東京発のイノベーションを創出し、持続可能な都市をめざすイベント「susHi-Tech TOKYO2024」で5月16日、「日本はアジアのWeb3ハブとなれるか」をテーマにしたセッションが開催された。
Startale Labs CEOでAstar Networkファウンダーの渡辺創太氏、金融庁総合政策局フィンテック参事官室 チーフフィンテックオフィサーの牛田遼介氏、N.Avenue/CoinDesk JAPAN 代表取締役CEOの神本侑季が、日本のWeb3の現在地と近未来の可能性を語り合った。司会は、日本最大級の暗号資産(仮想通貨)カンファレンス「IVS Crypto」の運営責任者Whiplus Wang氏が務めた。なお、セッションは英語で行われた。
身近になってきた「Web3」
渡辺氏がWeb3の定義と魅力を次のように語った。
「Web1によって、私たちは情報をウェブ上で読み、リンクを通じて別のページに移動できるようになった。Web2では、InstagramやTwitter、Facebookのように、ユーザが情報を読むだけではなく、書き込めるようにもなった。Web3の特徴はそれに加えて”所有”もできるようになったことだ」
「インターネットのおかげで情報の民主化は進んだが、ブロックチェーン以前は、企業や当局による中央集権的な仕組みなしに、お金や株式などの価値を所有し、他人に送ることは不可能だった。Web3ではブロックチェーン技術によって、デジタル価値を自分で所有し、それを他の人たちに送ることができるようになった」
「暗号資産やNFT、セキュリティトークンなどの”価値”を、銀行や取引所のシステム上ではなく、自分のポケットの中で所有・管理できるようになった。そういう選択肢が加わったのだ」
「Web3はデジタルの世界に、財産権・所有権をもたらしたことは、とてつもないことだ。しかもWeb3は生まれたばかりで、その限界がまだ見えていない。いまからでも、あなた自身がその世界に参加できるし、”Web3の定義”をさらに拡張していくことも可能だ。そこがこの世界のエキサイティングなところだ」
Web3の現在地について、神本CEOが補足した。
「ビットコインが誕生してから約15年だが、暗号資産市場はわずかな期間で2兆ドルを超える規模になった。伝統的な金融機関がWeb3に参入し、米SECがビットコインETFを承認するまでに至っている。背後にある複雑なシステムを意識せずに、ビットコイン投資をすることが多くの人たちにも可能になった」
世界の注目を集める「日本の法規制」
続いて金融庁の牛田氏は暗号資産をめぐる法規制を解説。牛田氏は長期的視点でイノベーションを作り出すことと、社会の安定性を保つことを両立させようとする、日本の立ち位置を伝えた。
「暗号資産は過去10年間、規制当局に多くの課題と問題を生み出してきた。北朝鮮のサイバー攻撃者などがハッキングを行っている。10年前には、取引所のマウントゴックスがハッキングされる事件もおきた」
「最近では、暗号資産の取引を禁止する国も増えている。しかし、日本はそのようなアプローチはとっていない。私たちはブロックチェーン技術がもたらし得る将来のイノベーションの重要性を認識しているからだ」
「たとえばインターネットも、30年前には信頼できないものとみなされ、インターネットバンキングやキャッシュレス取引などに使われるとは誰も信じていなかった。しかし、新型コロナウイルスのようなパンデミックの状況では、インターネットはもはや不可欠なものとみなされている。暗号資産やブロックチェーン技術の将来にも同様に長期的な視点を持つべきだ」
「私たちはAML/CFT(アンチマネーロンダリング/テロ資金供与対策)や、詐欺リスクの軽減などを通じて、誰にとっても安全な環境をつくることと、イノベーション達成のバランスを取ろうとしている。暗号資産やステーブルコインなどに対応した包括的な枠組みを作った。日本の規制は透明性がある。規制のもと、何ができて、何ができないのかは、質問があれば我々に問い合わせてほしい」
牛田氏が暗号資産についてポジティブなメッセージを送ったように、日本の法規制はいま、世界の注目を集めている。神本CEOがその経緯を振り返る。
「2022年に起きたFTXの崩壊は、暗号資産業界に大きな悪影響をもたらした。しかし日本では、暗号資産への信頼がそこまで揺らがなかった。日本政府のリーダーたちがいち早く、Web3業界の声を聞きながら、透明性の高い、独自の規制を作り上げていたからだ」
「そうした背景もあり、NTTドコモやソニーなどの大手企業がWeb3領域に続々と投資をしている。海外企業も日本のWeb3が持つ可能性に気づき始めている」
牛田氏も続ける。
「日本の規制は、FTX以前には”厳しすぎる”と指摘されることもあった。しかし、今は諸外国が似たようなタイプの規制を導入しようとしている。規制について、我々の方向性は間違っていないと考えている」
「日本でWeb3は、政治主導で政策が決まっている数少ない分野のひとつだ。議員のつくるプロジェクトチームが、どうすればイノベーションを推進できるかという視点で議論を進め、関係省庁もそこに協力をしている。規制は、技術の発展にともなって、日々アップデートされている。引き続き、DeFi(分散型金融)などへの対応を進めていく必要があるだろう」
なぜ日本でWeb3なのか?
Whiplus氏の「なぜ日本でWeb3ビジネスをするのか?」という問いかけに対し、渡辺氏は次のように答えた。
「Web3は非常に物議を醸している存在だが、起業家にとっては、まさにそこが良い点でもある。Web2世界の勝ち組であるアメリカは、Web3にはまだ及び腰で、規制についての議論も日本の方が進んでいる。起業家としては、すべてが定まってしまった市場に、あとから参入するのでは遅すぎる。パイの大部分が、すでに他の誰かに取られてしまったあとだからだ。そうではない場所で戦う必要がある」
「ビットコインは誕生して15〜16年経つが、まだ一度もハックされたことがない。それぐらい堅牢な技術だ。ただ、ブロックチェーンと現実世界をつなぐ部分、つまりブリッジの管理部分ではまだ多くの課題がある。社会としても、まだ準備ができていない部分がある。だからこそ、わたしは大きな可能性を感じている。20〜30年後、Web3は多くの産業やサービスにインテグレートされているだろう。私たちも次のグーグルやアップルを創ることができる可能性がある。そのためには最初の1歩から、グローバルな思考をする必要がある」
「ただ、日本で生まれ育った日本人としては、いきなり米国市場で勝つことは簡単ではない。ソニーやサムソンからの資金援助を受け、シンガポールに拠点を置いているのは、独自のナラティブ(物語)を作るためだ。規制面での優位性や協力者、資金、ナラティブなど、さまざまな力をレバレッジとして使い、世界市場で強いプレゼンスを打ち出したいと考えている。そのためには日本企業からの出資や、パートナーシップは非常に重要だ」
これに対し、Whiplus氏は「日本出身以外の起業家にとっても、日本は魅力的か?」と質問。
渡辺氏は「もちろん。規制がどんどん明確になっているし、日本はWeb3を”国策”として捉えている数少ない国のひとつだ。税率など、改善すべき点はまだまだある。しかし、ルールは日々改善されていっているし、業界と政治とのコミュニケーションもとても円滑に行われている」と答えた。
求められているのは「ユースケース」
日本は、アジアのWeb3ハブになれるのだろうか? そのために不可欠なのが魅力的な「ユースケース」だと登壇者は口を揃える。
渡辺氏は次のように指摘する。
「”技術”は、人間の生活を良くも悪くもするものだ。もちろん規制は必要だが、すべてを禁じて、その技術を使えなくしてしまっては意味がない。双方向の建設的な議論が必要だ。必要なのは国内で強いプレゼンスを持ち、海外からも注目されるような、わかりやすいユースケースだろう。わたしが創り出そうとしているのも、そうしたユースケースだ」
規制も「どのようなユースケースが登場するのか」に大きく左右される。牛田氏は将来のクリプト規制について、次のように語る。
「わたしたちは、イノベーションや起業家、Web3の”敵”ではない。しかし、規制当局や社会全体を納得させるためには、地域経済の活性化や国境を越えた課題の解決など、社会問題を解決するためのユースケースが必要となってくるだろう」
「技術の発展も必要だ。クロスチェーン・ブリッジやいくつかのDeFiプロトコルには、まだ多くの脆弱性があるように思える。テロ資金調達を防ぐためには良好なセキュリティが必要だ」
「規制当局も、エコシステムの開発に関するステークホルダー。イノベーションを窒息させてしまわないよう、厳しくなりすぎないように努めている。しかし同時に、消費者保護や経済犯罪の阻止、金融安定も実現しなくてはならない」
「今後もゴールは変わらないが、非中央集権的なエコシステムを対象とした規制は、従来の銀行や企業を対象とした規制とは別のアプローチが必要だろう。すべてのステークホルダーにとって、意味のある規制にするためには、業界からのインプットが不可欠だ」
暗号資産は徐々に実社会に浸透している。神本CEOは、昨年メルカリがビットコインの取引サービスを開始し、数多くの暗号資産口座が開設されたことや、2024年からはメルカリでのビットコイン決済も開始されたことを指摘し、「暗号資産ユーザーが今年も増えていくだろう」と話した。
渡辺氏も「現時点ではWeb3のユーザーは、世界人口の3%しかいないが、2030年には10億人を超えて15〜16%になり、2040年までには50〜60%になるだろう」として、次のように予測と抱負を語っていた。
「5年以内には、Gmailで暗号資産やステーブルコインが送受信できるようになるだろう。インターネットの仕組みを意識せずに使うのと同じく、自分がどのブロックチェーンを使っているのかも意識せずに使う時代もやって来る。10年以内には、多くの価値がトークン化されてチケットや不動産の権利をポケットに入れて持ち歩き、いつでも取引が可能な社会も実現可能だろう。ユーザーたちに、これまでにない体験を届けられると思うと、とてもワクワクしている」
|取材・翻訳・文:渡辺一樹
|撮影:渡辺一樹