債券トークン市場が急拡大のからくり──強い米国債とドルで「ステーブルコイン2.0」はアジアを狙う

米国政府が発行する証券に紐づくファンドを、ブロックチェーンでトークン化した商品が、昨年から今年にかけて買い意欲を強めてきた。「2024年 人気トークン化商品ランキング」などというものがあれば上位に入ってくるだろう。

資産に紐づくトークンをチェーン上で取引する仕組みは、「RWAのトークン化」と呼ばれ、その市場規模は拡大を続けている。これは暗号資産業界だけが取り組んでいるものではなく、伝統的な金融機関や事業会社もトークン化された資産を活用した次世代のデジタル商品の開発を進めている。

RWAは「Real-World Asset」の頭文字をとった略語で、銀行預金や不動産、金、銀などの従来の金融資産に加えて、今までは資産として取引することができなかったものが含まれている。今となっては、グーグルで検索すれば無数のプロジェクトが存在する。

この潮流を強めてきたプレイヤーには、世界最大級の資産運用会社のブラックロック(BlackRock)とフランクリン・テンプルトンに加えて、ブロックチェーンを基盤にトークン化金融商品を開発する新興のOndo Financeがあげられる。

Ondoとブラックロックは対照的な存在ではあるが、切っても切れない関係にある。

ブラックロックが「トークン化債券」市場に参入した理由

(Shutterstock)

ブラックロックについての説明はもはや不要だが、日本の「バブル経済期」の1988年にニューヨークで生まれた資産運用会社で、「iシェアーズ(i-Shares)」のブランド名が付くいくつものファンド(投資信託)を作り、米国の証券取引所に上場させてきた。

今では10兆ドル(約1450兆円)を超える巨大な資産を動かし、年間で約180億ドル(2.6兆円)の収益を上げる。時価総額は約1330億ドル(約19.4兆円)で、三菱UFJフィナンシャルグループ(19.7兆円)の企業価値にほぼ等しい。

ブラックロックは伝統的な金融機関でありながら、新しい金融資産をチェーン上で開発するスタートアップに投資する一方で、トークン化した金融商品を自ら作り上げてきた。

それが、今年スタートさせた「BUIDL」だ。正式な名称は「BlackRock USD Institutional Digital Liquidy Fund」。

BUIDLは、米国の短期国債や米ドル(現金)などを組み入れたファンドで、それに紐づくトークンをイーサリアムブロックチェーンで発行するというもの。1BUIDL(トークン)=1ドルの価値を維持し、毎日配当が生まれ、投資家には月毎に分配される。最低投資額は500万ドルで、適格投資家のみに販売している。

米ドルに連動するトークンと言えば、テザーや米サークルが発行するステーブルコインの「USDT」と「USDC」が、世界流通量でNo.1とNo.2の存在だ。両ステーブルコインともに1トークン=1ドルの価値を保つため、紐づいているリザーブファンドには米国債や現金が積まれている。

BUIDLとステーブルコインの違いは何か?

ステーブルコインは決済通貨として利用されるケースが増えていることがあげられるが、大きな違いの1つは、1トークン=1ドルの価値を持つBUIDLの保有者には、その裏付けとなる資産が稼ぐ利息が分配されること。

一方で、USDTやUSDCをウォレットに保管していても、テザーやサークルが運用する裏付け資産ファンドが稼ぐ利息を受け取ることはできない。ファンド運用で得られるリターンは、テザーとサークルの収益として計上される。

金利上昇で勢いづいた高利回りトークン化ファンドの開発

(米国の政策金利であるFF金利の過去10年間の推移/TradingEconomicsより)

2008年の世界金融危機以降、金融緩和政策を続けてきた米国は2022年3月に利上げに踏み切り、世界は「金利のある時代」へと戻った。

資産(RWA)のトークン化が進む一方で、高利回りのトークン化商品は、ウォール街をけん引する米資産運用会社にとっても放っておくことのできない運用商品と化したというわけだ。

ブラックロックの「BUIDL」に預け入れられた資産(TVL=Total Value Locked)は現在までに、5億ドル(約733億円)に増加(DeFiLlamaのデータ)。そのBUIDLの原資産である米国債の利回りは、過去5年で大幅に上昇した。債券市場の指標である10年債の利回りは、現在約3.9%。2019年9月は1.6%前後だった。

この「トークン化債券市場」をリードしようとしている新興企業が、2021年に創業した Ondo Financeだ。社名の「Ondo」は、1880年代に人工的に作られたエスペラント語の「波=wave」を意味している。共同創業者のネイサン・オールマン(Nathan Allman)氏は、Ondoを起業するまでゴールドマン・サックスに勤務してきた人物だ。

Ondoが開発した看板商品は2つあるが、その1つは2023年に運用を始めた「OUSG」の名で知られるトークン化されたファンドだ。正式名称は「Ondo 米国債ファンド(Ondo US Government Bond Fund)」。

OUSGは、資金の5割以上をブラックロックのBUIDLに投資しているのが特徴で、他にも、ブラックロックのファンドで、主に米国債が原資産の「BlackRock FedFund」や銀行預金、米サークルが発行する米ドル建てステーブルコイン「USDC」がOUSGのファンドポートフォリオを構成している。

データ分析の「rwa.xyz」によると、Ondoが運用するOUSGの資産残高は現在、2.21億ドル(約324億円)。 

Ondo Financeで最高戦略責任者(CSO)を務めるイアン・デ・ボーデ(Ian De Bode)氏は、「(チェーン上で形成されるトークン市場では)米ドルと現金等価資産に対する需要が全体的に伸びてきた。その代表的なものが米ドルに連動するステーブルコインであることは言うまでもない」と、米国を代表する資産をトークン化するブームの背景を説明する。「やがて、現金同等資産である米国債をトークン化したプロダクトが生まれ、それに対する需要が高まっていることは自然な成り行きだ」

「ステーブルコイン2.0」で拡大した利息付き米ドルトークン

(Ondoが開発した「USDY」の時価総額の推移/rwa.xyzより)

Ondoが開発した商品の2つ目は「USDY」で、「ステーブルコイン2.0」とも呼ばれる同社の基幹プロダクトだ。USDYの時価総額は今年4月頃に上昇し、6月には3億ドルを突破。まもなく4億ドル(約590億円)に迫ろうしている。

1USDYの価格は現在、$1.0547で、年間利回りは5.35%。米国内と米国在住者への販売はしていない。米ドルと同等の価値を持つトークンで、その価値を裏付けるための資産バスケットには短期国債や銀行預金が積まれている。

ユーザーが利息を受け取れる設計に加えて、Ondoは従来の金融の世界で広く用いられてきた機関投資家保護の仕組みをUSDYに組み入れることで、USDTやUSDCなどのステーブルコインとの差別化を図ってきたと、前出のイアン・デ・ボーデ氏は強調する。

実際、USDYがブロックチェーン上で展開される金融サービス(DeFi)で利用されるケースは増えている。決済通貨のような目的で使われたり、USDYを担保にレンディング(貸出)に用いることも可能だ。

もちろん、時価総額では約1185億ドル(約17兆円)のUSDT、約351億ドル(約5.1兆円)のUSDCと比べると、4億ドル弱のUSDYは桁違いだ。しかし、金利上昇の局面で利息を取得できるトークン化商品に対する需要が伸びたことで、USDYの時価総額は短期間で増え続けてきた。

Ondoは米ドル連動商品の需要が底堅いアジア市場も重要視している。

「RWAのトークン化は、韓国や日本、香港、シンガポールを軸にした東南アジアが枢軸になってくる。それぞれの市場に合わせたアプローチを検討していきたい」(イアン・デ・ボーデ氏)

アメリカ建国の父の名はトークンの名称「BENJI」でも健在

(Appleのアプリストアに表示されているフランクリン・テンプルトンのアプリ「Benji」)

「貯蓄と投資を行うときに一番大切なのは、倹約と用心深さである」

アメリカ合衆国・建国の父で知られるベンジャミン・フランクリンが残した言葉に惚れ込んだという創業者が、1940年代に「フランクリン」の文字を社名に使って作ったのがフランクリン・テンプルトン。今では1.6兆ドル(約234兆円)の資産を運用する米国金融界を代表する企業だ。

企業ロゴの隣にはベンジャミン・フランクリンの似顔絵が載り、株式上場の際に与えられる証券コードは「BEN」と、フランクリン・テンプルトンと言えばベンジャミン・フランクリンの印象が強い。正式な企業名は「フランクリン・リソーシズ(Franklin Resources Inc)」。

トークン化商品を売り出すために開発したスマートフォンアプリも「Benji(ベンジ)」で、建国の父の存在はデジタルのビジネス領域でも健在だ。

ブラックロック同様に、老舗の資産運用会社フランクリン・テンプルトンも、ブロックチェーンを活用して、従来の金融資産をトークンにしたデジタル商品を開発してきた。

米国政府が発行する償還期限が1年以内の割引債などを中心に組み入れたマネーマーケットファンド(MMF)を作り、ファンドの販売単位である1口を1トークンとしてスマホアプリで売り出す。

トークンとアプリの名前は共に「Benji」で、ユーザーはアプリの「Benji」でトークンの「Benji」を購入する。1Benji=$1を維持しながら、一定の利回りを目指すというものだ。

2023年、フランクリン・テンプルトンが開発したMMFファンド「Franklin OnChain US Government Money Fund(FOBXX)」は、パブリックブロックチェーンを使って取引を行う、米国で正式に登録された初の投資信託となった。

FOBXXは、イーサリアム(Ethereum)やイーサリアムの拡張チェーンのポリゴン(Polygon)、ステラ(Steller)、アバランチ(Avalanche)などのブロックチェーンに対応し、多くのユーザーへのアクセスを増やしてきた。

FOBXXの資産残高は、昨年3月頃に著しく増え、同年6月には3億ドルの大台を超えた。2024年に入り、増加のペースは鈍化したものの、資産残高は現時点で約4億ドル(約580億円)に達している。

一方、国民の「貯蓄から投資へ」を促し、ブロックチェーンを基盤技術とする「Web3」を国家戦略にする日本では、BUIDLやUSDY、FOBXXのような、日本円建てのトークン化ファンドは存在しない。今年1月に米国で初めて上場されたビットコインETF(上場投資信託)ですら、直接購入することはできない状況だ。

ブロックチェーンや暗号資産(仮想通貨)に関係する法律や規制の整備においては、日本は先進国の先頭を走ってきた。デジタルネイティブの若い世代の人たちがサクサクと利用できる、安全で魅力的なトークン対応のアプリやトークン化資産運用商品は、はたして国内の金融機関やスタートアップから生まれてくるだろうか。

|文:佐藤茂
|画像:Shutterstock