グローバルでの逆風、ステーブルコイン、決済、IEO:バイナンスジャパンの半年と今後を千野代表に聞く

2023年8月1日にサービスを開始したバイナンスジャパン(Binance Japan)。グローバル口座を利用していたユーザーの国内居住者向けプラットフォームへの移行、三菱UFJ信託銀行とのステーブルコイン発行を目指す共同検討、取り扱い銘柄数の拡大など、積極的な姿勢を打ち出していた。

だがその後、グローバルでは米当局への43億ドル(約6450億円、1ドル150円換算)という巨額な和解金支払い、さらには創業者チャンポン・ジャオCEOの退任と向かい風に直面。最近では、ナイジェリアで幹部が拘束され、同国政府は100億ドルの罰金を要求していると伝えられた。アメリカに加え、アフリカ最大の暗号資産市場ナイジェリアでも厳しい状況となっている。

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サービス開始から半年強を迎えたバイナンスジャパン。3月12日には「日本円建て板取引」を開始した。国内の暗号資産取引所として、日本円建て板取引の開始は「なぜ今?」との印象もある。

バイナンスジャパン代表の千野剛司氏は昨年、サービス開始後のメディア説明会で「暗号資産交換業にとどまらず、ブロックチェーンを中心にしたエコシステムの拡大を目指している」と語り、まずは早期に100銘柄の取り扱いを目指すと語っていた。現状、取り扱い数は50銘柄まで増え、国内でのトップクラスとなっている。グローバルからの移行は昨年11月末で一段落。2024年に入ってからは、市場の好調さを受け、新規ユーザーも増えているようだ。

「日本円建て板取引」の意味

「マーケットが好調で、ビットコインは円建てで1000万を超えるところまでいった。相当シンボリックな意味合いがあると思う。懐疑的な人も1000万円となると、考え方が変わるきっかけになるのではないか。そうした環境のなか、日本円建て板取引は、中心に据えるべき商品だと考えている。バイナンスグローバルにとっても、日本円の板取引は初めて。つまり、日本人だけではなく、海外のバイナンスユーザーも日本円での板取引ができるようになった」と千野氏は日本円建て板取引の意味を語った。

12日にスタートした日本円建て板取引は、BNB/JPY、BTC/JPY、ETH/JPYの3つ。これはバイナンスジャパンのユーザーのみならず、グローバルのユーザーも利用できる。バイナンスジャパンは、グローバルに展開するバイナンスのプラットフォームを日本の法規制に合わせてカスタマイズして提供している。

「クロスボーダーであることが暗号資産の魅力であり、暗号資産が生まれた経緯、思想を大切にしていきたい。当然、日本に閉じたサービスの方が容易で、話も早い。だが我々は世界共通のプラットフォームで日本のお客様に取引していただく。ここがバイナンスとして、一番重要なポイントだと考えている」

一方、海外ユーザーにとって日本円建て取引が可能になるメリットは、アービトラージ(裁定取引)だ。ドル建ての資産価格と円建ての資産価格の差を狙い、利益を上げる。実は裁定取引を行うユーザーは取引所にとって非常に重要な存在と千野氏は説明した。

「彼らが常に取引してくれることによって市場に厚みが出て、流動性が生まれる。流動性は取引所にとっては最も重要で、競争力の源泉となる」

IEO支援を今年後半から

流動性という観点では、日本のプロジェクトからバイナンスへの上場、いわゆるIEOについての問い合わせが増えているという。

「我々は100銘柄を目指しているが、日本から海外にプロジェクトを紹介していきたい。今まで取り扱ってきた銘柄は、バイナンスグローバルですでに扱っているものを日本に持ってきただけで、そこまでのサプライズはない。日本円の板取引は初めての取り組みだが、銘柄についても、我々が日本で発掘した銘柄を海外にスケールしていくサポートをしていきたいと考えている」

引き合いは「相当数」あり、話をするなかでテーマにあがるのが「流動性」の問題だという。IEOでは現状、多くの場合は単一の暗号資産取引所が販売・流通を受け持つ。信頼できる取引所に任せられるというメリットがある反面、流動性は取引所のサイズに限られる。そうした問題から、IEO後の価格形成に懸念を持つプロジェクトが存在するという。さらにグローバル展開を見据えているのであれば、バイナンスジャパンを利用することは、その後のよりスムーズな展開につながる。

「今はまだ体制が整っていないが、今年後半ぐらいから考えていきたい。バイナンスグローバルにはローンチパッドというサービスがあり、これを日本のIEOのフレームワークに当てはめていきたい」

IEO(Initial Exchange Offering)は、暗号資産(仮想通貨)を使った資金調達手法として、注目を集めているが、上場後に公募価格を割る事例も見られ、批判的な見方もある。「ひとつの成功ケースを示したい」と千野氏は語った。

年内を目指すステーブルコイン

IEOに積極的な姿勢を見せた一方で、サービス当初に打ち出したステーブルコインについてはその後、あまり話が聞こえてこない。昨年、ステーブルコインをめぐる動きが活発化してきた際に、三菱UFJ信託銀行が早い段階でバイナンスジャパンとの共同検討を発表したことは、ある種の驚きだった。

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「昨年はグローバルからのユーザー移行に注力してきた。今年はステーブルコインのプロジェクトを推進する時期と考えている。バイナンスはグローバルプラットフォームであることがポイントなので、最終的には日本の法律に基づいて発行されたステーブルコインがグローバルプラットフォームで使われることを実現していきたい。三菱UFJ信託銀行、プログマ(Progmat)との取り組みもそのひとつ。他にもまだ具体的に発表できる段階ではないが話が進んでいる」

年内という目標は変えずに発行、もしくは他社が発行したものを取り扱っていくと述べたが、厳しい規制や信託報酬、プラットフォーム利用料などから収益を上げられるビジネスモデルを描くことは簡単ではないと千野氏は述べた。

ペイメント事業への意欲

ステーブルコインは決済への使用が期待されているが、千野氏は「暗号資産を使った決済」について積極的に語った。

「ペイメント事業も手がけていきたい。当初はバイナンスジャパンのユーザー間に限るが、ワンクリックで暗号資産を送り合えるようにしたい。今でもオンチェーンで可能なことだが、バイナンスジャパンのユーザー間であれば無料でできる」

ビットコインは日本円で1000万円、ドル建てでも過去最高値の6万9000ドル強を更新した。ますます「資産」としての側面が強くなり、当初、サトシ・ナカモトが描いていた決済手段としての役割は難しくなっているという見方が強い。日本のように金融インフラが整っている国では、決済手段としてのビットコインは難しいと千野氏も同意しつつ、一方で「これだけ価格が上がってくると、ちょっと使ってみようと考える人はいるのではないか」と述べた。

千野氏自身、海外のバイナンスの人と会って、飲食をともにした際の精算は「当然、暗号資産」で、「バイナンスのユーザーIDを聞いて、BNBやETHを送ることが日常茶飯事」だという。

家電量販店でのビットコイン決済は話題になった(Shutterstock)

数年前には家電量販店でのビットコイン決済が話題になったが、「もう一度、ニーズを掘り起こすことができるのではないか」と述べた。インバウンドで海外のバイナンスユーザーが日本に来たとき、暗号資産で支払いをしている姿が見られるかもしれない。

「今、我々がやろうとしていることは、伝統的金融(TradFi)の分野と近づき、融合しつつある。まだ距離感はあるが、近づいている。ビットコインETFはまさに接着剤みたいなもので、既存の金融の仕組みに暗号資産が乗っており、暗号資産とTradFiの融合のまさに一例。次はプレイヤーの融合も進み、暗号資産企業が伝統的な金融機関を買うとか、あるいは、その逆が出てくると面白い」

グローバルでの逆風「影響ないとは言えない」

米当局との和解金、ジャオCEOの退任については「私からお話できることは特にない」としてコメントを控えた。そうした報道について「影響ないとは言えない」ものの、日本でのビジネスは規制に準拠し、当局とも密に連絡を取りながら行っており、国内における影響は「そこまでないと感じている」と述べた。

ナイジェリアでのニュースに関しても「コメントできない」とした。「他の地域はバイナンスグローバルが見ているので、日本の責任者であっても、情報は持っていない」。

実際、2024年3月に入って、新規ユーザー数は前月比2倍近いペースで増えていると千野氏は付け加えた。

|インタビュー・文:増田隆幸
|写真:小此木 愛里