世界中のサッカーファンを魅了するパリ・サンジェルマンやインテル・ミラノが、「ファントークン」を発行することで、国境を越えたファン・コミュニティとのエンゲージメントを強めている。
欧州のスポーツビジネスは、ブロックチェーンがつなぐトークン経済圏を活用した、一歩先を行くエンターテイメント事業を始めた。
そのスポーツファントークン(代替性トークン=FT)の発行プラットフォーム「Socios.com(ソシオス・ドット・コム)」を運営するチリーズ(Chiliz)が、SBIデジタルアセットホールディングス(SBI DAH)とパートナー契約を結び、日本市場に参入する。
2社の経営幹部は6月、東京・六本木にあるSBIグループの本社で合弁会社設立に向けた最終協議を行った。その合間に、チリーズで最高戦略責任者を務めるマックス・ラビノヴィッチ氏と、SBI DAH・最高経営責任者のフェルナンド・ルイス・バスケス・カオ氏を取材した。
チリーズは欧州のサッカーリーグやラグビーチームなどと提携し、Socios.comには現在70種類を超えるファントークンが発行されている。ユーザーの数は200万人を超えた。チリーズは独自のブロックチェーン「チリーズチェーン(Chiliz Chain)」を開発し、そのネイティブトークンの「CHZ」はアプリ上の決済に利用されている。
ファンは、支援するチームのファントークンを保有することで、報酬や特典を取得したり、チームが開く特定の決定会合に参加することができる。マルタに拠点を置くチリーズは、顧客基盤約5000万件を超えるSBIグループと手を組み、アジア展開を進めていく。
アジアのスポーツ大国・日本で、いかに事業を仕掛けていくのか?人口減少と高齢化が進むなか、日本のプロスポーツビジネスはグローバル化を本格化させるフェーズに入ったとも言われる。チリーズは果たしてその潮流を勢いづける起爆剤となるのか?
交渉開始は冬のヨーロッパ、今後の焦点は日本の法規制
──日本の合弁会社設立に向けた協議はどんな状況か?
フェルナンド:合弁会社(JV)の設立は今夏を予定している。まずは法規制の部分を固めてから、JVのコンプライアンスやリスクマネジメントを含む人員体制の設計を進めていく。初期段階では15人、20人規模の人員が必要になるかもしれない。
マックス:我々は日本においてユニークな立場にある。他の多くの市場ではこれまで、時に不確かな規制に直面することもあった。規制当局と話し合いながら、事業に必要なコンプライアンスや他の側面を手探りで構築することがあった。
一方、法規制が整っている日本では、我々が進めてきたアプローチをそのまま行うことにはならない。
まず着手するべきことは、SBI DAHとの提携を通じて、日本の法規制に遵守した事業体制を作り上げていくこと。その体制の下で、ファントークンを日本に迎え入れて頂き、日本市場と世界を繋いでいきたい。
──交渉はいつ頃始まったのか?
フェルナンド:今年1月に欧州で開かれた国際会議でアレックスと会い、お互いを称え合うような会話をした。これが(交渉の)きっかけとなった。
マックス:日本の厳しい法規制に遵守し、透明性のあるサービスを提供するために相応しいパートナー企業を長いあいだ模索してきた。デジタル資産領域において、SBI DAHは特に日本やシンガポールなどでも法規制の部分で強いネットワークと知見を有している。
フェルナンド:およそ半年の間、密に話し合いを進めてきた。短期間ではあるが、数年間話し合ってきたような感覚だ。今後最も注力しなければならないのは、法規制に対する取り組みだ。スポーツファントークンがクロスボーダーで流通する際、世界各国の異なる法規制をクリアしなければならない。
成熟した日本のスポーツエンタメ
──日本市場の魅力は何か?
マックス:日本の消費者(スポーツファン層)へのアクセスを望む世界のスポーツIP(知的財産)側の強い需要があるということ。特に欧州サッカーのファンコミュニティには、日本のファンが多く存在する。
次に日本のプロスポーツのユニーク性と、スポーツに対する熱狂は魅力的だ。長い日本の歴史がスポーツの文化を熟成させてきたことを強く感じる。
世界のプロスポーツIPのファントークンを日本のファンに体験してもらいたい。同時に、日本のプロスポーツチームが、海外市場でファンコミュニティを作るためのサポートができるだろうと考えている。
スポーツに国境はない。ファンは国籍に関係なく特定のチームを支援するわけで、資産(トークン)がファンとチームの関係性をより強いものにする。
フェルナンド:マンガ、アニメ、ゲームに加えて、日本の代表的なエンタメコンテンツにはスポーツがある。プロ野球、サッカー、相撲……。しかし、日本で醸成されてきた魅力のあるスポーツコンテンツを、海外のより多くのファン層と繫ぐ取り組みが必要だろうと思う。
巨大化する欧州サッカーのファンコミュニティ
──例えば、米メジャーリーグ(MLB)の観戦チケットの総売り上げは、日本のプロ野球の規模をはるかに超える。日本のプロスポーツの市場規模や時価総額を拡大するには、アジア展開、世界展開を本格化させるべきとの声が頻繁に聞かれる。
マックス:日本でライブ体験したスポーツはプロ野球だ。熱狂的な応援をする多くのファンが、スタジアムで貴重な時間を過ごしている様子を目にした。
同時に、欧州や米国の野球ファンが日本のプロ野球を楽しむ機会が少ないということを、改めて実感した。欧米に住む日本のプロ野球ファンや、これからファンになり得る人たちと、日本のプロ野球を繫ぐチャネルがない。
どんなに小さな方法でも、世界のファンと日本のプロスポーツを繫ぐことを進めていけば、未来の成長につながるはずだ。
日本市場における事業において、まず着目すべきと考えているのは、もちろん欧州のサッカーだ。欧州サッカーのファンコミュニティは巨大でグローバルだ。南米、アジア、アフリカとボーダーレスに存在する。
我々はサッカー以外のスポーツでもサービス提供をしてきたが、最も成功を収めたケースは欧州のサッカーであることは間違いない。
時にネガティブな意味合いで、日米のスポーツ市場規模比較や日欧比較をされるのかもしれないが、日本のプロスポーツはそれだけ未来の成長ポテンシャルがあるということだろう。
野球、サッカー…チリーズで発行される日本初のファントークンは?
──SBIグループはチリーズとのJVをどう進めるべきと考えるか?
フェルナンド:SBIは5000万件を超えるリテールの顧客基盤を持っている。加えて、傘下に置く暗号資産取引所を含むデジタル資産事業を通じて培ってきた知識と経験は、チリーズと我々とのJVを前進させる一つの大きなカギとなる。
まずは、Socios.comで既に流通しているファントークンを、日本で上場できるようにすることがフェーズ1だ。次に、日本版Socios.comというアプリケーションを運営する準備を進めることがフェーズ2になるだろう。
ファントークンは、「ファンジブルトークン(FT=代替性トークン)」で、日本ではその多くが暗号資産として規制されることになる。
マックス:長いプロセスになるかもしれない。しかし、法規制に則った体制を整えることを、可能な限り速く、可能な限り注意深く進めていきたい。また、日本ではSocios.comという名前を使わずに、日本に相応しいブランド名を考える必要があるかもしれない。
──ファントークンの発行は、プロスポーツチームにとっては資金調達の一選択肢になるということか?
マックス:ファントークンが販売されれば、確かにチームの売り上げの一部として計上されるものの、ファントークンをスポーツチームが資金を調達するためだけのメカニズムとして捉えるのは間違いだ。
伝統的なスポーツチームの事業モデルは、チケット販売や放映権、スポンサー契約、ファングッズの販売などがある。一方で、チームはイノベーティブな方法を通じて、ファンに対する新たな価値を与えようと努力している。
日本のプロスポーツチームの課題が、我々が見てきた欧州のサッカーチームのニーズに類似するものであれば、一つの解決策はファントークンを通じて導かれるだろうと思う。
現段階で、日本のどのスポーツの、どのチームにファントークンの提案を行うかは決めていないし、それを議論するのは時期尚早だ。
フェルナンド:希望的には(プロ野球とサッカー)の両方だ。二者択一というわけでもないだろう。
マックス:(ファントークンの)ニーズは日本に根強く存在していることは確かだ。日本のプロ野球とJリーグの関係者と以前、議論をしたことがあったが、その時は日本事業の検討を中断した。法規制を含む市場環境が不透明ななか、事業計画を進めるわけにはいかなかった。
──日本のプロスポーツチームが世界中のファンを魅了することは可能だろうか?
マックス:不可能ということはないと思う。ただ時間を要するのは確かだ。スポーツビジネスは長期事業であり、保守的でもある。
世界中の全てのサッカーチームは世界No.1のチームを目指しているが、それをたったの5年で達成することは難しい。歴史を見れば、名だたるチームは25年、50年、75年の時間を経て、世界No.1の地位を確立してきた。
そのチームを応援するファンは、一つの世代から次の世代へと受け継がれ、そのコミュニティは変化・成長してきた。ファンとの繋がりはとても重要で、ファンコミュニティとのエンゲージメントをいかに高められるかを考えるのもチームマネジメントの一つだろう。
加えて、全てのスポーツチームが同じマネジメント方針の下で運営しているわけではない。それぞれが異なり、ファンエンゲージメントに対する考え方も異なる。多種多様なチームのファントークンを扱うことで、我々も多くを学んだ。
日本には、スポーツを応援する成熟した大きなファンコミュニティが存在する。まずは、ファントークンという体験を日本のファンに楽しんでもらいたい。
|インタビュー・文:佐藤茂
|トップ写真:左・チリーズ最高戦略責任者のマックス・ラビノヴィッチ氏、右・SBI DAH最高経営責任者のフェルナンド・ルイス・バスケス・カオ氏(撮影:多田圭佑)