スロースタートだが多様化・商品性の拡大が進む:セキュリティ・トークン(デジタル証券)2024年度第1四半期振り返り

CoinDesk JAPANは、2024年7月よりセキュリティ・トークン(ST:デジタル証券)情報を集約する特設サイト「セキュリティ・トークン最前線」の年間特集企画第二弾を開始した。第一弾に続き、国内で発行・流通する銘柄を集約し、関連ニュースやSTに取り組む当事者のインタビューなどを掲載。セカンダリー市場である大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)の「START」のデータも閲覧できる。

第二弾の開始に際し、2024年第1四半期(4-6月期)のセキュリティ・トークンの動向を振り返ると、発行は不動産STの以下4件、発行総額は約156億円となった(日付は、有価証券届出書の提出日を基準にした)。

  • 三井物産のデジタル証券~浅草・まちなか旅館~(譲渡制限付) 4月1日
  • トーセイ・プロパティ・ファンド(シリーズ3)市ヶ谷(デジタル名義書換方式) 4月15日
  • いちご・レジデンス・トークン -西麻布・代々木・八丁堀・上野・門前仲町・阿佐ヶ谷・金町-(デジタル名義書換方式) 4月22日
  • ケネディクス・リアルティ・トークン Kolet-1(譲渡制限付) 6月7日

セキュリティ・トークン市場は2023年度、大きく成長した。「セキュリティ・トークン最前線」の銘柄一覧のデータを集計したところ、2023年の発行総額は約962億円、うち不動産STは約826億円、件数は20件にのぼった。

ST取引・管理基盤「ibet for FIn」を手がけるブーストリー(BOOSTRY)4月、日本のセキュリティ・トークン市場総括レポート(2023年度)」を公表。そこにも「2023年度の発行総額は900億円を突破、前年比5.8倍」と記されている。

(ブーストリーのレポートより)

2023年度の結果を踏まえると、第1四半期は発行総額、件数ともにややスローペースに思える。特に6月の「ケネディクス・リアルティ・トークン Kolet-1(譲渡制限付)」は発行金額が約93億円にのぼる大型案件で、仮にこれが第1四半期にカウントされなければ(発行は7月)、第1四半期は3件、発行総額は約64億円にとどまっていた。

スローペースではなく、むしろハイペース

第1四半期のST市場の状況について、野村證券 デジタル・アセット推進室 ヴァイス・プレジデントの坂本祥太氏は「こと当社については、昨年度(2023年度)における7月末時点のST取扱件数/金額が0件/0億円であった点を考慮すると、現時点における今年度(2024年度)のST取扱件数/金額の1件/92.51億円はむしろハイペースと言えます」と述べている(編集部注:6月のケネディクスの案件は野村證券の取り扱い)。

もちろん、第1四半期が終了したばかりの段階で、市場動向を評価することは時期尚早でもある。

しかし、その一方で坂本氏は「市場金利の上昇や好調な株式市場等を背景に、昨年度の同時期と比べて、比較的高金利の商品が購入できる環境、ならびに(特にリスクを選好する投資家にとっては)株式市場に投資しやすい環境にあり、STの発行体/アセット・マネージャーにとっては、このような市場環境でも投資家が魅力を感じるリスク・リターン・プロファイルの商品設計を行う難易度が相対的に高まっている可能性があるとも推察されます」とも述べた。

つまりは、株式市場が好調ななか(5日、日経平均はブラックマンデーの翌日を超える史上最大の下げ幅4451円安を記録したが、6日には大きく反発、3217円高という史上最大の上げ幅となった)、投資家の関心を惹きつけるには、セキュリティ・トークンには株式を超える魅力が必要というわけだ。

株式に負けない魅力

(ケネディクス・リアルティ・トークン Kolet-1(譲渡制限付)のイメージ写真:ケネディクス)

株式に負けない魅力という意味でも、6月のケネディクスの案件は注目される。これまで不動産STのメリットとしては「投資の手触り感」があげられ、運用マネージャーが物件を選定し、入れ替えをするポートフォリオに投資するJ-リートとは違って、投資している物件が明確なことが特長とされてきた。不動産の持つ「わかりやすさ」が不動産STの特長でもあった。

だが、「ケネディクス・リアルティ・トークン Kolet-1(譲渡制限付)」は、ケネディクスが展開する賃貸戸建シリーズのポートフォリオ(484戸/462物件)を対象とするユニークな商品。J-リートと不動産セキュリティ・トークンの中間のような商品とも言える。

セキュリティ・トークンの取引・管理基盤「ibet for Fin」を手がけるブーストリー(BOOSTRY)は4月、日本のセキュリティ・トークン市場総括レポートを公表。そのなかで今後の展望として「2023年度はセキュリティ・トークンの活用が実証実験から実用段階に移行した期間となりました。発行額や商品性、取り扱い金融機関の拡大は2024年度も拡大が見込まれます」と述べている。この案件は、商品性の拡大のひとつの例と言えるだろう。

商品性の拡大

さらに商品性の拡大という意味では、第1四半期からは外れるが、7月、映画製作委員会への出資をセキュリティ・トークン化したユニークな商品「映画デジタル証券・フィルムメーカーズプロジェクト1 – HERO’s ISLAND」が登場した。

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先日、CoinDesk JAPANを運営するN.Avenue代表取締役の神本侑季とのXスペースでの会話のなかで、ST基盤のシェアをibet for Finと分け合うプログマ(Progmat)の代表取締役 Founder and CEOの齊藤達哉氏は、この映画STについて、STに対する既成概念を打破してくれたと語った。

齊藤氏は、不動産を対象アセットとしたST商品に携わる立場から、金融商品として堅実・確実なものを届けることを意識していたが、映画STのスキームを見て、「こういうやり方もあり」と考えさせられたと述べた。

例えば、映画STは予定利回りを明らかにしていない。不動産STでは考えられないことだ。だが映画という大成功もあれば、大失敗もあり得る商品を対象としている以上、想定とはいえ、利回りを書くことはある意味、無責任とも言える。

さらに言えば、この映画STに投資する人は、確実な利回りを求める人ではなく、映画づくりを応援したい人、さらに言えば映画づくりに参加するという夢を買う人と言えるだろう。

過去にもクラウドファンディングで映画づくりを応援し、見返りとして劇場チケットなどが得られる事例などはあった。だがセキュリティ・トークンならば、応援し、完成した作品を見るのみならず、作品が成功すれば、リターンを得ることもできる。また作品をアピールし、周囲に勧めることは作品の成功につながり、自分にもプラスになる。

商品性の拡大という意味では、映画STの登場によって、セキュリティ・トークンは大きな一歩を踏み出した。ブーストリーは、2024年度のセキュリティ・トークン市場の規模は1700億円程度に拡大すると見ているという。第1四半期の156億円からどのような展開を見せるのか、スローペースが思いがけず続いてしまうのか。

なお、直前だが本日8月6日18時〜、「映画デジタル証券・フィルムメーカーズプロジェクト1 – HERO’s ISLAND」の販売を担当するフィリップ証券の代表取締役社長 永堀真氏に、N.Avenue 神本侑季がXスペースで映画STについて話を聞く。映画STに取り組んだ背景、苦心した点など、リアルに知りたい方はぜひ、参加してください。

|文:増田隆幸
|画像:2023年度最大のST案件となった「月島‐リバーシティ21イーストタワーズII」(ケネディクス)