我々はミントされた報酬にも同様の変更を加え、より有用な地図データを収集する地域に対して、顧客の利用が増加する前であっても報酬の倍率を追加した。
投資会社マルチコインキャピタル(Multicoin Capital)は、DePINネットワークの設計に関する素晴らしいエッセイの中で、これを「ランド・アンド・エキスパンド」アプローチと呼んでいる。
貢献者の生産性
ハイブマッパーの貢献者としての報酬は、どれだけ走ったか、そして走った道のユニークさ(または「新鮮さ」)によって決まる。このようなやり方でなければ、貢献者を新しく取り込むのはもっと簡単だろう。あまり運転しない人もいる。通勤でほとんど同じ道を走る人もいる。そのような人たちは、ハイブマッパーからそれほど多くの報酬を得ることはできないが、そうであるべきだ。
そのため、ハイブマッパーはギグドライバーやトラック運転手、商用トラックなどの採用に力を入れている。これらのドライバーは生産性が高く、受動的に地図データを収集しながら仕事をこなし、最高の報酬を得ることができる。
貢献者の質
地図を作成するには、正確な位置情報を持つ高品質のデータが必要となる。このため、ハイブマッパーでは各タイプの貢献者に評価スコアを設定している。貢献者の評価が高いほど、より良い報酬を受け取ることができる。この仕組みはうまく機能すれば、インセンティブを正しく調整することができる。
ハイブマッパーの貢献者は、正確な位置情報をマッピングするための最高の画質と最高のGPS信号を得るために、ドライブレコーダーを正しく設置しなければならない。彼らは自分の報酬を最大化するために、ネットワークのニーズに応えている。
ネットワークの進歩
ハイブマッパーの毎週の報酬プールのサイズは、マップ・プログレスと呼ばれる動的な指標に基づいており、これは、ネットワーク全体でどれだけマッピングが行われたかを測定するものだ。
多くのプロジェクトは固定されたミントスケジュールを採用しており、その結果、アーリーアダプターには多額の報酬が先行提供されることになる。
アーリーアダプターは、より大きなリスクを負い、より多くの技術的問題に対処するため、より大きな報酬を得るに値することは事実だ。
しかし、固定されたミントスケジュールでは、より多くの貢献者がオンラインになるにつれて、ネットワークがより便利になってきた途端に報酬が下がり続ける結果となる。また、アーリーアダプターと後発の貢献者との間に有害な関係が生じ、不健全に混乱を生むことにもなりかねない。
我々がこのフレームワークをオープンソース化しているのは、DePINで最も急速に成長しているコミュニティのひとつを構築するのに役立ったからだ。
我々がより少ない人数で、より多くのことができるようになった大きな理由は、先達の業績を足場としているからであり、その恩返しができればと思っている。
インセンティブ設計は容易ではない。しかし、DePIN開発者が集中力を維持し、ステークホルダーが彼らに責任を負わせるならば、我々はDePINの可能性に応え、人類の重要なインフラの多くが、それを使用する人々によって所有され、運営される世界を築くことができる。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Greg Rosenke/Unsplash(CoinDeskが加工)
|原文:The Key to Building Sustainable DePIN