世界の金融取引に、ブロックチェーンをベースにしたトークン化技術とスマートコントラクトを導入して、安価で、自動化された次世代のデジタル金融システムを作ろうとする動きが強まるなか、野村ホールディングスのスイス子会社が、この取り組みをさらに一歩前に進めた。
スイス・チューリッヒに本社を置き、暗号資産やデジタル資産関連の事業を行うレーザー・デジタル(Laser Digital)は1月、「WebN Group」と呼ばれる企業と共同で、オルタナティブ資産の流通・取引を抜本的に効率化する機関投資家向けWeb3インフラ、「Libre(リブレ)」を始動させると発表した。
リブレは、トークン化とスマートコントラクトを利用して、オルタナティブ投資の流通・取引におけるライフサイクルを、法規制に準拠しながら、自動的に管理できるように設計されているという。資産運用会社や、企業や資産家などに資産運用のアドバイスを行うウェルスアドバイザーなどが行う業務を、安全に合理化することができる。
WebNは、ブロックチェーンを基盤にした分散型アプローチの金融テクノロジーを提供する組織で、その後ろ盾には、ヘッジファンドの運用を手がけ、ビリオネアとしても知られるアラン・ハワード氏がいる。ハワード氏は、イギリスのヘッジファンド管理会社、ブレバン・ハワード(Brevan Howard)を2002年に共同創業した人物だ。
計画では、ブレバン・ハワードと、米オルタナティブ投資管理のハミルトン・レーン(Hamilton Lane)が最初にリブレを利用する。また、リブレには、イーサリアムブロックチェーンの拡張を目的とする「レイヤー2」と呼ばれるブロックチェーン、ポリゴン(Polygon)が採用された。
ブレバン・ハワードは2021年に、デジタル資産事業部「ブレバン・ハワード・デジタル」を開設し、ブロックチェーンを基盤技術にする暗号資産や、他のデジタル資産を組み入れた投資機会を機関投資家に提供している。
スマートコントラクトとは:ある契約・取引について、特定の条件が満たされた場合に、決められた処理が自動的に実行されるといった、契約履行管理の自動化のこと。ブロックチェーン上に記録された実効性のある取引・契約について、その発効などの条件をプログラムとして記述し、履行管理を自動化することで、様々な業務をシームレスに繋げられる。(出典:日立製作所)
オルタナティブ資産とは:上場株式や債券といった伝統的資産と呼ばれるもの以外の、比較的新しい投資対象や投資手法のこと。オルタナティブは英語の「alternative」で、「代替の」という意味。投資対象としては、農産物・鉱物などのコモディティ、不動産、未公開株や先物、オプション、スワップなどの金融デリバティブなどの取引があげられる。また、銀行や企業に貸し出す従来の銀行融資とは異なり、銀行以外の投資ファンドなどが企業に直接融資するプライベートクレジットも、オルタナティブ資産に含まれる。(出典:SMBC日興証券)
リブレ(Libre)、本社はアブダビに設立へ:サーラCEO
一見すると、「Libre(リブレ)」は、メタ(旧フェイスブック)が数年前に一時的に開発を進めたデジタル通貨プロジェクトの「Libra(リブラ)」と似ているが、もちろん2つは無関係だ。
リブレは、野村のレーザー・デジタルとWebNが共同事業パートナーとなり、2023年2月頃から開発を進めてきた。創業CEOはアヴター・サーラ(Avtar Sahra)氏で、物理学・素粒子論で博士号を取得した後、金融の世界に入ってきた人物。
「ウェルスマネジメントにおいて、資産運用会社と販売会社をつなぐ卓越したB-to-Bプロトコルになることが、リブレの目的だ。既存の資本市場をオンチェーン(ブロックチェーン上)に移し替えることを促していきたい」とサーラ氏は、コインデスク・ジャパンの取材で述べた。
「これは2014年頃から構想してきた私の挑戦でもある」
ウェルスマネジメントとは:個人が保有する資産を適切に管理するサービスのこと。富裕層向けに欧米で行われてきた金融サービスで、近年は日本でも富裕層や経営者を中心に提供されてきている。(出典:三菱UFJ銀行)
リブレがまずオルタナティブ資産市場に着目した理由について、サーラ氏は「近年のマクロ経済環境の変化によって、オルタナティブ市場での成長機会は増加傾向にある」と説明する。
「機関投資家が資産ポートフォリオを最適化する上で、オルタナティブ資産を加えることは必要不可欠だ」
サーラ氏によると、リブレは今後、本社をアラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビにある国際金融センター「アブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)」に設立し、同氏もアブダビを拠点に開発を進めていく。
巨大資金の流入が見込まれるオルタナティブ市場
サーラ氏の見立てと合致しているのが、米銀最大手JPモルガン・チェースと、コンサル大手のベイン(Bain & Co)が昨年12月にまとめたレポートだ。ベインが2022年に行った調査によると、機関投資家に限らず、超富裕層に属する個人投資家の多くが、オルタナティブ資産への投資機会を求めているという。
その上で、JPモルガンとベインの共同報告書は、オルタナティブ資産を扱う業界がブロックチェーンをベースにしたトークン化を進めた場合、4000億ドル(約58兆円)規模の新たな収益機会が生まれる可能性があると述べている。
この背景には、これまで機関投資家を主対象にしてきたオルタナティブ資産の運用業務が、特定の機関投資家のニーズに合わせ、その多くが手作業で行われ、業界内の複数の業務が分断されていることがある。
仮に、一定の資産を持つ個人投資家にオルタナティブ資産の運用サービスを提供するケースが増えると、業界を横断的にオートメーション化する必要性はさらに増してくる。
世界の総資産約290兆ドルのうち、個人が保有している資産は150兆ドルで、オルタナティブに投下されている個人資産は現在、わずか5%。
ブラックストーン(Blackstone)やカーライル(Carlyle)、アポロ(Apollo)など、オルタナティブ資産を運用する米国企業は、富裕層に属する個人投資家にフォーカスしたサービス提供の検討を本格化している(同JPモルガンとベインの報告書)。
野村のデジタル部門を統括する池田氏の見立て
一方のレーザー・デジタルは、野村が2022年に立ち上げた子会社で、機関投資家向けのデジタル資産の運用サービスとトレーディング、スタートアップ投資の3つを事業の柱に置いている。昨年には日本法人を開設するなどして、レーザー・デジタルのグローバル展開を見据えた準備を進めてきた。
野村は社内に「デジタル・カンパニー」と名付けた組織を作り、暗号資産やデジタル資産に関連するビジネス基盤の整備を主導してきた。デジタル資産の保管・管理を行う機関投資家向けサービス「コマイヌ(Komainu)」の開発に加えて、レーザー・デジタルの開業もデジタル・カンパニーが手がけたプロジェクトだ。
デジタル・カンパニーを統括する池田 肇(いけだ・はじめ)氏は昨年12月、コインデスク・ジャパンの取材で、レーザー・デジタルの人員を2024年中に世界で100名程度まで増やす考えを明らかにしている。野村は、従来の金融サービスでカバーできなかった部分をブロックチェーンなどのテクノロジーを活用することで、デジタル金融商品を扱った新たな投資家体験を作り上げていく方針だ。
池田氏は、「ブロックチェーン、AI、オルタナティブ。近未来のデジタル資産事業において、我々はこの3つに注目している」と述べている。
|インタビュー・文:佐藤 茂
|編集:CoinDesk JAPAN編集部
|画像:Libreのアヴター・サーラ(Avtar Sahra)CEO(提供:サーラ氏)