ビットバンクのIPO計画が意味すること:日本の暗号資産業界は重要フェーズに突入した

IPO(新規株式上場)の計画が株主企業のMIXI(ミクシィ)から明らかとなった暗号資産取引サービスのビットバンク(bitbank)は、CoinDesk JAPANの取材に対して「全社一丸となって引き続き事業運営に邁進していく」とコメントし、上場計画に対する意気込みを示した。

実現すれば、国内の暗号資産交換業者による初の株式上場となるが、この背景には日本市場で今後起こり得る大きな変化がある。

ビットバンク広報担当者は8月1日、株主による適時開示以上の情報はないとしたうえで上記のコメントを行った。その前日、ビットバンクの株式26.99%を持つMIXIは、上場時期は未定としたものの、ビットバンク株の東京証券取引所への上場に向けた準備を進めていると発表した。

そもそも国内では少なくとも過去5年間で、ビットフライヤー(bitFlyer)の株式上場の可能性が囁かれ、マネックスグループ傘下のコインチェック(Coincheck)が米国でのいわゆる「SPAC(スパック)上場」を検討している。SPAC上場は、すでに上場している特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場することで、「空箱上場」とも呼ばれる。

米金融大手が仕かけた暗号資産の資産運用ビジネス

(ニューヨークのブラックロック本社:Shutterstock)

国内の暗号資産市場を見ると、口座開設数が今年1000万口座を超え、表面的な数字で見れば、国民のおよそ10人に1人がアクセスできる資産となった。政府・自民党がWeb3を国家戦略のひとつに位置づけたことも後押ししただろう。それでは、なぜ日本の取引口座数は2024年に急増したのか?

そのきっかけの1つは今年1月に米国の金融界で起きた。世界最大の資産運用会社であるブラックロックを含む11社が、ビットコイン現物ETF(上場投資信託)を米国で初めて上場させ、暗号資産愛好家以外の一般の投資家でさえも間接的にビットコイン(BTC)に投資することが可能となった。現時点で、11本のビットコインETFへの累積純流入額は175億ドル(2兆5400億円、1ドル145円換算)に達した。

その半年後の7月には、イーサリアム・ブロックチェーンのネイティブトークン(暗号資産)である「イーサリアム(ETH)」に紐づくETFが複数、米国で上場した。イーサリアムETFをしかけた企業にはやはり、世界の資産運用業界をけん引してきたブラックロックと米フィデリティの名前があった。

米国でのこの動きが起爆剤となり、ビットコインETFがいまだ販売されていない日本では、ビットコイン(現物)に対する投資意欲が強まった。従来の暗号資産取引所に加えて、メルカリもビットコインを購入できるサービスを本格化させた。

10兆ドルの資産を運用し、伝統的な金融界を代表するブラックロックがいよいよビットコインを1つの資産と認識し、新たな投資信託を組成するまでに至ったことは、一般の投資家でさえも無視できない事実だ。

ビットコインETFの登場で事業基盤を広げる米コインベース

(米コインベースの第2四半期の売上収益推移/コインベースの開示資料より)

一方で、米国で取引が始まったビットコインETFによって事業を拡大している米国企業がある。暗号資産取引サービスを手がけ、ブロックチェーンの関連事業を展開しているコインベース(Coinbase)だ。2021年にナスダックに株式上場した初の暗号資産取引所である。

同社の収益構造を見れば、それは一目瞭然だ。

2024年4月~6月の第2四半期、コインベースは14.5億ドルの売上収益(Revenue)を計上した。日本円に換算すると約2100億円を超える規模になる。同社の収益の約5割を占めるのは取引サービス事業で、その収益は約7.81億ドル。そのうちの85%は個人投資家向けの取引サービスから得られるものだ。

注目すべきは「Custodial Fee Revenue(カストディ手数料収益)」と分類されたもので、第2四半期では3450万ドルを計上している。全体収益の14.5億ドルからすると、稼ぎ頭とまでは言えないが、前年同期比で2倍に増加していることがわかる。

ETFの発行体は、その販売と引き換えに購入するビットコインやイーサリアムをカストディ(保管・管理)サービスを手がける企業に委託するが、その役割がコインベースというわけだ。コインベースはビットコインのカストディ業務に加えて、米国で発行されている9つのイーサリアムETFのうち8本のカストディ業務を行っていると報告している(同社決算資料より)。

日本でも発行が可能となったステーブルコインは大きな収益基盤

ちなみに、コインベースの収益基盤の中でもう1つ目を引くのは、日本でも発行できるようになった「ステーブルコイン」に関連する収益だ。

ステーブルコインはブロックチェーン上で発行・取引される、法定通貨に連動するデジタルトークン。米ドル連動のステーブルコインの世界は、世界最大の発行量を誇る「USDT」を発行するテザー社と、2番目に大きい「USDC」を発行する米サークル社が圧倒してきた。

コインベースは昨年にサークルへの資本参加を行い、ステーブルコイン事業の収益を増やす体制を強めてきた。同社が第2四半期に計上した同事業からの収益は2.4億ドルで、前年同期の1.5億ドルから大きく増加した。

サークルのUSDCは、1USDC=1ドルの価値を維持するために準備金(リザーブ)を作っている。そのリザーブは米国の短期国債や現金などで構成され、国債から得られる利息はサークルの収益の柱となっている。金利が上昇する局面では、当然この金利収入は増える。

サークルは現在、米国での株式上場を計画しており、今年1月に米証券取引委員会に申請書を提出している。

「日本版・ビットコインETF」誕生を見据えて動き出した企業

(10周年記念パーティで挨拶するビットバンクの廣末社長:CoinDesk JAPAN)

日本に話を戻すと、ビットコインETFやイーサリアムETFの「日本版」が仮に販売できるようになれば、当然コインベースのようなカストディ業務を行う企業が必要になる。そのための体制作りを進めているのが、暗号資産交換業者のビットバンクやビットフライヤーであり、ブロックチェーン上で取引されるあらゆるトークンを扱おうとしているSBIホールディングスだ。

預かり資産残高が約3840億円で、約160人の従業員が働くビットバンクは2022年に、三井住友トラスト・ホールディングスと組み、デジタル資産の信託事業を行う「日本デジタルアセットトラスト(JADAT)」の立ち上げ準備を始めた。

ビットバンクの株式の30.69%を保有する社長の廣末紀之氏は今年5月、設立10周年を記念するパーティを都内で開き、こう話している。

「これまで比較的保守的に事業を進めてきたが、これからはアグレッシブに展開していく」

ビットバンクの競合であるビットフライヤーは7月、FTX Japanの買収を完了させた。FTX Japanは、世界最大の暗号資産取引所として名を馳せた後に崩壊したFTXの日本法人だが、ビットフライヤーはこの企業の名前を当面「カストディ新会社」と名付けた。暗号資産のカストディ事業体制を整備していく方針だ。

「将来的に日本国内の法制度が整備された場合には、暗号資産現物ETF関連のサービスを提供する」とビットフライヤーは説明している。

SBIは資産運用の米国老舗と手を組む

SBIは暗号資産、デジタル証券(セキュリティ・トークン)、NFT、ステーブルコイン、スポーツファントークンなど、ブロックチェーン上で発行・取引が可能なトークン事業の体制を、提携とM&A(合併・買収)などを通じて国内外で整備してきた。

北尾吉孝会長率いるSBIは7月、資産運用の老舗企業の米フランクリン・テンプルトンと合弁会社を設立する計画を明らかにした。暗号資産(現物)を組み入れたファンドやETFの販売が日本で解禁される未来を想定した、合弁事業の準備だ。

ブラックロック同様にフランクリン・テンプルトンは、ブロックチェーンを積極的に活用して、トークンで取引できる新たな投資商品を開発している。例えば、両社がそれぞれ開発した米国債などに投資するトークン化ファンドには、販売開始から4カ月程度で10億ドルの資金が流入した。

一方、国内市場では、法整備や手続きの問題などから「日本版ビットコインETFの解禁は少なくとも2年はかかるだろう」との見方も聞かれる。しかし、政府は新NISAを通じた国内外の株式やETFなどへの投資を活発化させ、国民の「貯蓄から投資へ」のシフトを加速させてきた。投資家を保護するための法規制は不可欠だが、米国の金融界が資産として認めるビットコインやイーサリアムを組み入れた投資信託は、日本の個人投資家にとっても代替資産の候補になるはずだ。

この新たな市場が生まれると、暗号資産交換業者の役割はさらに重要になる。また、事業価値を高める上で、交換業者は取引サービス事業を超えたトークンの付帯事業の整備が不可欠となる。

|文:佐藤茂、増田隆幸
|画像:Shutterstock
※編集部より:一部本文を修正し、更新しました。