新紙幣、発行──渋沢栄一の未来志向が「見えない未来」を切り開く【再掲】

7月3日、新紙幣が発行される。新一万円札の「顔」に選ばれたのは、NHK大河ドラマの主人公にもなった渋沢栄一だ。第一国立銀行(現在のみずほ銀行)など、生涯で約500の企業を設立し、「近代日本経済の父」と呼ばれる栄一は、経済的利益の追求だけでなく、社会全体の利益や幸福の大切さを訴えた。いわゆる「道徳経済合一説」だ。

栄一の玄孫(5代目の孫)で、シブサワ・アンド・カンパニー代表取締役、コモンズ投信会長の渋澤 健氏は、栄一の講演などをまとめた『論語と算盤』は、経営本に留まることなく、当時の日本を憂いた激励書だと語る。富の分散や分配、DAO(分散型自律組織)など新しい組織の基盤となるブロックチェーンは渋沢栄一の考え方と通じるものがあるのではないか。渋澤 健氏に今の日本の現状や可能性について聞いた。

(新一万円札/出典:国立印刷局ホームページ)

逆ピラミッド型へ、人口動態の激変

──今の日本の現状、特に経済の状況をどのように捉えておられますか。

渋澤:日本は明らかに新しい時代に入っていると思っています。かつての日本の成功体験は、人口動態がピラミッド型だった時代もので、多くの若い世代がシニア世代を支えていました。「多くの若い世代」というのは、今でいう「団塊の世代」です。その構造が1980年代まで日本国内の経済を押し上げ、海外にも進出した時代でした。「メイド・イン・ジャパン」がブランドになった時代です。

その後に「日本バッシング」が始まり、日本人は「ごめんなさい。あなたの国で作りましょう」と、「メイド・バイ・ジャパン」という、ある意味では賢い、合理的なモデルを採用しました。平成の時代は「バッシング」から始まりましたが、気づいたら「パッシング」になっていった30年だと思います。

その30年の人口動態を見てみると「団塊の世代」と「団塊ジュニア」の2つの大きな山があり、ひょうたん型の人口動態がそのまま上に推移していった30年でした。ところが2020年頃になると人口動態は大きく変わってきます。

実は、2008年にコモンズ投信という会社を仲間たちと立ち上げたときから、ずっと人口動態に着目していて、2020年頃には一気に「逆ピラミッド型」になる日本の社会構造の激変を認識していました。この変化は、毎日の生活の中ではあまり感じませんが、数百年単位で見ると、短い期間にものすごい変化が起きています。赤ちゃんが一気に増えて人口が増えることもありますが、富を築いていた世代が一気に減ってしまって、人口動態が「逆ピラミッド型」になることは、実は世界中のどこの国も経験していません。ものすごい大変動が日本で始まっています。

──人口動態は「既に起こった未来」などと言われ、15~64歳の人口の増減は、経済成長と関係すると言われています。

渋澤:簡単にいえば世代交代です。これから30年を見ると「逆ピラミッド型」になるので、悲観的な予測が一般的です。しかしそれは「ピラミッド型」の時代の成功体験の延長線上に未来を描いているからに過ぎません。私は「未来は2つある」と考えています。1つは「必ず起こる未来」です。代表的なものが人口動態で、必ず起こります。もう1つは「見えない未来」。なぜ、見えないかというと、そこに不確実性があるからです。

(2050年の人口動態/出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ)

不確実性とは、悪い方に転ぶかもしれないけど、良い方に転ぶかもしれないということです。金融の世界では「リスク」といいますが、リスクとは悪いことばかりではなく、きちんとコントロールすればいい。それが「リスクテイク」です。

そして、「見えない未来」に私が期待しているのは、ミレニアル世代であり、Z世代です。この世代は、日本では人口が少ない「マイノリティ」ですが、生まれたときからインターネットが当たり前のデジタルネイティブです。インターネットを駆使すれば、世界と繋がることができます。日本にいると、上の世代から押し潰されてしまうかもしれないけれど、グローバルで見ると、この世代は今、最も人口が多い「マジョリティ」です。つまり、グローバルに連携すれば、新しいマジョリティとして新しい時代、新しい価値、新しい成功体験を作ることができると思っています。

今、グローバルで人口が増えているのは「グローバルサウス」と呼ばれる国々です。アフリカ、インドなど南アジア、南アメリカです。そこで暮らす大勢の人たちが何を求めているかというと、仕事を得て、生計を立てて、家族を養うこと。日本では当たり前のことですが、グローバルサウスにはさまざまな課題があります。

「SDGs」という考え方は、そうした時代背景から生まれたと考えています。誰1人も取り残さないということは、もちろん日本でも大事ですが、大きな視点で見ると、まだ多くの人たちが取り残されています。

日本の大企業、中小企業、スタートアップは、いろいろな形で直接的・間接的に多くの国で大勢の人たちの生活を豊かにすることができます。持続可能な社会を支えることができると思っています。

それができれば、つまり多くの国の人たちに「日本は伴走してくれる」という意識が広がれば、これからの30年はまったく悲観的になる必要はなく、むしろ面白い時代になります。メイド・イン・ジャパン、メイド・バイ・ジャパンから、「メイド・ウィズ・ジャパン」の時代が訪れます。「日本とともに豊かな生活を作りましょう」というメッセージが非常に大切になります。

ボリュームゾーンの会社の変化が重要

──「メイド・ウィズ・ジャパン」はポジティブなメッセージです。

渋澤:その中で、日本企業、特に日本の大企業はものすごく変化すると考えています。人口動態が急激に変わり、昔は大企業に優秀な人材が集まり、定年まで囲い込んでいましたが、そもそも若い世代が少なくなっています。そして優秀な若手はもう官庁や大企業を目指すのではなく、起業したり、ベンチャーを指向している。大企業に入ったとしても、新しい目標が見つかれば、すぐに転職する。それがますます当たり前になっていきます。

会社の定義も変わる可能性が十分あります。人事の考え方も新卒一括採用・年功序列・終身雇用という昭和の成功体験は終わっています。これは多分、経営者は理解していますが、。採用の現場まで伝わっていません。日本企業に求められているダイバーシティは、ジェンダーや国籍だけでなく、年代や世代のダイバーシティも必要ではないでしょうか。

そうしたことがわかっている会社は時代の変化とともに変化しています。ですが、変化はわかっているけれど変化できていない会社と、変化に気づいていない会社がまだ存在しています。

そして実は、2つ目の「変化はわかっているけれど変化できていない会社」がボリュームゾーンで数が多く、これから面白い存在になると思っています。そうした会社が変化していくことが、これからの日本には非常に重要です。変化できなければ、日本はフェードアウトしていくでしょう。

──ボリュームゾーンの企業が変化していくには、何が必要でしょうか。

渋澤:常識の破壊です。例えば、永田町では自民党の派閥も破壊されつつあります。まだ不十分という報道も見られますが、かなり大きなことが起きていると思います。いろいろな場所で、いろいろな変化が起きています。そうした変化に気づいて動けるかどうか。必要なのは、主体性です。

トップの主体性はもちろん、働く人すべてが主体性を持ち、こういう制度だから、慣習だからとか、「空気を読む」とかではなく、主体性を持って動くことが大切です。

海外に行くと、日本に対する関心が高まっていることを実感します。「一緒に何かやろう」という声が増えている感じがします。日本はマクロで見ると、非常につまらない国に見えるのですが、ミクロで見ると、いろいろな面白さがあって、だからこそ今、海外から多くの人が訪れています。海外の方が日本の面白さに気づき始めています。そのときに「持ち帰って検討します」では通用しません。せっかくの大きなチャンスを逃してしまいます。

また、ニューヨーク・タイムズが「2024年に行くべき52カ所」を発表し、山口市が3番目に紹介されたことが驚きとともに伝えられました。新しい時代に入ってきている今、もう自虐的な論調、日本はダメだみたいな言い方はやめた方がいいと感じます。

渋沢栄一は「怒っていた」

──「メイド・ウィズ・ジャパン」という考え方は、経済と道徳の一致を唱えた渋沢栄一氏の考え方がベースになっているのでしょうか。

渋澤:渋沢栄一は、愛国心が非常に強い人物でしたが、同時に寛容性を持った人物だったと思います。寛容性を持つことによって、物事を俯瞰して見ることを身につけ、日本の国力を高めることを目指して、その手段として数多くの会社を作りました。それもほとんど新しい事業で、今で言うスタートアップをどんどん立ち上げていった。しかも全部を自分が仕切るのではなく、任せるところは任せています。化学反応を生み出す、触媒のような存在だったと思います。

渋沢栄一は写真を見ると、丸顔で優しそうな印象を受けますが、実際、残された文献などを読み解くと非常に怒っています。日本の国、会社、経営者、一般市民はもっといいものになるはずだと怒っています。つまり、現状に満足せず、常に未来志向でした。

今の日本はすごくいい国です。ですがその反面、イノベーションやクリエーションが生まれにくくなっている面もあります。「こういう社会を見てみたい」「こういう未来を見てみたい」という欲求、「もっと良い状態があるはずだ」という思いを常に渋沢栄一は持っていたと思います。『論語と算盤』が出版されたのは1916年。明治維新前後の大変革の時代ではなく、大正時代で第一次世界大戦の頃。その前に日露戦争があって、日本が先進国に追いついた時代、軍需景気で「成金」という言葉が生まれた時代です。ですが、途上国から先進国に追いついた過程を見てきた老人・渋沢栄一はもう黙っていられなかったのだと思います。「もっと良い国を目指すべきだ」と。

『論語と算盤』は経営本とかノウハウ本ではなくて、あるべき姿を訴えたもの、主体性の大切さを説いたものです。そうでなければ、将来、悔やむことが起こるかもしれないと憂いています。渋沢が亡くなったのは、1931年11月11日。2カ月前の9月には満州事変が起こり、その後、まさに日本は悔やまれる時代に突入してしまいました。今、世の中は結構危ないと思っています。主体性を持つことが非常に重要です。政治が悪い、企業が悪い、誰かが悪いでは、主体性を失っています。

──2008年にコモンズ投信を立ち上げられてから、世の中の変化、環境の変化は感じておられますか。特に投資では、新NISAの登場でようやく「貯蓄から投資」が現実的になってきているように思います。

渋澤:明らかに変わってきています。15年前に会社を作ったときは、「長期投資」という言葉はほとんど使われておらず、毎月の積立投資は一部の人たちにしか響いていませんでした。10億円を目標に投資信託を設定したのですが、1億2000万円しか集まりませんでした。目論見は大きく外れましたが、そのスタートの金額から前年比を割ったことは1回もありません。月ベースで見ても、前月比割れはほとんどありません。今は運用資産1000億円以上になっています。まだ大きな影響力はありませんが、15年で1億2000万円から1000億円は悪くはないと思っています。

(金融庁 NISA特設ウェブサイト)

新NISAでは、海外ETFが人気になり、お金が海外に流出してしまうという否定的な意見もあります。ですが、日本人が自分のお金を海外に投資して、その国での成長に取り組んでいるわけです。資産運用立国として絶対に必要なことです。「メイド・ウィズ・ジャパン」は、世界でいろいろなことに取り組み、その成長のリターンが日本に戻ってくることです。成長と分配の好循環が日本国内だけでなく、世界で好循環するということなので、非常に大切です。

一方で実は我々は海外投資は手がけておらず、日本企業に投資しています。先程話をしたボリュームゾーンの企業、これらから日本の成長を担っていくであろう会社を株主として、一般個人の皆様の資産形成とともに応援していきたいと考えています。

──Web3やブロックチェーンについては、グローバルな金融の動きの中でどのように捉えておられますか?

渋澤:正直なところ、よくわかっていませんが、150年前に渋沢が銀行を作ったときも、Web3やブロックチェーンでも、重要なことは「信用」がそこにあるかどうかだと思います。残念ながら私はまだ信用しきれていませんが、理解している人たちは、理解しているからこそ信用しているのだと思います。危ないのは、わかっていないけれど信用しているというパターン。何も考えていない人たちが一番危ない。これも主体性の問題です。

アルゴリズムが作り出している信用を、技術的なことはわからない人たちにも理解してもらい、信用してもらえるようにすること。このギャップを埋めることが、今後、Web3やブロックチェーンがより広がっていくためには不可欠ではないでしょうか。

※2月10日に公開した記事のタイトルを変え、再掲しました。

|インタビュー・文:増田隆幸
|撮影:小此木愛里