「普通の人」と暗号資産(仮想通貨)マニアの間に理解の差があることの証拠がもっと欲しければ、先日、ドイツ銀行が2000人の個人顧客を対象に行った調査結果を見ればよい。
最も驚くべき結果は、回答者の3分の1が年末までにビットコインが2万ドル(約294万円、1ドル147円換算)を下回ると見ていることですらない。
ちなみにこの金額は、現在の価格の半分以下であり、他の強気予測同様、ETFによる需要が今年4月に予定されている次の「半減期」後の供給減少に拍車をかけると見ている、投資家アンソニー・スカラムッチ(Anthony Scaramucci)氏の目標価格17万ドルには程遠い。
そして、私が注目したのは、ビットコンの「存続可能性」に関する回答だ。ビットコインが今後数年のうちに消滅すると答えた人の方が、ビットコインが存続すると答えた人よりも多かった。
この記事の読者層を考えると、「ビットコインは終わり」というミームの再来を頭に浮かべながら、今まさに「信じられない」と首を振っている人もいることだろう。ビットコインの「死亡宣告」を集計する有名なウェブサイトが指摘しているように、ビットコインは2010年以降、すでに475回終わっている。
しかし、問題は我々にある。これだけ長い間、何度も復活して否定派が間違っていることを証明し、金融危機後の時代で最高の投資となった13年間の実績にもかかわらず、人々がまだ「ビットコインはまもなく消滅する」と考えているのは、この業界の働きかけとコミュニケーションの大失敗を象徴している。普通の人たちが理解できるように、ビットコインを説明することができていなかった。
誤解
この点では私も同罪だ。この理解不足に対して嘲笑や苛立ちを感じるのは簡単だが、そのような態度こそが、一般の人々の信頼を勝ち取り、この複雑で馴染みのない概念を理解してもらうことをさらに困難にしている。
ドイツ銀行の調査結果を読んで私が直感的に思いついた反論はこうだ。
「そうなのか、みんな! ビットコインが今年終わる? 正確にはどうやって? 誰がビットコインを止めるんだ? ビットコインのオープンソースコードベースの強制停止スイッチを持つ個人も企業も存在しない。関わっているすべての人の集団的な行為によって、有機的に止めてしまうとでも言うのか? マイナー、開発者、投資家、ユーザーなど、ビットコインに時間と労力を投資してきた何千万人もの人々の1人1人が、互いに協調する術を持たず、同時にビットコインから手を引くとでも? なるほど…」
ビットコインが終わるという予測がこれほど腹立たしい理由のひとつは、ビットコインの核となる価値提案である「ビットコインをシャットダウンすることはできない」という明白な性質と矛盾しているからだ。
政府、銀行、インターネットプラットフォームなど、他のあらゆるものがハイジャックされる可能性のある世界において、「止められない」は強力なアイデアだ。
私たちは信じられないような発明を目の当たりにしている。変更不可能な、数学に基づいた、我々の価値の伝達を追跡するシステムが、誰の妨害や検閲にも完全に対抗して、10分ごとに新しい記録のブロックを予測通りに刻んでいく。人々は本当に驚嘆すべきだ。
しかし、ほとんどの人はそう思わない。普通の人は感心していない。
それはあまりにも抽象的なアイデアだからかもしれない。普通の人に具体的な利益はあるのだろうか? その人はドルを持っていて、それは多かれ少なかれ機能している。政府には不満かもしれないが、その通貨制度は受け入れている。
検閲に強く、非政治化された価値交換の形態が、国民国家による依存システムを超越した地球規模において人間の主権をどのように支えることができるのか、という大きな問題を考えることは、普通の人の日々の生活にとって意味がない。
不信
普通の人に必要なことは、何かを信頼することだ。そして悲しいことに、暗号コミュニティからは信頼を得ることができない。
理解できないものを売りつけられたら、普通の人は相手を信用する前に、より高い基準を突きつける。そして、理解できないものに関連した人々の行動が普通の人の持つバイアスを呼び起こすとき、普通の人は売りつけてくる人、そして彼らが売りつけてくるものは信頼できないと結論づけるだろう。
騒々しさ、虚勢、「月まで届くほどの高騰」や「貧乏なままでいることを楽しんで」といったミーム、派手さ、執念……これらは正当化できようができまいが、普通の人がビットコインを信じることを一段と難しくしている。
シンプルで共感できるメッセージが必要だ。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ロシアにあるBitClusterマイニングファームに設置された金属スクラップ製のビットコインの彫像
|原文:Why People Still Think Bitcoin Will Die