京都のWeb3経済構想、じわじわと前進:世界遺産と府庁はメタバース、NFTを試行錯誤【密着】

インバウンド(訪日外国人客)で賑わいを取り戻す京都で、メタバース(仮想空間)やブロックチェーンを基盤とする非代替性トークン(NFT)を活用して、次世代の事業成長を仕掛けようとする動きがじわじわと広がっている。その一方で、「トークンエコノミー」や「Web3エコノミー」などへの移行を阻む課題もあり、古都京都の構想は一進一退が続く。

将棋の8大タイトルの最高峰「竜王戦」の舞台で、世界遺産としても知られる仁和寺(にんなじ)は、創建された888年から蓄積してきた文化遺産をデジタルデータにして、そこから派生する新たなデジタル資産を作ろうとする試みをいち早く始めた。

3Dカメラで空間全体をスキャンして、襖(ふすま)や屏風などに描かれた絵画やお堂をVR(仮想現実)に再現したり、庭園のメンテナンス費用をまかなうために実施したクラウドファンディングでは、参加者への返礼品としてNFTを用意した。

人口減少と高齢化による日本の人口動態の変化と、慢性的に続く低成長経済を背景に、新しいデジタル資産が登場してきている。「1,100年を超える仁和寺が持つリアルの文化遺産とデジタル資産が融合すれば、次の50年、100年を生き残る、国境を越えた寺の事業運営モデルを作ることができるのではないだろうか?」と話すのは、仁和寺・管財課課長の金崎義真氏。

創建888年の仁和寺:文化遺産からデジタル資産を作れないか?

(京都市右京区にある仁和寺の事務所で話す管財課課長の金崎義真氏/撮影:筆者)

金崎氏が、仁和寺の重要文化財をデジタルデータ化して、VRを制作する構想に着目したのは、2013年。京都大学大学院・井手研究室(当時)と連携して研究を進め、2018年には東京国立博物館で3Dコンテンツを披露した。

蓄積してきたデータ技術とノウハウを使えば、高画質で再現されたVR空間をスマートフォンやタブレットの画面上で歩き回ることができ、仁和寺内の庭園を疑似体験することが可能だ。2022年、東京・渋谷区の企業、ネイキッドは京都市でアートプロジェクトを開いた。そのなかで、仁和寺のメタバース空間は期間限定で生まれた。

新型コロナウイルスのパンデミックで参拝客が大幅に減り、参拝料が減少した際、仁和寺は2023年1月にクラウドファンディングで庭園のメンテナンス費用の捻出に奔走した。返礼品の一部には、宿坊の貸し切りや御朱印帳に加えて、庭園のNFTを初めて用意した。

「ビットコインから始まって、多くのブロックチェーンが世界的に利用されるようになるなか、『仁和寺コイン』のような仮想通貨が特定のメタバースの中で流通することは、理屈の上では可能だ」と金崎氏は話す。

しかし、「文化遺産を基にしたデジタルコンテンツに法的な著作権や所有権が明確に与えられるような社会になるには、時間がかかるだろう。そのコンテンツを、例えばNFTとして売買されるメタバースのような空間が日本で広がっていくには、社会やローカルコミュニティが理解して、受け入れることが必要だ」

(国宝の仁和寺・金堂/撮影:筆者)

これまで、仁和寺は文化遺産の一部のデジタルデータをアーカイブしてきたが、文化財などのデジタルデータが資産として評価される基準が曖昧な状況のなか、これらのデータを活用してマネタイズできる事業開発にまでは至っていない。

金崎氏は愛媛県にある寺の51代目住職を務めながら、仁和寺の管財課に所属し、京都と愛媛を往復する生活を送っている。人口減少と高齢化を背景に、住職がいない寺や、檀家の数の減少が報じられている。クラウドファンディングで修理・保存資金を工面する寺院も少なくないという。

今の段階で、メタバースやNFTなどのデジタル技術を利用した寺の運営が、未来の然るべき姿とは断言できないと、金崎氏は述べる。しかし、「これから10年、20年で、多くの寺がさらに厳しい経営環境に陥る可能性は高まっていく。社会全体がデジタル経済に移行しようとしているなか、寺がその様子を傍観しているだけでは何も変わらない」

京都府庁でなぜNFT勉強会は開かれる?

(京都府・総合政策環境部デジタル政策担当の吉岡信吾氏/撮影:京都府)

ブロックチェーンをベースにしたNFTなどのトークンの活用を巡っては、スマート都市構想を進める京都府庁でも試行錯誤が続く。

京都府が策定した「京都スマート社会推進計画」には、「ブロックチェーン」や「暗号資産」「NFT」「メタバース」の文字が並ぶ。観光資源に恵まれた京都が今後、ボーダーレスにデジタルな経済活動を強める上で、まずは多くの事業者がトークンエコノミーがいかに機能するかを理解する必要がある、と話すのは京都府・総合政策環境部でデジタル政策担当を務める吉岡信吾氏。

「目に見えない価値をトークン化して、その取引にデジタル通貨やステーブルコインが利用されるようなトークンエコノミーは、京都や他の地方都市が検討するべき経済システムの1つだ。メタバース空間で京都のモノとサービスが売買され、人が就労できるような環境を作ることができれば、行政はこの新しいデジタル経済を積極的に支援するようになる」と吉岡氏は述べる。

京都府観光連盟は2月5日、府内の観光業従事者がNFTを活用したサービスを理解するためのセミナーを開催した。古い佇まいの府庁・旧議場で開かれた講座では、参加者が実際にカフェやレストランなどで利用できるクーポンをNFT(トークン)で獲得する仕組みを実体験した。

デジタルネイティブ観光客に向けた京都ブランド戦略

(京都府観光連盟が2024年2月5日に府庁旧議場で開いたNFT活用講座/撮影:筆者)

顧客が特定のブランドの商品を愛着し、繰り返し購入しようとする消費者心理・行動は「ブランドロイヤルティ」と呼ばれ、世界中の大衆向けブランドから高級ブランドまでもが、デジタルネイティブのZ世代やミレニアル世代の消費者に向けた新たな手法を研究している。

スターバックスやNIKEは、NFTを活用してブランドロイヤルティにつながる社会実験を行っている代表的なグローバル企業だ。コーヒーやスニーカー、航空券などのリアルなモノ・サービスを製造・販売する形態は、デジタルコンテンツを軸とした顧客とのデジタルコミュニティを形成することで、ブランドと顧客との距離はいっきに縮まる。

「京都の観光業全体においても、NFTをフル活用して、近未来の観光客のブランドロイヤルティを強めることができれば、収益を確保する新たな方法を導くことができるのではないだろうか」と吉岡氏。

吉岡氏はこれまで、Web3的なアプローチの有用性を検討し、府のスマート都市構想にいかに導入できるかを研究してきた人物の一人だ。そのなかで、吉岡氏が注目する1つにDAO(分散型自律組織)がある。

「京都観光DAO」の実現に向けて

(京都観光DAOの可能性を語る吉岡氏/撮影:京都府)

京都府観光連盟は昨年7月に改正した観光総合戦略の中で、「京都観光DAO」の実証実験をあげている。観光資源をとり囲む領域でビジネスを行う事業者や観光客がDAOのメンバーとなり、そのコミュニティが一つの大きなプロジェクトとして全体の収益と価値を高めていく。

ブロックチェーンに基づき、特定のトークンを所有するメンバーによって自律的に運営されるDAOは、Decentralized Autonomous Organizationの頭文字を取ったもので、日本語では分散型自律組織となる。特定の所有者や管理者は存在せず、トークンを使用して自律的に働くインセンティブを基に、事業やプロジェクト、コミュニティが運営される。代表的なものとしては、サトシ・ナカモトが書いた設計図を基に動き続ける、ビットコイン(BTC)のブロックチェーンネットワークがあげられる。

DAOの世界的な広がりを背景に、自民党もDAOの法的なルール作りを目指し、検討を開始した。現時点で日本にDAOを設立するための明確なルールはない。一方、地方経済の再生という日本が直面する大きな社会課題を解決する上で、DAOという組織やコミュニティの運営手法に期待が寄せられている。

吉岡氏は、「DAOの法律が整備されることにより、資産を管理することが可能になる」と話す。「DAO、ステーブルコイン、NFT、メタバースと、インターネットと現実世界を繋ぎながら機能するテクノロジーを使って、まずは京都で動く仕組みを作ることができれば、日本の他の都市にも波及し、複数の都市や複数のDAOとがコラボできるようになるのではないだろうか。人の流れを増やすことに依存した観光戦略だけでは、日本中の観光都市が限られたパイを喰い合う状況が続いてしまう」

京都に移住してメタバースに5,000時間費やす「水瀬ゆず」

(オンラインインタビューで話す水瀬ゆず氏/撮影:筆者)

「本音を共有したり、人と人との絆を求めてやってくる人が多いメタバースは、コミュニティを皆で伸ばしていく動機で支えられるDAOとの相性が良い」と話すのは、これまでに5000時間をメタバース空間で過ごし、メタバース研究の第一人者であり起業家の水瀬ゆず氏(アバター名/本名は岡村謙一氏)。

立命館大学大学院でテクノロジー・マネジメントを研究する水瀬氏は、在学中にメタバースで知り合った友人と現実で共同生活をする「メタバースシェアハウス」を立ち上げるため、京都に移り住んだ。不登校学生をメタバース空間で支援するプログラムを始動させるなど、メタバースを社会実装するための多くのプロジェクトを進めている。

水瀬氏によると、メタバース空間ではアバターを通じて交流を行うが、参加者の多くは性別にかかわらず比較的「かわいらしい」容姿のアバターを使用するという。多くの個人が現実世界では本音を打ち明けることに抵抗を感じるが、メタバース空間では非現実的なアバターをフィルターにすることで、他者との密な関わりを実現することが容易になる。

「現在のWeb2はSNS(ソーシャルネットワーキング・サービス)の時代。情報の拡散性は一気に高くなったが、個と個の密なつながりを築くことは難しく、孤独感を感じる個人が多くいる」と水瀬氏。「SNS上での思わぬ発言が炎上し、時には社会的に抹殺される。インプレッション(ツイートが他のユーザーのタイムラインに表示される回数)数が何よりも評価されるWeb2に疲れ、もっとウェットな関係を求める個人は増えている。令和から昭和に戻るということではないが、Web1やWeb2からWeb3に移行しようとする動きは、ごく自然なことのように思える」

メタバースがDAOで運営されるようになれば、そのメタバース空間では、ブロックチェーンを基盤とするトークンやNFTという価値単位で取引される経済活動が生まれる可能性は高まっていくと、水瀬氏は話す。

京都を支える企業や神社仏閣、旅館や料理屋、行政を取材すると、1000年を超える歴史と文化を礎に、訪問客をもてなす精神を感じる。一方、お金や資産、権利に関係する法律が整備されてきた先進・資本主義国には、基盤を揺るがすテクノロジーに対して躊躇する人が世代に限らず相当数存在するなか、そのテクノロジーを巧みに使って、次世代の訪問客をデジタルに誘おうと画策するしたたかな京都人に出会った。

|取材・文:佐藤 茂
|トップ画像:京都市東山区高台寺からの風景(筆者)