半導体工場、暗号資産、ステーブルコイン、ゲーム、大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)、サウジアラビア……世界経済の成長の源泉となる領域で大胆に仕かけるSBIホールディングスは昨年、幾度となくビジネス誌を賑わせた。
なかでも、SBIがサウジアラビアの国営エネルギー会社「アラムコ(Aramco)」と結んだ業務提携に向けた合意が具体化すれば、半導体だけでなく、金融やデジタルアセット、ブロックチェーン、ゲームなどあらゆる業界にインパクトを与えることになる。
サウジはオイルマネーで潤ってきた王国だが、現在「サウジ・ビジョン2030 (Saudi Vision 2030)」と名づけた国家戦略を掲げ、国家のデジタル化を徹底的に進めながら、金融、ヘルスケア、産業創出、教育、人材育成、都市・住宅開発、投資などのあらゆる分野で次世代の王国の基盤作りを加速している。
北尾吉孝 会長兼社長率いるSBIはいかに、時価総額2兆ドル(約290兆円)を超える世界最大のエネルギー会社アラムコとの交渉を進めたのか? 東京・六本木にあるSBI本社の会議室で、北尾氏に話を聞いた。
北尾氏のサウジ外交、場所は日本
──SBIが2023年に発表した案件の中で、アラムコとの基本合意は特に注目している。半導体工場の建設や、デジタルアセット領域での業務提携が具体化すると、グローバルにインパクトを与えるものになると想像するが?
北尾:僕は2カ月半の間、50~60人のサウジの人たちに対して徹底的に外交してきた。幸い、先方が(日本に)来てくれた。大臣が来たりもした。どうして彼らはそこまで力を入れるのかということだ。
(1970年代の)オイルショックの時、僕はサウジによく行った。当時は野村證券に勤務していた時期だが、世界の金がサウジやクウェートなどに集まっていた。その資金を還流することはできないだろうかということで、日本株や日本の債券を売る仕事をやっていた。
その時以来、サウジやクウェート、アブダビとの縁が切れてしまったが、また復活してきたわけだ。そして、過去を凌駕するほどの資金が中東に集まり、中東の社会のあり方が大きく変わってきた。特にサウジの社会変革は大きく、これをけん引しているのがムハンマド皇太子(ムハンマド・ビン・サルマン皇太子)だ。
例を挙げると、サウジの女性たちの生活は、西側諸国に比べれば、あらゆる面で制限があった。しかし、今では自動車を運転することや、働くこともできるようになってきた。当然、国の労働人口は増え、サウジの経済構造は大きく変わっていく。
アラムコ(Aramco):2019年にサウジ証券取引所に上場し、当時時価総額で米国のAppleを抜いて世界一の企業となった。その後、石油化学大手のサウジ基礎産業公社(SABIC)の株式の過半数を取得し、事業の多様化を図った。2022年度の年間売上高は約5350億ドル(約77兆円)で、約1610億ドル(約23兆円)の純利益を計上。日本が輸入する原油の約38%はサウジ産で、アラムコが石油元売り各社に販売している。
SBIの半導体工場の建設計画:SBIと台湾のPSMC社は2023年10月、宮城県黒川郡大衡村を半導体ファウンドリの建設予定地に決定。既に日本国内での半導体ファウンドリ設立に向けた準備会社「JSMC」を設立し、工場の建設地の検討を進めてきた。SBI、PSMC、JSMC、宮城県は、政府から一定の補助金を得ることを前提として、工場の建設に向けた合意書を締結している。ファウンドリとは、半導体の製造工場及び、発注元の半導体メーカーから設計データを受け取り、その設計に沿って半導体チップを製造する企業のこと。
アラムコとの基本合意:SBIとアラムコは現在、3つの項目での業務提携を検討している。①日本とサウジアラビアにおける工場の設立などの半導体領域への投資に関して、具体的なプロジェクトを立ち上げる。
②デジタルアセット領域における協業と、双方のデジタルアセットに関連する投資ポートフォリオを活用した共同投資。
③サウジアラビアでの事業拡大に関心を持つ、デジタルアセット領域の日系スタートアップを発掘し、その進出と成長を支援する。
「半導体は産業のコメ、皇太子が一番望むもの」
「中東が変われば、世界は変わる」と考え、中東戦略を強めていくことになったわけだ。ちょうど僕のところはこれから半導体を始める。クラウン・プリンス(ムハンマド皇太子)が一番欲しているのは半導体だ。石油の次に自国でどんな産業を作るかを考えたとき、半導体は産業のコメ(米)だ。何を作るにも半導体が必要なわけだ。
この2か月半の間、集中して話し合いを進めた。今後はもちろん、締結したメモランダム(基本合意)を具現化していく。サウジに半導体工場を作るというアイデアも、こちら側から提示した。
──アラムコとの基本合意には、デジタルアセットに関連する業務提携がある。例えば、原油や石油製品などの資産をトークン化して、取引がデジタルにできるようなことは考えられるのか?
北尾:今回サウジからは、鉱山開発やアルミニウム生産会社の幹部を含む十数人が来られた。各業界の方々に対して僕たちはそれぞれ(事業)提案を行った。例えば、サウジには現在、PTSが存在しないから、これを作りましょうとか。
PTSとは:Proprietary Trading Systemの略で、証券取引所を介さずに株式などの資産クラスを売買できる私設取引システムのこと。SBIが株主で、北尾氏が会長を務める大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)は、株式のPTSと、不動産などを裏付け資産とするセキュリティトークン(ST)のPTSを運営している。
僕たちも社内からそれぞれの専門家を総動員して、あらゆる提案を行った。(ブロックチェーンを基盤に)トークン化、デジタル化することで、石油を含むサウジの産業が大きく変わると思う。
僕が10年若かったら、もっともっとエネルギッシュに色々なことができたと思う。もうすぐ73歳になろうとしている。あまりやり過ぎても、後の人たちが困るだろうとも思っている。まずは、リヤドに我々のオフィス、SBIミドルイースト(SBI Middle East)を作る。
──仮にリヤドにデジタル取引所が開設したとき、それを日本の大阪デジタルエクスチェンジと繋ぐことになるということか?サウジで金融資産をトークン化する場合、どんなものが対象になると考えているか?
北尾:全部つなぐよ。そのために、僕たちはシンガポールやドイツのシュツットガルト、スイスの取引所と提携をしてきた。今後も他の海外の取引所とも提携しようと思っている。
(サウジにおいて資産のトークン化を考えるとき)いろいろなものがあり得るだろう。土地の値段はものすごく上がっている。サウジの新規株式上場を見ていても、株価は安定しており、莫大な資金がサウジに流れ込んでいる。ものすごいマーケットになっている。
SBIと海外の取引所との連携:SBIとスイス証券取引所(SIX)はシンガポールに合弁企業「AsiaNext」を設立し、既にシンガポール金融庁(MAS)から運営ライセンス(RMO)を取得している。また、SBIは2019年に、ドイツ・シュツットガルトに本社を置き、欧州でデジタルアセット関連の事業を行う「Boerse Stuttgart Digital Exchange」と「Boerse Stuttgart Digital Ventures」に出資を行った。
僕のなかでは、(サウジ事業については)8合目まで来たのかなと思っている。あとは、半導体をきちっと進めていけば、ある程度は見えてくるだろう。サウジの半導体工場建設に、僕たちと台湾がどう入っていくかということだ。
北尾氏が2024年に資産のトークン化で注目する3つのこと
──北尾さんが「トークナイゼーション(資産のトークン化)」の分野で2024年に最も注目しているものは?
北尾:仮想通貨から始まって、僕は長い間ブロックチェーンにかかわるところで、業界でもリーダーシップを取ってやってきた。いよいよ本格的な動きが出てきた。1つ目はETFがどうなるかだ。
これによって、世界中の資産運用会社が運用の中に仮想通貨を取り組んでいくかが決まってくる。2つ目に、ステーブルコインをどういうふうに扱っていくかが今年の大きなポイントになってくる。
ビットコイン現物ETF:世界最大の資産運用会社ブラックロックを筆頭に、米国では複数の資産運用会社がビットコイン現物ETF(上場投資信託)の上場申請を提出した。米証券取引委員会(SEC)は今月(1月)にも同申請に対して、承認するか否かを決定すると言われている。ビットコイン現物ETFが上場されれば、投資家はビットコインを保有せずとも、ビットコイン価格に連動するETFに投資することが可能になる。
ステーブルコイン:米ドルなどの法定通貨に連動し、ブロックチェーン上で流通するデジタル通貨のこと。世界の暗号資産市場では、テザー(Tether)が発行する米ドル連動の「USDT」と、米サークル(Circle)が発行する「USDC」が広く利用されている。サークルにはブラックロックやゴールドマン・サックスなどが出資しており、同社のステーブルコインは、現金と米短期国債などで構成される準備金に裏付けされている。
SBIとサークル:2社は2023年11月に包括的業務提携に向けた基本合意を締結し、日本国内で「USDC」の普及を目指していく。SBI VCトレードは今後、電子決済手段等取引業の登録を目指し、USDCの取り扱いを行う計画だ。
3つ目はセキュリティトークン(ST)。これは新しい金融商品が誕生したということ。不動産の小口化というものは昔から存在したが、ブロックチェーンを使って、それをさらにレベルアップした商品ということになる。一般の人たちが投資しやすい商品に改良されるということだ。
現在、不動産を裏付け資産とするSTが先行しているが、これからは様々なアセットがトークン化される時代に入っていく。SBIでは、このデジタル領域は今まで以上に力を入れていく。
2024年は革新の年となるだろう。様々な分野で革新がなされているが、常に抵抗勢力や摩擦軋轢(あつれき)というものは常にある。それを物ともせず突き進んできたのが、我々のグループだ。今後もまた一層突き進んでいく。
|インタビュー・文:佐藤茂
|写真:小此木愛里