- 規制の不確実性にもかかわらず、顧客に利回りを提供するステーブルコインが登場し、マネー・マーケット・ファンド(MMF)やドル預金として保有されている世界中の何兆もの資金を奪い合っている。
- ステーブルコインには、インターネット上での決済を費用対効果の高いものにする可能性があるため、ペイパル(PayPal)は、MMFをもとにした利回り創出機能が決済機能とは異なるものとして提供されるようになると考えている。
ステーブルコインは長い間、暗号資産(仮想通貨)業界で重要な役割を担ってきた。デジタルエコノミーで資金を移動させたり、法定通貨に清算することなくボラティリティを回避したり、取引の担保として差し出すための手段として。
決済におけるステーブルコインの有用性は明白。米ドルやユーロのような従来の通貨をブロックチェーンベースの形で再現し、消費者がすでに慣れ親しんでいる通貨のデジタル版として機能する。
トークン保有者に収益を還元
しかし、莫大な資金がステーブルコインに注ぎ込まれ、莫大な利益をもたらしている一方、ステーブルコイン発行者がその利益をトークン保有者と分かち合うことはこれまであまりなかった。
CoinDeskのデータによると、テザー(Tether)のUSDTは発行資産残高1120億ドル(約18兆円、1ドル157円換算)で世界第3位の暗号資産、サークル(Circle)のUSDCは320億ドルで第6位だ。
その資金は米国債のような最も安全と考えられている資産に投資され、これらの企業は年間数十億ドルの利回りを得ている。これは、伝統的金融商品であるマネー・マーケット・ファンド(MMF)の暗号資産時代バージョンといえる。
両者の違いは、マネー・マーケットの発行者は、債券などへの投資で得た利回りを顧客と共有している点にある。
最近まで、低金利環境で競争がなく、ユーザーや販売パートナーはあまり気にしなかったため、ステーブルコイン発行者は担保を使って得た利回りをすべて保持できたとベンチャーキャピタル会社ドラゴンフライ(Dragonfly)のゼネラルパートナー、ロブ・ハディック(Rob Hadick)氏は述べた。
「しかし、金利が上昇するにつれ、ステーブルコイン発行者は極めて収益性が高くなり、取引所のようなパートナーやパワーユーザーが収益の分け前を求め始めるのは当然のこと」とハディック氏は指摘した。
米国では規制によってステーブルコイン発行者がユーザーに利回りを還元することは禁じられており、間もなく施行されるMiCA(暗号資産市場規制法)によって欧州でも同じことになるだろう。
しかし、ブロックチェーンは世界中に広がっており、顧客に収益を還元するステーブルコインが登場してきた。オンド(Ondo)、マウンテン(Mountain)、アゴラ(Agora)などの企業がより公平な経済モデルを約束し、競争はすでに熱を帯び始めている。つい先週、パクソス(Paxos)は、UAE(アラブ首長国連邦)の規制を受けた利回り付きステーブルコイン「リフトドル(Lift Dollar:USDL)」を発表した。
決済に特化
ステーブルコイン発行者がマネー・マーケットの利回りの形で何かを還元することは賢明な戦略であり、サークルやテザーのような、取引のために担保として差し出されるトークンのほとんどを占める伝統的なドル連動型ステーブルコイン発行者にとっては懸念のもととなる可能性もある。
しかし、純粋に決済に特化したステーブルコインを使用し、大規模に取引を行うことで得られるコスト効率など、ユーザーに還元する方法は他にもある。これが、フィンテック大手のペイパルが手がけるステーブルコインPYUSDの狙いだ。
ペイパルのSVP兼ブロックチェーン責任者であるホセ・フェルナンデス・ダ・ポンテ(Jose Fernandez da Ponte)氏によれば、今後数年間で、ステーブルコインの決済機能とマネー・マーケット・ファンドの利回り創出機能が別々のものとして提供される可能性があるという。
「数年後には、企業の財務担当者はマネー・マーケット・ファンドに流動性を保ち、支払いが必要になった瞬間に、そのマネー・マーケット・ファンドをステーブルコインに切り替えて支払いを行うようになると思う。それがステーブルコインの目的だからだ」とフェルナンデス・ダ・ポンテ氏は語った。
ペイパルは明らかに、USDTやUSDCと比較して、その預かり資産がどのように積み上がるかを心配するよりも、より高速で安価な決済を行う能力を磨くことに重点を置いているようだ。その証拠に例えば、PYUSDは現在、高スループットのソラナ(SOL)ブロックチェーンと統合されている。
しかし、PYUSDのような決済に特化したステーブルコインが、中央銀行デジタル通貨(CBDC)やイールドシェアトークンを前にして必ずしも成功すると皆が考えているわけではない。バンク・オブ・アメリカのアナリストらも先日、レポートの中でそのような見解を発表した。
PYUSDはUSDTやUSDCに比べれば規模は小さいが、Xoomやヴェンモ(Venmo)のようなアプリケーションを通じてフィンテックや決済の世界で大きな影響力を持つペイパルの失敗に賭けることは賢明ではないだろう。
「正直に言って、暗号資産業界の中ですでにペイパルより優れた流通を持っている企業があるだろうか」とドラゴンフライのハディック氏。
「私の考えでは、PYUSDがDeFi(分散型金融)を普及させたり、他の(ペイパル以外の)アプリケーションを普及させたりする可能性は低い。しかし、ペイパルは、バックオフィス業務の負担を軽減し、資本効率を高めることで利鞘を50ベーシスポイント改善し、おそらくその一部を顧客に還元することができるだろう」
ドルベース
決済手段としてのステーブルコインは永続的な価値を持ち、非常に重要であると、ステーブルコイン発行会社パクソスのチャールズ・カスカリラ(Charles Cascarilla)CEOは述べた。
しかし、マネー・マーケット・ファンドの6兆ドル程度と銀行預金17兆ドル程度、そして海外のマネー・マーケット・ファンドとドル預金でさらに何兆ドルもあることを考えると、世の中にはもっと大きな可能性があるとカスカリラ氏は語り、次のように続けた。
「決済資産は常に、広範な預金とドルベースの一部だ。そのため、決済用ステーブルコインに使われるものは限られてくる。多くの人がリターンを生むものに投資したいと思うだろうから」
ハディック氏は、時間が経つにつれて、伝統的金融と暗号資産の両方でほとんどすべての取引がトークン化された利回り付き担保に移行するという考えに同意した。
「資本効率を高め、日中決済を行いながら利回りを稼ぐことができるというメリットは、どのような大手機関にとっても無視できないものとなるだろう」とハディック氏は述べた。
|翻訳・編集:山口晶子、増田隆幸
|画像:Gerd Altmann/Pixabay
|原文:Stablecoin Issuers Want to Give Something Back in Multi-Trillion-Dollar Market Race