リップル・ラボ(Ripple Labs)の最高技術責任者(CTO)、デビッド・シュワルツ(David Schwartz)氏は、暗号資産(仮想通貨)業界の一部、特に暗号資産エックス・アール・ピー(XRP)のファン、いわゆる「XRPアーミー」の間で、教祖のように敬われている。
しかし、リップル・ラボが作成したブロックチェーンのXRPレジャー(XRP Ledger)には、ビットコインやイーサリアムの純粋主義者から米証券取引委員会(SEC)に至るまで、批判的な人たちがいる。
リップルがSECとの長年の法廷闘争で6カ月前に勝利を収めたとき、その結末は同社の長年の閉塞感に終止符を打った。
法廷闘争によってリップルは、XRPレジャーとXRPを利用した機関投資家向けのクロスボーダー決済プラットフォームのRippleNetに、銀行や他の顧客を引き付けることが難しくなっていた。
だが、普及を妨げたのは訴訟だけではない、設立以来、リップルとXRPレジャーは、ビットコインやイーサリアムなどの代表的な暗号資産とは違って、開発者の支持を集めることができなかった。だが法的勝利は、より多くの開発者を仲間に引き入れる可能性がある。
シュワルツ氏へのインタビューでは、これらが話題にのぼった。シュワルツ氏は、SECに対する勝利の余波、XRPの熱狂的なファンとの関わり方、XRPレジャーの分散化アプローチなどについて語った。
訴訟の影響と普及具合
──リップル・ラボに対するSECの訴訟が解決した今、銀行や金融機関への普及は進んでいるか?
シュワルツ:金融機関によるブロックチェーンテクノロジーの採用、具体的にはブロックチェーン上でやり取りすることの採用は遅れていると思う。制裁のスクリーニングなど、多くのハードルが存在する。しかし、レイヤー1テクノロジーとそれほど緊密に結びついていないテクノロジーの普及は急速に進んでいる。
RippleNetは、XRPとデジタル資産で決済を行う。デジタル資産はXRPレジャー上を移動する。これはある意味で、ブロックチェーンを採用しているが、金融機関のブロックチェーンテクノロジーの採用を困難にしている要因を切り離している面もある。
金融機関がDEX(分散型取引所)のようなXRPレジャーの機能を利用しようとするとき、規制遵守が非常に難しいという障壁が存在する。
現在、XRPレジャーの普及は目覚ましい。1000以上のプロジェクトがあり、XRPL Commonsのような新しいステークホルダーがいて、ハッカソンも行われている。しかし、それはボトムアップからの普及のインフラといえる。トークンを除いては、金融機関によるトップダウンの採用はあまりないと考えている。
──SECの提訴は、貴社の顧客獲得にどのような影響を与えたか?
シュワルツ:取引所がXRPを上場廃止にしたことは、わかりやすいことであり、非常に大きな影響を与えたと思う。レイヤー2やサイドチェーンの開発においては、XRPは誰でも簡単に入手でき、保有できることがアピールポイントだった。
独自トークンを開発した場合、それをどうやって人々に届けるのか、人々はどうやって売るのかという大きな問題を抱える。例えば、あなたが新しいトークンで新しいブロックチェーンを始め、私はあなたにあらゆるインフラを提供し、新しいトークンで支払いを受けるとしよう。私がそのトークンを売ることは、自分自身とあなたのプロジェクトの首を絞めることになる。
XRPをトークンに使えば、流通を心配する必要はない。すでに流通しているからだ。もし人々がXRPを簡単に手に入れ、保有することができなければ、売り込みには意味がない。
コインベース(Coinbase)でアカウントを開設し、XRPを購入・保有できないのであれば、そうした戦略にとって大きな障害となる。実際にそのような事態になり、間違いなく影響があった。
意外なことに、RippleNet側では、想像していたほどの影響はなかった。なぜなら、私たちが行っていた取引のほとんどはアメリカではなかったからだ。マネーグラム(MoneyGram)はおそらく特筆すべき例外だろうが、意義ある取引高のほとんどはアジア太平洋地域と中東にある。
──XRPレジャーにスマートコントラクトのような機能を追加する「Hooks」と呼ばれる新機能のテストを開始したと聞いている。その機能のロードマップと、その重要性は?
シュワルツ:Hooksを開発しているチームとは、我々はほとんど関わりがない。彼らと何度か会って、「素晴らしいじゃないか」と言った。しばらくの間、彼らはXRPレジャー自体が採用するものかもしれないと考えていたし、今でもその可能性はあるが、そうなると非常に大きな変化となる。
2つの意味で非常にリスクが高い。1つは、もしXRPレジャーを壊すような問題があれば、それは多くの人々にとって数十億ドル規模の問題になるということ。その意味でリスクが高い。そしてもう1つは、我々はXRPレジャーを決済に最適なものにしたいのだが、Hooksはよりイーサリアムのようなものにする可能性があるということ。
彼らはXRPレジャーのテクノロジーを使って独自のネットワークを立ち上げ、それがどの程度機能するかを見ていくことになる。しかし、もし非常にうまくいき、他の用途のためにネットワークを劣化させないことが証明されれば、1年か2年のうちにXRPレジャーのメインネットに追加する提案がなされるかもしれない。
熱狂的ファンや開発者との関係
──リップル社は歴史的に、XRPトークンの熱狂的なファンである「XRPアーミー」とのつながりから生じる評判の問題があった。熱狂的なファンを持つことで何か課題はあるか?彼らがあなたやXRPレジャーの開発者に寄せる期待に苦労しているか?
シュワルツ:それは間違いなくありがたいことだが、苦労もある。上場企業でもないのに熱心なファンがいるのは素晴らしいことだと思う。テスラやアップルのような会社に匹敵するようなファン層を持つのは不思議なことで、会社のやることなすことすべてを追いかけ、会社の内部の動きをすべて追いかける人たちがいる。そういうファンが、テスラやアップルにもいて、場合によっては、奇妙な狂気を投影することもある。
度を越してしまうと、開発をして、建設的でありたいと考えている人たちに悪い印象を与えることもあると思う。
問題は、私が人々と関わると、私が彼らを煽っていると批判されることだ。しかし、もし私が関わらなければ、人々は「あなたは問題を無視している」と言う。「やってもやらなくても、文句を言われる」ということになっている。
正直に言うと、誰かが何か間違っているようなことを言っていたとしても、私には正確にはわからない。例えば、誰かが「アマゾンが明日、XRP支払いへの対応を開始する予定だ」と言ったとしても、それは間違いなく嘘だろう。でも、まったく可能性がないわけじゃない。
つまり、可能性はきわめて低いと思われるが、もし誰かが頻繁にそのようなことを言ったとして、そのうち1回が真実で、その後に私が真実ではないと言ったらどうなるだろうか?
誰かが私の発言に基づいてデジタル資産を売買することになる。あり得ないようなことが起こるので、常に細心の注意を払わなければならない。
──イーサリアムの開発者、ソラナ(Solana)の開発者、コスモス(Cosmos)の開発者などから多くの話を聞くが、少なくともしばらくの間、リップルは開発者の会話に含まれていなかったように感じる。それはなぜだと思うか?
シュワルツ:あなたの言う通り、この業界では、ボトムアップ的な成長を遂げるには、開発者を自社のプラットフォームに取り込むことが必要だと思う。
ビットコインが多くの開発者を獲得できたのは、長い間ビットコインしかなかったからだ。この分野で働きたければ、ビットコインしかなかった。そしてイーサリアムでは、ヴィタリック・ブテリン氏が「このプラットフォーム上では何でも開発できる」と宣伝し、イーサリアムバーチャルマシン(EVM)が標準になった。
XRPレジャーに関しては、開発には定められた役割がある。例えば、すでにDEXがあるため、DEXを開発することはできない。NFTプラットフォームもすでにあるため、NFTプラットフォームを開発することはできない。そのため、開発者にとってはあまりエキサイティングなものではないようだ。すでに最適な機能を備えてしまっているから。
人々に使ってもらいたいものには最適なのだから、その方がいいと思うが、実際には逆に開発者をエコシステムに取り込むことを難しくしている。
決済のためのブロックチェーン
──あなたは以前、異なるチェーンが異なる強みとユースケースを持つ、マルチチェーン暗号資産エコシステムに移行しつつあると語っていた。このような異なるニッチや専門分野について考えるという点で、XRPレジャーは最終的に、決済における勝者になるということだろうか?
シュワルツ:私は間違いなく、XRPレジャーがクロス通貨決済と流動性供給の勝者になるべきだと考えている。XRPレジャーはそのために開発され、すべてがその特定のユースケースのために最適化されているからだ。もしXRPレジャーがそこで失敗したら、それは進化していく中で皆が思い描いていた特定のユースケースについて失敗するということで、グーグルが検索で失敗するようなものだ。
しかし、スマートコントラクトチェーンや、現実資産(RWA)のトークン化、カーボンマーケット、トークン化された証券、ステーブルコイン、その他あらゆるユースケース向けに最適化されたチェーンを伴って、システムが発展する可能性もある。
XRPレジャーがハブとなり、その周辺にこのようなユースケースが広がっていくことも想像できる。私は、失敗するよりも別のユースケースで成功する方を選ぶだろう。
──あなたはリップル社のテクノロジーを、政府が支援するCBDC(中央銀行デジタル通貨)を動かす潜在的なプラットフォームとして売り込んでいるが、暗号資産の世界には、ブロックチェーンがそのような形で使われることに反対する声高なリバタリアン(自由主義者)もいる。そのような暗号資産の精神と、あなたの戦略はどのように折り合いをつけているのか?
シュワルツ:アメリカに住んでいるなら、反対することは非常に理にかなっている。しかし、何が起きているかというと、世界には理由もなく口座を閉鎖される人がいる。暗号資産に触れただけで、口座が閉鎖されてしまう。何の申し立てもできない。彼らは法律を破ったわけではない。
政府が運営する場合、実際には適正手続きの権利がある。もし政府が私の銀行口座を閉鎖しなければならないとしたら、私は法廷で異議を申し立てることができるだろう。証拠を提示するよう要求し、証人に反対尋問することもできる。民営のシステムではそのようなことはできない。
だから、逆説的ではあるが、よりリバタリアン的な立場としては、政府が運営すべきということになるだろう。
中央集権的という批判に対して
──リップルは他のブロックチェーンよりも中央集権的だという批判にはどう答えるか? ここ数年、イーサリアムやビットコインを中心に、異なるコンセンサスメカニズムを持つチェーンが続々と登場しているが、世界はあなたの技術的アプローチをより快く受け入れるようになっていると感じるか?
シュワルツ:そう思う。人々が発見したのは、これらのテクノロジーが問題なく機能するということだろう。ブロックチェーンでやりたいことはほとんどすべて、すべてのトランザクションが公開されていることを誰もが知っていることで実現できる。
すべての状態が公開され、すべてのトランザクションが何をするのかを誰もが知っている。コンセンサスメカニズムが絶対に必要なのは、トランザクションを合意された順番に並べるときだけだ。そうでなければ、「サム」と「ブラッド」に同じ単位の通貨を送ることができてしまうだろう?
議論のために言っておくが、我々のコンセンサスが分散型だと私があなたを説得することは決してないとしよう。私はそうは思わないが、あなたがそう考えているとしよう。
私たちがコンセンサスにさせていることは、トランザクションの順序付けだけだ。それ以外のことは何もしない。例えば、報酬を分配することもない。もちろん、コンセンサスは無効なトランザクションを有効だとは言えないし、有効なトランザクションを無効だとも言えない。誰もが知っているからだ。
では、トランザクションを並べるだけなら、トランザクションの順序付けが完全に中央集権化されていたとしても、それは大きな問題だろうか?
──もっと分散化されたトランザクションの順序付けを望むケースもあるのではないだろうか? 他のトレーダーを出し抜くためにトランザクションを順序付ける人がいるとしたら?
シュワルツ:イーサリアムは設計上、それを可能にしている。もしその懸念が残っているとしたら、イーサリアムはそれが最も苦手ということになる。XRPレジャーでは、少なくとも設計上、単一のエンティティがそれを行うことはできない。
どの程度分散型である必要があるのか? 必要なのは、あなたを騙そうとする共通のエンティティの支配下にないすべてのバリデーターだ。
──リップル社の場合、パーミッション型のバリデーターの一団があなたを騙さないと、ある程度の信頼を置く必要があるように思えるが?
シュワルツ:バリデーターが悪意ある方法でトランザクションを並べた時点で、コミュニティはそれを支持するかどうかを決めなければならない。
検閲とビットコインも同じだ。「マイナーは検閲ができる」と言う人もいるが、実際にはそうではない。もし彼らが検閲したら、コミュニティはビットコインをプルーフ・オブ・ステークに切り替えることができる。相互確証破壊だ。
XRPレジャーでも同じことが起こるだろう。XRPレジャー上に、政府がテロ組織だと言っているアドレスが存在し始め、一部のバリデーターがそのような取引を許可しないようになったとする。そうなるとスピードが落ち、安定しなくなり、最終的にはそういった人たちが入り込めないようになる。そんなことが起こるかもしれない。
コミュニティは、「他の法域からバリデーターを選ぶのか? それとも、その方がシステムの価値が高まるから、それでいいよ」と言うのか。もしかしたらフォークするかもしれないが、まったく同じことが起こるだろう。
XRPレジャーは中央集権化されているから、このような懸念があると言うが、同じことだ。バリデーターのコントロールの問題は、これらの問題のいずれにも影響しない。
私が思うに、非常に高価なシステムを売りつけようとする人たちが、その特徴をすべてメリットとして描いている。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:リップル・ラボのCTOデビッド・シュワルツ氏(Ripple)
|原文:Ripple’s David Schwartz Talks ‘Bottom-Up Growth’ on XRP Ledger, Rebuts Critics: Q&A