マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金供与の対策強化が世界各国の銀行に求められる中、国際決済を行う上で重要な受取人情報の確認を行うための新たなネットワークに参加する銀行が増えている。
その情報基盤は、米銀最大手のJPモルガン・チェースがイーサリアムのブロックチェーンを使って開発した「インターバンク・インフォメーション・ネットワーク(IIN)」で、通称「イン」と呼ばれている。
2018年のスタートから現在までに世界約350の銀行が参加を表明。日本からは三菱UFJ銀行、みずほ、三井住友のメガバンク3行を含む約80の金融機関が「イン」に加わっている。現在のところ参加費は無料で、インターネット環境またはAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)があれば利用できる。
そもそも海外送金はどんな仕組みで行われているのか。
SWIFTとIINの違い
送金は、送金人と受取人がそれぞれの取引銀行を介して成り立つが、銀行は通常、SWIFT(国際銀行間通信協会)のプラットフォームを利用して送金情報のやりとりを行っている。送金銀行と受取銀行の間で通貨決済を完了させるには、当該国の銀行を介する必要があるため、コルレス銀行(コルレス=Correspondentの略)がその取引の中継役を務めている。
例えば、東京に居住するA氏がニューヨーク在住のB氏に送金する場合、A氏の取引銀行はコルレス銀行Aに送金依頼をする。依頼を受けたコルレス銀行AはB氏の取引銀行のコルレス銀行Bに送金し、B氏の取引銀行が資金を受領する。
銀行は主要通貨ごとにコルレス先を有している。例えば、米ドルの主なコルレス銀行はJPモルガン・チェースやシティバンク。ユーロはドイツ銀行。日本円は三菱UFJ銀行があげられる。
ブロックチェーンで迅速、安全に
海外送金では、お金と情報が同時に移行していく。送金を行う際に追加的な情報が必要な場合(たとえば制裁対象等である可能性がある場合)、コンプライアンス照会の確認ができるまで送金が止まってしまう。コンプライアンス照会が滞れば、お金の移転も遅れるため、海外送金が時に数日の時間を要することがある。
この海外送金システムから、送金に付随する情報のやり取りを切り出し、コンプライアンス照会を迅速かつ効率的に行えるよう設計されているのが、「イン(IIN)」のプラットフォーム上で走る「RESOLVE」と呼ばれるアプリケーションである。
これまで不足情報や顧客の個人情報の照会は、送金チェーンをさかのぼる形や、安全性が劣る方法などでやり取りが行われていた。しかし、ブロックチェーンを活用したRESOLVE上では、情報を必要としている銀行と情報を所持している銀行が安全かつ、迅速に情報交換を行うことができる。これによって照会にかかる時間が短縮され、海外送金にかかる時間は短くなる。
9月、国際決済ではJPモルガンと競争関係にあるドイツ最大手銀のドイツ銀行が、インへの参加を決めた。銀行にとって資金の滞留はコストの増加につながる。インのネットワークを活用してコスト削減につながれば、競合が開発した情報基盤と言えども、それに参加する意味は大きいだろう。
また、ドル決済が不可欠で、貿易立国・日本の多くの銀行がインに参加する理由も明らかだ。
中国4大銀行の不在
一方、人気が高まるインが直面する課題もある。貿易において巨大なプレゼンスを誇る中国の主要銀行の不在だ。米中の貿易戦争が問題視される中、中国は日本にとって最大の貿易国(輸出国)である。従って、日本企業による中国への送金は拡大している。
2018年、日本の輸出総額は81兆4800億円に上り、1979年以来で2番目に高い数値となった(財務省・貿易統計)。そのうち、中国への輸出は15兆9000億円を超え、過去最高を記録。また、アジアへの輸出額は約44兆7000億円で、総額の半分以上を占めている。
今後、中国の主要な銀行がインに加われば、この新たな決済情報基盤の役割は、日本企業にとっても一層増すことになるだろう。
JPモルガンは「イン」の試験運用を開始した当初、グローバル決済のプロセスにおける障害を最小限におさえ、送金を迅速かつ効率的に完了させることにフォーカスしていた。現在では、「RESOLVE」のようにネットワーク全体に展開できる新しいアプリケーションの開発を進めている。
無償でプラットフォームを提供することで、より多くの金融機関が参加しやすくなる。そして、多くの銀行が参加し、このプラットフォームが金融業界全体の送金の様々な課題を解決するエコシステムになれば、期待はさらにふくらんでいく。
取材・文:佐藤茂
写真:Shutterstock(JPモルガン本社があるニューヨーク・マンハッタン)