彼はペテン師だった
私は2021年5月、オンラインで行われた暗号資産(仮想通貨)サミットの一環として、サム・バンクマン-フリード(Sam Bankman-Fried:SBF)氏とフランシス・スアレス(Francis Suarez)マイアミ市長にインタビューした。
マイアミはクリプト・フレンドリーな都市を目指すことに全力を入れていた。その取り組みの代表例の1つが、地元NBAチーム「マイアミ・ヒート」がFTXを「公式かつ独占的な暗号資産取引所パートナー」としたことで、スタジアム命名権を含む、19年で1億3500万ドルのスポンサーシップを獲得した。
私を当惑させたのは契約期間の長さだった。設立からたったの2年しか経っていない会社(FTXは2019年5月に発足)が、19年間のバスケットボール・スタジアムの命名権契約をどうして結ぶことができたのだろう?
企業パートナーに対して慎重なことで知られる全米バスケットボール協会が、突如現れたこの暗号資産取引所が2040年になっても存在していると、どうして確信できたのだろうか?
私はバンクマン-フリード氏に尋ねた。彼はニヤリと笑い、「いい質問だ。詳細は省くが、今年は我々にとってかなり良い年だった。率直に言って、必要な資金を得るために、これからの18年間に必要はないほどだ」と語った。
契約金を全額前払いすることも可能だ、ということだ。私はそれに反論できず、反論しようともしなかった。私はバカ者のように微笑んで先に進んだ。何を言えば良かったのだろうか? ご存知のように、FTXはそのわずか1年半後に破産した。
FTXの台頭は常に不安を感じさせ、その勢いは言葉にならない眩暈を引き起こした。何年もこの業界を取材してきた我々は、主要企業は昔からよく知っていた。コインベース(Coinbase)、DCG、グレイスケール(Grayscale)、ジェミナイ(Gemini)、サークル(Circle)などだ。
FTXは、ジェーン・ストリート(Jane Street)出身の天才トレーダーによって設立され、どこからともなく登場した。2019年に設立されたといっても、その登場がいかに突然だったかを十分に伝えることはできない。2021年まで誰もFTXについて語っていなかったが、暗号資産市場熱狂のピーク時に「FOMO」(機会を逃すことへの恐怖:Fear of Missing Out)に追い立てられたベンチャーキャピタルから、信じられないスピードで18億ドルを調達した。
2021年7月に10億ドル(シリーズB)、2021年10月に4億2069万ドル(こうした数字から、信頼できる会社ではないことを見抜くべきだった)、2022年1月に4億ドル。さらには、「別会社」のFTX.USも同じ月、4億ドルを調達した。半年で22億ドルを調達したことになる。
私は2022年1月と8月のさらに2回、バンクマン-フリード氏にインタビューすることになった。2022年4月、私はバハマで投資家アンソニー・スカラムーチ(Anthony Scaramucci)氏のSALTカンファレンスと提携して開催された、サーカスのようなFTXのカンファレンスに出席した。
そのイベントがどれほどシュールだったかを伝えることは難しい。実業家で政治活動家のアンドリュー・ヤン(Andrew Yang)氏や歌手のケイティ・ペリー氏がパーティに現れた。
ビル・クリントン氏、トニー・ブレア氏、NFLプレーヤーのトム・ブレイディ氏、モデルのジゼル・ブンチェン氏らがスピーカーとして出席したが、彼らが登壇したパネルディスカッションは「オフレコ」厳守だった。これは、その場にいたジャーナリストの誰もが尊重すべきではないバカげた条件だった(カンファレンスの他の部分はすべてオンレコだった)が、私たちは皆、それを尊重した。
その間、私や多くの暗号資産メディア関係者は、何かが非常に間違っていると感じていた。だからといって、我々がそれを察知したとは言わない。
私は、バンクマン-フリード氏が有名になったのはメディアのせいだと批判する人間ではない(ほとんどの場合、彼はマーケティングでスターの地位を買った)。しかし、伝統的な雑誌が、彼のことを「次なるウォーレン・バフェット」と称したとき、我々は皆、漠然とした恐怖感を共有したと思う。
FTX崩壊後、バンクマン-フリード氏が最初に逮捕され、起訴されたときでさえ、私の意見は、彼は意識的な犯罪者だったわけではなく、収拾がつかなくなり、状況を管理する能力が不足していた、というものだった。
それは彼や、数十億の顧客資金を預かっていた会社の過度にお粗末な経営を免罪するものではない。ただ、マドフ級の悪意よりも無能さが原因だったと推察していた。
検察が先日、40~50年の求刑を裏付けるために添付した文書は、こうした私の妄想に終止符を打った。それは、バンクマン−フリード氏が信念もなく、空虚な貪欲さしか持ち合わせていない人間であることを明らかにしていた。
自分のイメージを守るための彼の「アイデア」のリストには次のようなものがあった。
(2022年に民主党に何百万ドルも寄付した後であるにもかかわらず)タッカー・カールソン氏が司会を務める政治トーク番組に出演して「共和党員であることをカミングアウト」する。「意識高い系のアジェンダに反対することを表明する」。FTXの弁護士や弁護士全般を「起業家を裏切った」と言って批判する。連邦破産法第11条の手続きを処理する人々を批判し、彼らが顧客がお金を取り戻すことを邪魔していると言う。連邦破産法第11条の手続きを処理する人々を賞賛し、彼らのおかげで顧客はお金を取り戻せると言う。アラメダ(FTXを貯金箱として利用していた彼のヘッジファンド)を批判する。彼の伝記作家であるマイケル・ルイス(Michael Lewis)氏とABCでインタビューに応じる。「人々にどうすべきか尋ねるツイッター投票を実施する」。
リストの中に「両親のせいにする」というアイデアがないのが不思議なくらいだ。環境保護主義は隠れ蓑だった。効果的利他主義も隠れ蓑だった。ワシントンDCで暗号資産への支持を訴えたことも隠れ蓑だった。彼は何も信じていない。
作家ハンター・S・トンプソン(Hunter S. Thompson)氏によるニクソン元大統領の不朽の追悼文を引用すれば、「彼はペテン師だった」。彼は暗号資産業界にとって最も陰湿なペテン師だったが、これの意味するところは大きい。そして彼は、暗号資産に対する一般的なイメージに誰よりもはるかに大きなダメージを与えた。
それなのに、ビットコイン(BTC)は、暗号資産業界がこれまで経験したことのないような大失態を演じてからわずか15カ月後に史上最高値を更新した。これは驚くべきことであり、広範なメインストリームメディアがほとんど取り上げようとしないことでもある。
ビットコインのストーリー
私は2011年にFortune.comで初めてビットコインについて書いた。それ以来、ビットコインと暗号資産カルチャーに対する評判と世間の認識に最も魅了されてきた。
私が記事を書くきっかけとなったのは、ブログ「Gawker」が闇サイト「シルクロード」に関する素晴らしい暴露記事(『考え得るどんなドラッグも買える秘密のウェブサイト』という衝撃的な見出しだった)を掲載したことだ。
その中で、シルクロードで使われる通貨はビットコインであり、ビットコインは「追跡不可能とされている」と説明されていた(正確ではないが、当時はこのテクノロジーを正確に説明することは必ずしも容易ではなかった)。
このGawkerの記事を受けて、民主党のチャック・シューマー上院議員(ニューヨーク州)とジョー・マンチン上院議員(ウェールズ州)はエリック・ホルダー司法長官に書簡を送り、シルクロードとビットコインの取り締まりを要求し、ビットコインを「マネーロンダリングの一形態」と呼んだ。
当時、暗号資産を扱うジャーナリストはそれほど多くなかった。この小さく奇妙な世界にいる我々は皆、多くの市場サイクルとそれに付随するストーリーを見てきたが、15年経った今もあまり変わっていないように思える。
ビットコインの最初の強気相場は2013年で、初めて1000ドルを超えたが、その後、初マウント・ゴックス(Mt. Gox)の破綻で暴落した。だが、2017年の大暴騰でその年の感謝祭の食卓で話題になり、多くの人たちに本当に浸透するまで、ビットコインはまだ比較的無名の存在だった。伝統的メディアは、ICO(イニシャル・コイン・オファリング)ブーム(フロイド・メイウェザー氏、キム・カーダシアン氏など、トークン・セールを売り込んだ多くのセレブたち)にあと押しされ、普通の人たちの関心を集めていたこの不透明なフィンテックの話題をカバーするために、専任レポーターを置いた。そして相場はまた暴落した。
2021年、新型コロナウイルスのパンデミックに端を発した相場上昇がやってきた。個人投資家の参入、NFT、ミームコインなどがと表裏一体となり、暗号資産マニアが定着した。投資は、オンラインにおける、誰もが知るソーシャル・アクティビティになった。そしてまた暴落。ビットコインが7万2000ドルの史上最高値を更新した現在の強気相場は、ブラックロックやフィデリティといった金融大手がビットコインETFを実現させたことによるものだ。もちろん、単一の事柄が原動力となることはなく、現在の上昇もETFだけによるものではないが、最も記憶に残りやすいものであり、そのように記憶されるだろう。
こうした変遷のなか、起業家たちは信頼できる企業や、精緻なツールやサービスを開発し、好況なテック・カテゴリーの屋台骨を作り上げてきた。
しかし、一般的な人たちの間では、15年間ほとんど変わることなく、以下のようなストーリーが語られてきた。
ビットコインはネズミ講か、なんとなく詐欺的で、主にハッカーや詐欺師が使うツールだ、と。あるいは、電力を大量に消費することで環境を破壊している、と。よく言っても、不真面目。人々に不快感を与える。FTXが台頭し、衰退する以前から、暗号資産は人々を苛立たせてきた。
スーパーボウルの広告を覚えているだろうか? マット・デイモン氏が「幸運は勇者に味方する」と言っていた広告を? 「HODL」と書かれたシャツを着てランボルギーニを乗り回す奴らを? ジミー・ファロン氏とパリス・ヒルトン氏がゴールデンタイムのテレビで「Bored Ape」の切り抜きを掲げていたことを?
FTXは、バンクマン-フリード氏とスーパーモデルのジゼル・ブンチェン氏の巨大な広告、野球の審判全員のシャツに貼られたFTXのワッペン、レースカーやNBAのアリーナに掲げられたFTXのロゴなど、そのマーケティングを新たなレベルに引き上げた。
FTXは非常に積極的なマーケティングを行い、人々の意識にその存在を浸透させた。そして、破綻した。これは暗号資産業界で起きた最大のニュースであり、革命的なテクノロジー、新しい決済手段というイメージに極めて悪影響を及ぼした。
そして、史上最高値を更新するまで、わずか15カ月しかかからなかった。
メインストリームメディア、特にテレビニュースは、価格が急騰している時か、暴落している時しか取り上げない。それは2017年の暴騰の時からそうだったし、いくつかの例外を除いて現在もそうだ。
そして今、新たな強気相場の真っ只中だが、テレビニュースの関心はかつてないほど低いようだ。イーロン・マスク氏が人気テレビ番組でドージコイン(DOGE)をアピールした時よりも、大手金融機関が決定的なパワーとなっている。
確かに、BONKやドッグウィフハット(WIF)、Jeo Bodenといったミームコインも盛り上がっているが、2024年の強気相場では、騒がしいカーニバルの客引きの声は聞こえてこない。
おそらくこれはポジティブな兆候だろう。おそらく、暗号資産は以前のような奇妙な存在ではなくなっている。暗号資産はようやく、成長しつつあるのかもしれない。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:サム・バンクマン-フリード氏(CoinDesk)
|原文:Why the Media Is Seemingly Less Interested in Bitcoin Than Ever