人口863人、テキサス州の小さな町にビットコインマイニングがもたらした恩恵──ドキュメンタリーの監督に聞く

暗号資産(仮想通貨)が暮らしをどのように変えているかは、必ずしも明確ではない。ブロックチェーン台帳の非物質的な性格、暗号資産ウォレットが(革製ではなく)オンラインに存在すること、現実世界でのユースケースが限られていることなどが、暗号資産はせいぜい、愚かなインターネットマネーだという一般的な見方を助長している。

しかし、暗号資産には実際の足跡がある。

小さな町と巨大ビットコインマイニング施設の物語

この考え方が、元CoinDeskスタッフで、現在は独立系暗号資産メディアの大物となったウィル・フォックスリー(Will Foxley)氏による、ビットコインマイニングに関する新しいドキュメンタリーの中核となっている。

先日公開された映画『The Big Empty』は、暗号資産業界大手のギャラクシー・デジタル(Galaxy Digital)が、ほとんど空洞化した小さな田舎町、テキサス州スプール(Spur、人口863人)にやって来た物語だ。

ビットコインマイニングにまつわる多くの物語が、莫大な電力消費(そして、それが良いか悪いか)に焦点を当てがちなのとは異なり、『The Big Empty』は何よりもまず人間について描いている。

東海岸からテキサス州西部に移り住み、適応することを学んだギャラクシーの従業員、何世代も前にこの地域に移り住んだ家族を持つ地元の人々、そして新しい産業によって変わった暮らしについての物語だ。

ある意味、ビットコインマイニングは、ネットワークの設計方法のための物議を醸すトピックになる運命にあった。ビットコインを動かすプルーフ・オブ・ワーク(PoW)アルゴリズムは、際限なくエネルギーを消費する。毎年、多くのマイニング施設がオープンしているようだが、多くの場合、二酸化炭素を大量に排出するエネルギー源を使用し、ときには廃止された石炭発電所を再稼働させることさえある。

しかし、少なくともこのドキュメンタリーで描かれたところでは、現場ではこのような議論はほとんど行われていないようだ。マイナーが使用する電力の構成、気候変動の脅威は、ビットコインそのものと同じように実体がなく、遠い存在だ。

スプールに住む人々が、数マイル先にギャラクシーの巨大なマイニング施設「Helios」がオープンすることを気にかけているように見えるのは、マイニング施設が雇用を提供しているからにほかならない。

「(ビットコインマイニング施設のある)小さな町には多くの場合、高給や安定した仕事があまりない。小売店やコンビニエンスストアがいくつかあるかもしれないが、それほど多くはない」とフォックスリー氏は語った。

ギャラクシーが単独でスプールの町を活性化していると言うことは大げさかもしれないが、存在感があることは間違いないようだ。

しかし、このドキュメンタリーは、ギャラクシーの善行(例えば、愛されていた市民プールの再開)を強調するのと同じくらい、フォックスリー氏が言うように、善行を続けて、「良き隣人」になることを学ぶことについての物語でもある。しかしそれは必ずしも、長期的に保証されるものではない。

CoinDeskはフォックスリー氏にインタビューし、彼の最新ドキュメンタリーについて、特にスプールの物語に惹かれた理由、そして以前は小さな家が集まる町として有名だったこの町に、巨大なビットコインマイニングが適しているかもしれない理由について聞いた。

──本当によくできた、素晴らしいドキュメンタリーだった。どこかの映画祭に出品する予定は?

非常に強力なチームだったことは間違いないので、すべてが私の手柄だと言うことはできない。これは私にとって、3本目のマイニングに特化した映画であり、4本目のビットコイン関連のドキュメンタリーとなる。

これまでで撮った中で圧倒的に1番長いもので、個人的には初の短編映画と呼んでいる。ショートフィルム、ドキュメンタリー、ミニドキュメンタリーの違いはよくわからない。もっと注目を集めるために、おそらく、いくつかの映画祭に応募すると思う。

ビットコインのミートアップやイベントでも上映するつもりだ。ストリーミングサービスには、ソーシャルメディアは使えない。でも、もし誰かが気に入ってくれたら、どこかクールな場所で提供できるかもしれない。

雇用創出

──アメリカにおけるビットコインマイニングのストーリーは、ある意味、活性化のストーリーでもある。全米のビットコインマイニング施設を視察した際の感想を聞かせてほしい。

ビットコインマイナーが小さな町に集まってくるのは、撤退した産業からの余剰エネルギーや、建てすぎた変電所や発電所からの安価な電力がそこにあることが多いからだ。ビットコインマイナーは、安い電力を追い求めなければならないので、そのような場所に向かうのは自然なことだ。

彼らが向かう小さな町には多くの場合、高給や安定した仕事があまりない。今のところ、どんな産業もない。小売店やコンビニエンスストアが少しはあるかもしれないが、決して多くはない。町を本当に活性化させるには、何らかの産業が必要だ。

ビットコインマイニングは興味深い。ビットコインマイニング施設1つあたりの雇用はそれほど多くないかもしれない。しかし、その周辺に多くの外部雇用を生み出すことができる。

映画では、トラック運転手、修理技術者、コンクリート作業員、警備員などの請負業に従事し、施設に出入りする人々が大勢いることがわかる。施設のことを考えただけでも、40人の労働者を養うためにキッチンを開設する予定だ。そうなると5~10人分の雇用が増えることになる。

──技術者の一般的な賃金はどれくらいだろうか?

多くの場合、最低賃金の2倍で、新人技術者の時給は20ドルから30ドル。そこから上がっていく。ドキュメンタリーに含められなかったが、ギャラクシーは町の一般的な賃金より20%多く支払っている。

ビットコインマイニングはやや収益性の高い産業だ。だから、ある種のブルーカラーレベルの仕事でも、多くの人々の生活水準を引き上げることができた。

オープンな姿勢

──ギャラクシーやHeliosについて、何か特別に惹かれる理由があったか?

主にアクセスだ。ギャラクシーは門戸を開こうとしていた。企業はパブリックイメージに配慮しなければならないが(ギャラクシーは上場企業)、ドキュメンタリー映画のクルーに協力することに、彼らが積極的だったことに感銘を受けた。撮影に協力するというのは必ずしも気分の良いものではないからだ。

もう1つ、テキサス州のビットコインマイニングの話は、エネルギーやビットコインに注目が行きがちなので、私はあまり興味がない。私は小さな町の話や、町の生活に参加することにとても興味があった。我々が取材したほとんどの人たちは、対話にすぐに応じてくれた。だから昨年下見したときに、一段と魅力的に感じられた。

我々が到着した日に竜巻が発生し、隣町の大部分が破壊された。本当に興味深かったのは、周辺の町から多くの人々が車で救援に向かったことだ。

物資を積んだ車が何キロ続き、その小さな町に入ろうとしていた。テキサス州西部のこのような町に住む人々は、まさに異質な存在であることがよくわかった。彼らはお互いを気遣う。良き隣人だ。

──あなたの映画を見ていると、間違いなくそう感じる。特にタイニーホーム(小さな家)コミュニティのシーン。あのようなシーンを入れることで、何を伝えたかったのか?

映画の最初のタイトルは『Tiny Home Kingdom(タイニーホーム・キングダム)』だった。小さな家と巨大なビットコインマイニング施設を対比させようとした。アイデアとしてはいい感じだった。

でも、その路線で行くには、もう少しくだらない作品にする必要があっただろう。誰かの小さな家で1週間一緒に暮らすとかね。

タイニーホームは、テキサス州北西部パンハンドル地域で通常見られるようなコミュニティではないコミュニティと協力し、話をすることに対して、スプールがいかにオープンかを示していた。

彼らは2015年頃、タイニーホームのための場所として門戸を開いた。多くの都市はタイニーホームを迷惑に感じたり、資産価値を下げると考えるため、タイニーホームをブロックするように区画整理されている。

スプールは、人々を呼び戻す切り口を見つけようとしていた。それは、彼らが新しい隣人を迎え入れることに興味があることを示している。ただ、次に引っ越してきた隣人がたまたま、800メガワットのビットコインマイニング施設だった。

「良き隣人」

──ギャラクシーはまた、町の市民プールを再開する契約を結んだ。このような投資はビットコインマインイング施設では一般的なのか?

ビットコインマイニング施設ではよくあることだ。市民プールの話は他でも聞いたことがある。地域の公民館を修理した会社の話も聞いたことがある。

テキサス州ロックデールでビットコインマイニング施設を運営するライオット(Riot)は、地元のソフトボールチームに資金を提供している。なぜなら、このような小さな町に引っ越してきたら、良き隣人にならなければならないからだ。

それがどのようなものなのかを学ばなければならないが、企業としてちょっと難しいことかもしれない。他の多くのテックや金融のビジネスとは違って、何世代にもわたって同じやり方を続けてきた小さな田舎町でビジネスを展開している。地域社会に溶け込む最も簡単な方法は、多くの場合、何か実践的なことをすることだ。

もうひとつ映画で触れられなかったことは、スプールは多くの低所得地域と同様、麻薬問題の温床だということだ。我々は、麻薬は都市部の問題だと考えがちだが、まさに地方の問題だ。

希望もチャンスもあまりない。スプールで生まれた多くの人がラボックやオースティン、ダラスに移っていく。スプールに残った人たちは、ときに取り残されたように感じることもある。ある意味、町民プールは象徴だ。このテック企業は地元の人々を大切にしていることを示している。

──騒音公害を心配している人に話を聞いたか?

この地域では聞いていない。空調装置をいくつか配備する予定なので、それが今後の課題になるかもしれない。

しかし今のところ、施設はすべて液浸冷却を採用している。私の知る限り、北米最大の液浸ビットコインマイニング施設だ。液浸マイニングのいいところは、基本的に静かなことだ。

マイニング施設自体も、住宅地からかなり離れた場所にある。スプールの町から10マイル(約16km)ほど離れている。どこに行くにも車で20分はかかる。だから私の知る限り、騒音に対する苦情はないはずだ。

──最後に一言あれば。

この映画や、我々が行っている他の仕事を通じて、人々が既成概念にとらわれず、町がどのようにビジネスを誘致できるか、また、これらの企業がどのように地域社会に貢献できるかについて考えるきっかけになることを願っている。

ギャラクシーはその点で、本当に良い仕事をしたと思う。プール再開によって彼らは約束を果たし、みんなが飛び跳ねたり、水しぶきを浴びせ合ったりすることになるだろう。映画の中でもそう言っていたはずだ。この夏、プールで水しぶきが上がらないなら、ギャラクシーは失敗したということになる。

ビットコインマイニングは、地域社会にとって、より重要な話題になっていくと思う。もしビットコインマイナーが小さな町の中でビジネスのバランスを取る良い方法を見つけなければ、問題が増えるだろう。小さな町は嫌だと言っても構わないのだから。

|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:ギャラクシー・デジタルのマイク・ノボグラッツCEO(Will Foxley/The Big Empty)
|原文:Bitcoin Mining’s Boon for Small Town America