「ゲンスラー氏、ハリス政権で財務長官に」という記事について

数日前、ワシントン・レポーター(Washington Reporter)は、カラマ・ハリス氏は「もし当選すれば、ゲーリー・ゲンスラー氏を財務長官に指名する可能性が高い」という衝撃的な記事を掲載した。匿名の情報をもとに、次のようなに記している。

「SEC(米証券取引委員会)ののゲーリー・ゲンスラー委員長は公には現職を退く意向を表明していないが、複数の上院スタッフがワシントン・レポーターに語ったところによると、もし11月の選挙でカマラ・ハリス氏が当選した場合、ゲンスラー氏を財務長官に指名する予定だ」

仮にこれが事実なら、暗号資産(仮想通貨)業界にとっても、それ以外にとっても、確かに大きな出来事となるだろう。

ゲンスラー氏は、SECによる度重なる強引な「執行措置」や、デジタル資産に関して何が合法で何が違法なのかを明確にしない姿勢から、暗号資産業界では(はっきり言って)嫌われている。

この記事は本当なのだろうか? 証拠を精査してみよう。そして、このストーリーがどのようにして生まれたかを考えてみよう。

「複数の上院の幹部スタッフ」が、ハリス政権でゲンスラー氏が財務長官になる可能性があると信じていることは事実かもしれない。ゲンスラー氏がその職を熱望していることは以前から知られており、彼には確かにその資格がある。

ゲンスラー氏はウォールストリート(ゴールドマン・サックス)で働いた経験があり、アメリカの主要な市場規制当局であるSECとCFTC(商品先物取引委員会)の両方を率いた経験があり、MITの教授も務めた。彼は経済分野における経験豊富な公務員であり、財務長官候補として検討されない理由はない。

ハリス氏が大統領選に勝利し、上院の過半数を占め、民主党および共和党の上院議員たちを説得して自身の指名を支持させる必要があることはさておき、ほとんどの専門家は可能性は低いと見ているが、ゲンスラ氏が来年、財務長官の職に就く可能性は確かにあり得る。

しかし、このニュースには、まともな編集者であればすぐに赤ペンで修正を加えるような注意点がいくつもある。例えば「これらの噂は、共和党の有力者たちが記者に対してオフレコで語った内容とも一致している」というような内容だ。噂の内容を裏付けていないうえに、ハリス氏陣営に近い人物のコメントらしきものもない。見出しの「可能性が高い」という表現は、上院スタッフの言葉を引用している。

米CoinDeskは、この記事が我々の基準を満たしていないとして取り上げないことにした。この記には、オフレコの報道も、記事で言われているような行動(ゲンスラー氏を指名すること)を取ったとされる人物のコメントもない。

さらに、多くの識者はすぐに疑念を持ち、否定的な見解を示した。

では、この「ワシントン・レポーター」とは何なのか? 見た目も体裁も由緒あるメディアのようだが、ウェブサイトを少し読んでみると、共和党の関係者が立ち上げたもので、その目的は次のように述べられている。

「我々は、利害関係者(ロビイストやクライアントの関係者を含む)が推進するストーリーを、内容が真実であり、公平で洞察に満ちている限り取り上げる」

これは一体、何を意味するのか? ワシントン・レポーターがジャーナリズムではないことは明らかだ(Axiosは、その起源を伝えている)。

ゲンスラー氏が財務長官になるという記事は確かに説得力があった。しかし、説得力のある記事とは、真実味がなくても真実味を帯びてしまうものだ。例えば、The Blockは毎日信頼性の高いニュースを伝えているが、この記事を取り上げ、「ゲンスラー氏が財務長官に検討されている」というストレートな見出しを付けた。著名な記者たちもこの件についてツイートした。その是非はともかく、この記事は誰かが引用して伝えるうちに急速に真実味を帯びていった。

では、この騒動で誰が得をしたのか?

先日、暗号資産への支持を訴える民主党議員たちは、暗号資産政策について自分たちを信頼するよう、一致団結してアピールした。上院院内総務のチャック・シューマー(Chuck Schumer)氏は、暗号資産法案を年内に上院で可決させると約束した。暗号資産を支持する民主党議員たちは、11月の選挙で有利になるかもしれない。

しかし、暗号資産支持の有権者が民主党に投票することを妨げる可能性があるとしたら何だろうか? ゲンスラー氏を財務長官に指名するという噂は、まさに政治工作員が流したいと考えるような噂だ。

|翻訳・編集:CoinDesk JAPAN編集部
|画像:ゲンスラーSEC委員長 (Nikhilesh De/CoinDesk)
|原文:About That ‘Gary Gensler for Treasury Secretary’ Story